2008年5月17日

新潟 「ニューグリーンピア津南」

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私のサークル「小さなハイキング」では、毎月のイベントとは別に、年に2回、
春と秋に一泊旅行を行っている。

今回は新潟は中魚沼郡にあるホテル「ニューグリーンピア津南」にもうすぐ
行くことになっている。

総勢25名の団体様である。

それもほとんどが、きれいなオバサマ達と言うのも、喜んでいいのか、何ともないと
云うのか、複雑な心持である。


最近の旅行の形態として、ホテル直行バスプランと言うのを使っている。

東京から直接ホテルに行く、一泊して翌日、たいがいが午後2時半頃ふたたび
そのバスに乗り、東京にはだいたい、午後6時前後に到着するコースが多い。

東京を出てホテルまで、まさに直行で、どこにも途中寄らない。
バスに乗っている時間も、おおむね2時間半から3時間どまり。

すぐに着いて、すぐ帰ってくる、実に無駄がなく、この手軽さ、スッキリした旅行が
今、私の方では大人気のようです。

ホテル直行バスプランも、方々のホテルが取り入れるようになり、その選ぶ楽しみ
も増えてきている。

今までにこの「小さなハイキング」での直行バスプランというと、
「クリーンプラザ軽井沢」 「サンバレー那須」 「四万温泉 山口館」 「エピナール那須」
そして今回の 「ニューグリーンピア津南」と連続五回目になる。

いずれもいいホテルで、ぜひ又行ってみたいところばかりだ。

そのほとんどが20名以上の団体行動で、当然夕食は大広間、大宴会場で行われる。

宴会場での食事となれば、いずれの時も片隅には例のカラオケセットが、そこに
すまし顔で立っている。

女性陣のカラオケ好きは多いようで、みなさん本当にお上手。
当初は遠慮がちながらも、あの分厚い曲選びのブックを前にすると、目は皿のようになる。

しかし、どういうわけか、私はあまりカラオケが好きではない。
体質的に合わないのか、昔から興味がないのだ。

と言って、唄わせれば、これは本当にうまいのだ。
ものの見事に歌い上げる。そうです歌い上げるのです。

でも、カラオケは気に入らない。

昨年の「エピナール那須」の時など、続けて二曲も歌った。

堀内孝雄の名曲 「がきの頃のように」 そして今や 「小さなハイキング」の宴会の時の
テーマソングとまで云われる、村田英雄の「花と龍」である。

" 俺の死に場所 ここだと決めた それが男さ 
    それが男さ チャンチャン 花~と~龍 ~ ~"っていう、あの歌である。

これは見事なものだ。 大喝采だった。

そうだ、もう一曲十八番があったっけ。

大川栄作さんの「雨の永東橋」(よんとんきょう)。

韓国の演歌だが、せっせっとした、はかない女性の心情を歌ったものだが、いい歌だ。

有楽町駅前の「ビックエコー」では、たびたび歌っている。

うん この歌もはずせない。

そうだ、今度の「ニューグリーンピア津南」では、思い切って、この三曲を、たとえ、
誰から、リクエストがなくてもまとめて唄っちゃおう。

私は本当にカラオケが 好きじゃない。!!


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2007年4月 4日

新宿御苑

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もう随分前から、やっています、私のサークル。

その名を 「小さなハイキング」 と、云います。

軽登山から始まり、街中歩き、旧所名跡、史跡、そして寺院めぐりと、
かなり広範囲に、皆さんとご一緒に足を延ばしています。


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数あるスケジュールの中でも、この4月は、なんと 「春の園遊会」 と、
大それた名の元に毎年、お花見会を開いています。

いろいろな所でやりましたが、この新宿御苑に場所を定着してから、
もう、かれこれ、6,7年にもなるでしょうか。

私も大して各地の桜を見ているわけではありませんが、都心にあって、
これだけ環境の良い、また色とりどりの桜が、数多く見られる所は、
そう多くは無いように思います。


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9万の人がお花見にここに来たという翌日のこと。

厚い雲にどんよりと覆われて、お花見にはあまり適した日ではありませんでしたが、
それでも、例年通り、賑やかに 「春の園遊会」 が、今年も無事に、
ここ「新宿御苑」で開かれたのでした。

新宿門から入って、芝生の広場を、イギリス庭園の方に進みますと、
まず目に入るのが、この高木。

30メートルはあろうかという大きな木です。

枝を切らないで、自然のままの樹形というものは本当にいいものですね。


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「新宿御苑」
開園が午前9時。閉園は午後4時。

当然夜桜見物はありません。

夜の宴会用の場所取りもなし。

そこのところが、何となく清潔に見えるのかもしれません。

入園料大人200円。


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ソメイヨシノが散り始めています。
歩いても歩いても、桜ばかり。そんな感じです。

下の池、中の池、上の池、他にも玉藻ヶ池などもあり、いずれの池の回りも
桜に取り囲まれて、夢のような風情です。

緑色の池に映る桜の影。
美しさのきわみでした。


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ウコンという桜。
花びらが黄緑色。

園内に点在していますが、温室の近くには数本まとまって見る事が出来ます。

桜の名前を覚えるのも一苦労ですが、この黄緑色の「ウコン」は、まず一度聞けば、
忘れられない、覚えやすい桜だと思います。


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ものの本によれば、この「新宿御苑」は、天正18年、(1590) に徳川家康が
江戸入城の折、甲州街道筋を警護させるために家臣、内藤大和守清成に
与えた別邸とのこと。

本宅は現在の新宿駅のあるところと言われています。

後に内藤新宿試験場と呼ばれ、果樹、花、製茶などの研究の場として使われ、
明治12年に宮内省に移され、「新宿植物御苑」と名前を変え、皇室用の果樹や稲が
栽培されたとあります。

園内には大きな温室がありますが、それは日本で最初に作られた温室だそうです。


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シダレザクラ。
数ある桜の中でも、とりわけ好きな桜が、このシダレザクラです。

色がやや濃いめなのも魅力を感じるのかもしれませんが、風にそよぐ細い枝、
その枝にまとわり付く様に、小ぶりの花びらの美しさ。

何かに寄りかかるように、しだれるように咲く姿。

その頼りなさ、危なげなさに可愛らしさを感じるのかもしれません。


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「新宿御苑」でも、一番高台に広がるのが、この「桜の園地」。
大半がソメイヨシノですが、芝生広場附近の風景とまた違った、落ち着いた
雰囲気を持ったところです。

敷物を敷いて宴会をする人も少なく、静かに桜を見ようとするなら、ここがお勧めです。


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その「桜の園地」から見た、園内の眺めです。
眼下には中の池が望め、緑の森の中に点在する桜の山。
その向うには高層ビル。

それで、今、都心の中にいることを、ふと思いださせます。

近くにあって最高の「新宿御苑」、四季を通じて訪れたい所です。

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2005年8月25日

「六義園」

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前記の「旧古河庭園」を出てから、次の「六義園」には、再び「駒込駅」まで戻ります。

下に走る山手線を橋で渡って、南に向ってわずかに行きますと、「六義園」の入り口
「染井門」がありますが、今は開門されず、そこより約300メートル程そのまま本郷通りを
さらに南に進みます。

コンビニの角を右折すれば右に沿って入り口に到着です。


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園内に一歩入れば、今までの街の喧騒がぴたりと止み、マツ モミジ ケヤキ ミズキ 
クスノキ スダジイとさまざまな樹木に覆われた、緑豊かな別世界が広がります。

花の木も多く、ツツジ サツキ サクラ ウメ ツバキと、秋のこれからの時期は、
ハギの花 ムラサキシキブの可愛い紫の実も見る事も出来ます。


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都内でも有数の庭園美を誇る「六義園」は、江戸時代から残る大名庭園として
広く知られています。

五代将軍徳川綱吉に仕えた、後に川越藩主となりました柳沢吉保が1702(元禄15)年に
築園したもので、明治に入り三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎の別邸になり、その後に
東京市に寄付されて、現在の形になったそうです。


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当時、和歌にも造詣が深かった吉保は「万葉集」「古今和歌集」にちなんだ、
景勝88ヶ所を園内に見立てたということで、中央の池を中心にして、中の島と
背景の木々の緑のコントラストは本当に見事なものであります。


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園内の小道は池に沿う道と池から離れた山の中の道があります。

その時の気分で、また山の道、池の道を気ままに散策するのも面白いかもしれません。

山深い道を歩いていますと、今、ここは街の中なの ? って思わせる程の静けさで、
今では貴重な都市の空間である様に思います。


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「渡月橋」

京都市、嵐山のふもと、おおい川に掛かる橋、渡月橋が有名でありますが、これも
「古今和歌集」の歌から名付けられた石の橋であります。

二枚の大岩によって造られていますが、その重量感といい、あたりの雰囲気を、
一層引き締めているように思います。


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藤代峠からの眺め

入り口から入り、池を挟んで丁度向こう側に当たるところにあるのが、標高35メートルの
築山の藤代峠であります。

富士見山とも呼ばれますが、わずかな階段を登れば、そこは園内を一望することが出来る、
私のお気に入りの場所であります。

ただこの山頂はそれ程広いわけでもありませんが、それでも座る所はわずかですがあります。

しばし休息のひと時には大変にいい所です。


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「吹上茶屋」

散策路の途中にありますのが、「吹上茶屋」で、「六義園」の中でも最良の場所に
位置しています。

お抹茶と季節の和菓子が付いて500円。

私はまだここでお茶を頂いた事はありません。

9月初旬に皆さんをご案内しながら、また来ますのでその時には寄ってみたいと思っています。


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「滝見茶屋」

池をめぐる道を歩いていますと、ところどころに小さいながらも滝を見る事があります。

しかし、これが滝なの、って云うくらい小粒の滝が多いですが、やはり滝は滝で、これが
昔の風流と言うものかも知れません。

歌舞伎の世界に共通するところがあるように思います。

舞台中央に布で描かれた滝があれば、これは大滝の流れであり、鯉も登る川の流れでもあります。

演じる方も見物する方も確かにこれは川であり、滝であり、暗黙のうちに取り決められた、
しきたりのようなものでもあるわけです。

小さな滝が近くにあるその「滝見茶屋」も、その感覚かもしれません。


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「滝見茶屋」   絵  プッポロ

東京都が以前、「新東京百景」というのを制定した事があります。

都内各区からひとつ、ふたつ名所旧跡、または名建造物を指定したものです。

千代田区から始まり終わりは小笠原まで、その当時、私は百景全部をみんな描いて
みようと思ったものでした。

しかし、60ヶ所ぐらいまでは描き続けましたが、後が続かず今は中断したままです。

前記の「旧古河庭園」の洋館も、その一枚でした。

そしてこの「六義園」、「滝見茶屋」のスケッチも、その時のものであります。

この時は山側の道を歩き、この「滝見茶屋」を描きたくて、ここに下る途中でのスケッチでした。

今見ますと、何とも恥ずかしいような絵を描いていたものです。


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ほのかに緑の森の中に、赤く見えるのが「吹上茶屋」。

池に写る中の島と蓬莱島、池を見るにはここがベストと言われる所です。

池をめぐっての周遊コースも、ゆっくり歩いても一時間ほどです。

いや、そんなに急がないで、それぞれのお気に入りの場所を自分で見つけて、その場、
その時の心のあり様に思いをめぐらし、ひがな一日、のんびり、ゆとりの時間を楽しみたい
ものであります。

     「六義園」

  開園時間  午前9時から午後5時まで
  入園料    300円  65歳以上  150円
  休園日   年末年始  12月29日から1月1日まで
  
   文京区本駒込6-16-3
電話   03 3941 2222

 交通   山手線 南北線  駒込駅下車  徒歩7分


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2005年8月23日

「旧古河庭園」

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私のクラブ「小さなハイキング」で、9月初めに都内の二つの名庭園めぐりの散策を
予定しています。

その二つとは、「旧古河庭園」と「六義園」(りくぎえん)であります。

今回は先日行ってきました「旧古河庭園」の下見の際の写真をもとに、ここにご紹介させて
頂きたいと思います。

まずは山手線「駒込駅」下車、そから北に向って歩くこと、約12分程でこの「旧古河庭園」に
到着です。


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洋風庭園と日本庭園が一度に見る事が出来る、大正期の代表的な庭園で、武蔵野台地の
高低差を生かし、上段には洋風庭園と洋館とを、また下段には京都の庭師小川治兵衛が、
手がけた日本庭園が広がります。


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庭園は中央に配された心字池を中心にして、緑濃い散策路は深山すらを思わせる
静かな小道が続きます。

その細い道沿いには大きな雪見灯篭あり、渓谷あり、高さ10mから落ちる大滝あり、
また、水を使わないで水の景観を表現する「枯山水」の道具立てのひとつの「枯滝」には、
御影石、青石、五郎太石などが、ふんだんに使われて造られているようです。


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樹林の中には瀟洒な「お茶室」なども点在して、このあたりは純日本風庭園を見事に
演出もしています。

最近は春のツツジ、バラの開花時期には宣伝も行き届き、連日大変な人出になりますので、
4月、5月をはずしますと、ここの庭園の本当の良さが分かるかと思います。


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この「旧古河庭園」のシンボルとも云える素敵な西洋館がこれであります。

この建物を設計したのは、明治から大正にかけて鹿鳴館、ニコライ堂、旧岩崎邸庭園の
洋館などを手がけた英国人 ジョサイア コンドルであります。

建物と同時に庭園も設計して、それらが相まって、それは魅力的な名庭園になっております。

現在は大谷美術館として、予約での一般解放がされています。


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「旧古河庭園」 洋館   絵 プッポロ

1988年と随分前になりますが、私もこの洋館をこの場でイーゼルを立てて、
スケッチした事があります。

これがそのスケッチでありますが、今回下見を兼ねて久し振りに行って、この洋館を
見ましたが、何とその建物の黒っぽさには驚きました。

その時には確かにスケッチにありますように、建物はどちらかと言えば薄茶色の感じでした。

忠実に色をつけるのが私の描き方だけに、その色違いには本当にびっくりしました。

それにしても石造りの建造物だけに塗装するはずもなく、いったいどういうことでしょう。

今度本番の時にはこの絵を持って行き、係りの方に聞いてみたいとも思っています。


  「旧古河庭園」

  開園時間  午前9時から午後5時まで

  休園日  年末年始 12月29日から1月1日まで。

  入園料  150円  65歳以上 70円

  東京都北区西ヶ原1-27-39

  電話 03 3910 0394

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2005年6月10日

「小さなハイキング」 20年 皇居参観

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皇居前噴水広場にて


プッポロのクラブ「小さなハイキング」も、始まって以来、この6月で何と20年に
もなりました。

良く続いているものと自分でも思いますが、こうして長く続いたのも、すべて参加
される方あってのことであります。

第118回目の今回は、それを記念しまして、6月6日に 「皇居参観」 と、九段下に
あります「ホテル グランドパレス」での昼食会という、少々シャレた企画を立てまして
実施致しました。

その時の様子をここにご紹介させていただきます。

参加者全29名、皆さんまだまだお若い方が多く、その若さに圧倒される思いの
プッポロであります。

さて、プッポロはどこに、それは最前列の一番右端のネクタイをしている、至って
謙虚な姿の者が私です(笑)。


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4列に並んで出発です


この「皇居参観」をするには、宮内庁にあらかじめ電話等で申し込みをします。

月日と時間 (午前10時の回か、それとも午後1時30分の回か) を決めて、全員の
参加者名簿を宮内庁に送りますと、許可証が送られてきますので、それを持って
時間通りに行けばいいのです。

参観は月曜日から金曜日までの平日に行われております。

また、申込は電話の他に、直接窓口に、またはインターネットでも受け付けています。


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富士見櫓


さて、集合場所の桔梗門から、まずは窓明館に案内されて、ビデオによるコースの
概略の説明があります。

10分ばかりの説明の後、宮内庁の案内係の方の誘導に従って、約2.2キロ、約1時間
少々にわたっての見学です。

これは 「富士見櫓」と言いまして、江戸城に残されたものとしては、最も古いものに属します。

三重櫓になっていて、1659年に再建されたものです。

石垣の高さ、約14.5メートル、櫓の高さ約15.5メートルあります。

ちなみに、櫓(やぐら)とは、城門や城壁の上に作った一段高い建物で、敵状偵察や射撃の
ための高楼であります。


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宮内庁庁舎


昭和10年(1935年)に建築された建物で、戦後、昭和27年10月から昭和44年3月まで、
三階を仮宮殿として使用された事もありました。

屋根の淡いグリーンが、皇居前広場のどこからでも、緑の中に見え隠れしていたりして、
又、建物自体とても魅力的な形で、プッポロも今までに、何度かスケッチをしたことがあります。


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皇居から見る飛行船


案内係の方を追うように、右に左に旋回しながら飛行船が上空に現れます。

係りの方が一生懸命に説明してくれるなか、プッポロにとっては、飛行船を見るのが
たいへん珍しくて、何ともこればっかり写真を撮っていました。


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長和殿


宮内庁の案内係の方は、このような感じで説明してくれます。

当日は他の団体とも一緒の見学で、総勢150名程になっていたと思われます。

それを一人で、説明を受け持つのですから大変です。

出来る事ならせめて50名一組ぐらいで、説明者が付くと、もっと分りやすいと思いますが。


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その長和殿の横には見事な円形の刈り込みされた植木が2個あります。

植木職人が、すべて機械を使わないで、手入れをするそうです。

結構大きなもので、いろいろな種類が混生されているようで、とっても綺麗な色合いでした。


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案内係と飛行船


何度目かの飛行船が、また回ってきました。

脇には何か書いてあるので宣伝と言うか、広告塔の役目をしているようです。

参観者そのほとんどの人達が、この飛行船を見ていたようです。


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長和殿全景と勤労奉仕

建物の長さ130メートル、ここが宮殿東庭で、一般参賀の時などは開放され、その数は
3万人が一度にこの庭に入れるそうです。

白い服装の人たちは皇居勤労奉仕の人たちで、こちらも宮内庁に申し込みをすれば
参加が出来るそうです。


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二重橋に向う


正面鉄橋、通称「二重橋」と言われる橋に進みます。

現在の正式名は正面鉄橋と言いますが、江戸時代には木橋で、堀が深いため
上下二重に橋げたを組んだところから「二重橋」になったそうです。
今はその名の通り鉄製であります。


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「二重橋」からの眺め


この「二重橋」からの皇居前広場の眺めです。

いつもは下から見上げるばかりでしたが、やはり上から見るのは気持ちのいいものです。

まさに絶景かな 絶景かなであります。


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伏見櫓と「二重橋」


この橋を振り向くように見ますと城壁の上に伏見櫓が望めます。

三代将軍家光の頃に京都の伏見城から移築されたと言われています。

手前の街路灯ともよくマッチしていて、大変にステキな雰囲気を、かもしだしている様
に思います。


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「長和殿」前を再び歩く


「二重橋」から再び、「長和殿」前を通って戻ります。

案内係の後ろ辺りに、例年行われます新年と天皇誕生日の一般参賀のための、
お出ましのためのバルコニーが作られるそうです。

案内係の人も、天皇陛下と同じように身振り手振りを盛んに見せてのサービスです。


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山下通り


この参観コースの中でも、もっとも緑の多い、また、緑の綺麗な中を歩きます。

わずかな距離ではありますが、実に爽やかな道です。

今の時期も良いですが、紅葉の11月末あたりも素晴らしい事と思います。

ところで、北側にあるお隣の「皇居東御苑」は緑の林と森のなかを歩く所が多いです。
とっても良い所ですが、その「皇居東御苑」は月曜 金曜が休苑ですが、予約無しで
手軽に入れます。


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「蓮池濠」


7月から8月にかけて濠一面に大輪の蓮の花が見られるそうです。

この環境の良さとあいまって、満開の頃はさぞかしの事と思います。


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さて、約2.2キロの参観コースも、今度は出口になる桔梗門がそろそろ近ずいてきました。

広大な面積と重厚な建造物は話には聞いていましたが、やはり実際に見てみる、
一見の価値は充分にあると思います。

ご案内してくれる宮内庁の方々も、とても感じが良く、楽しい思い出として、
いつまでも心に残る事と思います。

写真撮影は自由ですが、ビデオはご遠慮下さいとのことでした。

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2005年4月 8日

三浦半島 城ヶ島

今年の杉花粉は当初の予想通り大変な量のようで、私も今、最悪の状態であります。

その具合の悪い中を、かねてから予定していました、三浦半島の南部に位置する
城ヶ島に行ってきました。

3月中旬、晴天に恵まれ、コバルトブルーの海と空、爽やかな色彩を楽しみながらの
城ヶ島一周ハイキングコースであります。

品川から京浜急行で終点の三崎口まで行き、駅前から出るバスで、25分程で
城ヶ島の中心部に到着です。

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城ヶ島灯台

バスターミナルから海産物などを売る、小さな商店街を抜けて行くと、わずかな時間で
ちょっとした高台に建つ、城ヶ島灯台に登り着きます。

白亞の灯台と青い空とくれば、これは何ともロマンチックでありますが、
私はそれどころではありません。

三浦半島には花粉が少ないと聞いていましたが、ぜんぜんそんな事はありません。

かえって多いのではないかと思うほど、実はひどい事になっていたのです。

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京急ホテル前に広がる岩礁地帯

灯台から、すぐ下に見える海辺に下ると、あたりは岩場が広がり、城ヶ島一周コースの
中でも一番の景色の良い所であります。

この岩礁地帯の正面に見える岩山、馬の背洞門に向ってハイキングコースが続きます。

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馬の背洞門

これが近くから見る馬の背洞門と言われる、大きな岩場であります。

長い間の侵食作用で、穴が広がっていき、いまだにそれは続いているそうで、
上の部分は、ますます薄くなり危険との事で、現在は立ち入り禁止になっています。

ここからコースは穴の左手の階段を登り、上の丘陵地を歩くようになります。

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海岸線をふり返る

馬の背洞門から今歩いてきた海岸線をふりむいたところです。

この荒々しい岩礁地帯は関東大震災の時に隆起して出来たもので、それによって、
このあたりの風景を一変させたそうです。

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上からの馬の背洞門

手前から向うに伸びているのが馬の背洞門の岩場であります。

細くくびれたところの下が大きく穴があいている所で、その細くなっている幅は
せいぜい30センチほどしかありません。

いつ崩れ落ちるか分からないくらい危険な状態であります。

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丘陵地からの眺め

高台に登った所からの眺めです。

城ヶ島一周ハイキングコースは約4キロですが、それを普通2時間半ぐらい掛けて歩きます。

品川から京急で1時間20分で三崎口、バスで25分。

都心からわずか、2時間足らずでこの景色が楽しめます。

年に一度ぐらいは来て見たいところです。

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ウミウの繁殖地

高台の道を歩いて行きますと、遠くの崖に白い物が見られます。

ここは日本でも数少ないウミウという、大型の海鳥の繁殖地であります。

白いのがそのウミウのふんなのです。

コース途中にはウミウ展望台と名の付いたところがあるくらいで、
非常に珍しい光景です。

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三崎観光船

この城ヶ島一周ハイキングコースは海辺半分、台地半分程でしょうか、それだけに
歩いていますと、次から次と風景が変わり面白いコースです。

随所に展望台も設置され高台にあるだけにその眺めは雄大です。

神奈川県立城ヶ島公園前にあるここの展望台も、かなり高いところにあるだけに、
城ヶ島の東の先端まで望め、一方、海を行くこれから乗ります快速船、遠くの
外国船と見飽きる事がありません。

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安房崎灯台

神奈川県立城ヶ島公園の中を真っすぐに通り抜けますと、城ヶ島の東のはずれ、
この安房崎灯台のある岩場に到着します。

とっても小さな灯台ですが、私はこの灯台がとても好きで、今までに何回も
スケッチしています。

ご覧のように実にシンプル、描くのが楽と言うのも、あるのかもしれません。

岩場のこげ茶色、灯台の白、ブルースカイの空を描けば、とりあえず絵になりますから。

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三崎観光遊覧船から見る城ヶ島大橋

再び県立城ヶ島公園に戻り、船乗り場までは車道を、15分ほど歩きます。

三崎観光遊覧船は、乗り場を出ますと、まず城ヶ島大橋をくぐり城ヶ島を一周します。

今まで歩いてきたところを今度は、船からもう一度見るわけです。

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城ヶ島京急ホテル

安房崎灯台、ウミウの繁殖地、岩礁地帯と海からの眺めを楽しみ、島を一周したあと、
船はスピードを上げながら、油壺に向います。

油壺まで乗船券、大人1300円、所要時間約45分の豪快なクルージングであります。

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油壺船着き場

小さな湾になっていて、砂浜も狭いながらも、夏には海水浴場になります。

子供を含めたファミリー向けと言ったところでしょうか。

売店も、2軒か3軒しかなく、静かな海遊びが楽しめそうです。

今の時期は乗船客も少なく、ただひたすらに夏を待つと云った感じです。

以前、ここから夕陽を見た事があります。

人影もないこの浜で、私はひとり、寒くてウイスキーのお湯割りを飲みながら、
日没を待ったものでした。

その甲斐あって、それは忘れられない色彩の変化、自然の妙とでも表現するのでしょうか、
素晴らしい美しさで、足元が、もう薄暗くなるまで見続けたものでした。


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2005年1月19日

雪の長瀞 蝋梅見物

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1月17日、私のクラブ「小さなハイキング」で、長瀞散策と宝登山の蝋梅見物を
行いました。

その写真の一部をここにご紹介致します。

先日の15日、秩父は久し振りの大雪に見舞われ、花の長瀞から、雪の長瀞へと背景が、
ぐるりと回っての舞台のようで、乗合船から、たて縞の着ながしに手ぬぐいほっかぶりの、
粋な若衆が出てきそうな風景が見られました。

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岩畳が広がる中にひとすじの流れが見られます。

薄氷の張るところをみると、その水の流れはごくごくゆるい流れのようです。

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この時期になりますと、駅などで宝登山神社とともに蝋梅のポスターを目に
する事が多くなります。

花の少ないときに咲く花は恵まれています。
どちらかと云えば、あまり目立たない、質素な小さな黄色の花の蝋梅に
これだけの大勢の人が集まる。

蝋梅さま様の宝登山ロープウェイーかもしれません。

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5分の空中散歩のロープウェイーが終われば、497メートルの宝登山山頂です。

寒いこのとき、今、早咲きの梅と蝋梅が見頃を迎えています。

秩父でもこの辺りは比較的暖かいのだそうです。

青空に寒さに負けずと早咲きの梅の花がほころびます。

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枝先に小雪が残る白梅はなんとも気の毒です。

咲いても雪で目立たない、多くの人々は紅梅ばかりについ目がいくようです。

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宝登山からの秩父の名山、両神山のはるかな眺め。
名山と云われていながら、アプローチの長さから、まだ登った事が無い。

遠くに見える憧れの山です。

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蝋梅には、和蝋梅(基本原種 花が小型) と、素心(そしん 和蝋梅よりやや大きい。
そして満月(花がもっとも大きい)の、この三種あるそうです。

どうやら、これが満月のようです。

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雪に埋もれた蝋梅。

この雪の中、細い道には観光客が溢れんばかり。
ロウ細工のような小さな花、確かに上品な姿と爽やかな香りに人気があるようです。

400株、2000本の植栽であります。

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遠くは奥多摩から奥秩父の山々が望めます。
その下の左には荒川の流れ、紅梅と山と雪と青空と。

宝登山蝋梅園からの真冬の眺めです。

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2005年1月 9日

桜の見頃はいつですか

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  花の長瀞 あの岩畳。。。と歌にも歌われている秩父音頭。

その秩父、長瀞は桜の多いところであります。

あれは数年前の、2月の中ごろの寒い日のことでした。

「小さなハイキング」で、「長瀞リバーサイドお花見ウォーク」という事で、
4月に予定していて、その下見に歩いてまわったのでした。

秩父鉄道、親鼻駅から荒川に沿っての桜並木は、南桜通り、桜新道、北桜通りと
名がつく道が、約4キロにもわたって続きます。

川沿いの細い道から、岩畳を歩いたり、また、長瀞の駅近くからは街中の歩道もある
広い道を歩くようにもなります。

この時のコースの予定は、その広い北桜通りを歩き金石水管橋で、荒川を対岸に渡り、
日本一と言われる、歐穴を見て、秩父鉄道野上駅まで行く結構長いコースでありました。

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長瀞駅近くからその北桜通りの冬枯れの桜並木は誰ひとり歩く人もなく、
寒々としたものでした。

しばらく行くと、右手に小さな自分の家の駐車場でしょうか、帽子をかぶった男の人が、
この寒いのに車を洗っています。

丁度聞きたいこともあるので、その人のそばにちかずきました。

年の頃は45才ぐらいでしょうか。

自分の家の前が有名な桜並木ですから、この人に聞けば桜の満開の時が
わかると思ったのです。

「あのー すいません」

忙しそうに車を洗っていた人がこちらを振り返ります。

「すいません ちょつと伺いますが この辺の桜の見頃はいつ頃ですか」

急いでいるようなそぶりのその人は、初めて手を休めて。

「桜ねぇー そうだねぇ その年によってここも だいぶ違うんだなぁー」

持っていた雑巾をそばのバケツに放り投げて、。

「なに 桜の時にこようっていうの」

「ええ 今度皆さんを案内するもので、今日はそれで下見をしているところなんですよ 
聞く人もいないもので」

「そうかい 今日は特別ここも寒い日だよ ちょっと うちに入らないかい」

「ここが俺のうちさ さあ はいんなよ 寒くてしょうがないからさ」

帽子の男性は、その庭づたいに行き、縁側のガラス戸をあけて、
よっこらしょっとあがります。

「さぁ 早くあがんない 今日は誰もいないんだ ばあさんは病院でさ 
女房は今パートに行ってんだ 子供はもうじき帰るけどね 早くあがんなよ」

「 ? }

だって私は、桜はいつ頃咲くのかって、その見頃を知りたいだけなのになぁと、
もぞもぞしていると。

「今お茶沸かすからよ 本当に今日は特別寒いよ ほら荷物こっちに渡しな 
そうよ いいからあがんなよ」

いつの間にか私はザックを下ろし、靴の紐をゆるめ、座敷に座っている。

戸をしめても寒いうちだ。

天井を見る、かなり古い家だ、久し振りに平屋の家に入った。

仏壇の横の時計は午後1時半を指している。

台所で盛んにこまめに動く姿をぼんやりと見つめる。

「お茶入ったからね うまく入ったかどうか わかんないけどよ」

と言いながら、木彫りの丸いお盆に湯飲みがふたつ、それに急須を持ってきてくれる。

「おしんこ 食べるかい」

「おしんこ ? 」

「俺が漬けるのよ 俺漬物漬けるのうまいんだなぁ 食べる ? 」

「でも なんだか 急に来て 悪いじゃないですか」

「そんなこと無いよ じゃ今出すから待っててね」

ところで、桜の見頃はいつだろう。

「ほら これよ 野沢菜を漬けたのよ きゅうりもあるよ もう一杯お茶入れようかね」

桜はいつ咲くのかなぁ。

目の前の小さなちゃぶ台をはさんで、見知らぬ男同士が部屋の真ん中で
きちんと向き合って座っている。

この人はまだ帽子をかぶっている。

これから、まだまだ下見をしなければならない、何しろ次の駅の野上まで
行かなければならない。

いったい桜はいつ咲くんだろう。

「ところで桜はいつ頃、見頃になるんですかね」

「ああ 桜ね ちょつと待っててね 今さ その桜の満開の時の写真を見せるね 
探すから ちょつと待っててね」

押入れの襖を開けて中をのぞき込んで探してくれている。

「たしか この辺にしまったのに ねー探す時ってなかなか見つからないものだねー」

桜はいつ咲くんだ !!

「あったあった これよ このアルバムよ よかったねぇー」

「ああ ありましたか それはよかった」

「これ見てよ これ俺の娘よ 小学校に上がった時の写真よ 今じゃないよ 
今はもう中3だもんね」

そんなこと どうだっていいんだ !! 桜はどうなった 咲くのか 咲かないのか !!

「この桜がこれよ これ そこんとこの桜だよ うちの前で撮った桜だ 綺麗だろう 
だけどさ これは10年も前のもので 今はだめだね 町役場の連中がさ 
桜がある歩道を全部舗装しゃがってね 雨水が通らないのよ 水不足でもう随分
枯れちゃつたさ 前は歩道は砂利道だったんだ その時は良く咲いた 今は半分だね」

その知らない家で自分はお茶で野沢菜を食べている。

あー、もう2時を過ぎている。

「ここに日付けがあるよ 子供が書いたんだね 4月17日とある 満開はこの頃だったかなぁ」

「そうでしたか 私達もそのころを予定していました わかりました ありがとうございました」

「なに まだいいじゃないか」

「でも これから野上駅までまだ歩くんです」

「なに野上まで歩く そりゃ大変だ 1時間半はあるよ」

「でも 今日の下見で道を調べなくてはいけませんので」

「そりゃ 悪いことしたね」

「いや そんなことありません 頂いたお茶が本当においしかったです ありがとうございました」

「そうかね そりゃ良かったね 又来たら寄ってね」

「ありがとうございます」

縁側で靴の紐を結びながら、

「今日はお休みだったんですか」

「俺ね腰痛が前からひどくてね 今日はもう どうしようもなくてさ 今日はね 
会社休み貰ってね病院に行こうと思ってさ 外に出たらあんまり車が汚いものでさ 
少し洗って行こうと思って洗っているところにあんたが来たのさ」

「えーっ病院に行くところだったんですか」

「そうよ 今日はどうしても行ってこようと思ってさ そこえ あんたが桜はいつ咲くんだって
云ったわけよ」

「じゃー 病院は遅くなっちゃいましたね すいませんね」

「ううん いいんだよ もう病院終わっちゃってるもん」

この帽子をかぶった人はどういう人だろう。

特に寒かったその日の熱いお茶は本当にありがたかった。

歯にもしみるほど冷たかった野沢菜の漬物もおいしかった。

いっぺんの通りすがりの人間に、自分の事は後にして、ここまで接してくれることの、
心の広さ、大きさ、そして心の余裕。

私は勇気まで、この方から頂いたように思う。

野上駅のホームのベンチに、ただひとり座っている。

西の空は今すっかり茜色に染まり、まわりの山々は、その夕陽のシルエットに
黒々として、私の大好きな藤城清治さんの影絵のようだ。

今日の出来事を振り返る。

まるで夢の中のことのようだ。

綺麗な空を見ていると、まるで幕がひかれるように、すーっと電車がすべりこんできた。
 

 


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2004年12月 3日

秩父 札所23番 音楽寺

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音楽寺とは良い名前です。

その名の通り、新人歌手など新曲発表の時など、実際にこの音楽寺に
お参りする人がいるそうです。

本堂右手脇には掲示板も置かれ、歌手のポスターなどが貼られてもいます。


境内は桜が多く、春ともなれば見渡す限りの桜 さくら サクラです。

秩父ミューズパークに隣接している山の中のお寺さんで、札所のなかでも抜群に
人気の高い、又、多くの参詣者で賑わう寺院であります。

プッポロのクラブで、札所34ヶ所めぐりをやりましたが、この音楽寺に行くに際しては、
ひそかにミニコンサートを計画していたのです。

仲間の方のなかには、ハーモニカがうまく、又、尺八の先生もいまして、
そして民謡を唄うのが上手という人もいます。

たまたまプッポロもリコーダーをやりますので、久し振りにこれも嬉しくて、
楽譜台まで持参したものでした。


この観音堂は、三間四面で朱色の欄干付きの回廊は幅が広く、柱間もまた広いので、
ひとまわりもふたまわりも大きく見える、堂々たる観音堂であります。

正面のお賽銭箱前の回廊はまさにステージそのもので、名人の尺八の音色も
、あたりの山々にまで、しみこむような熱演になりました。

ハーモニカによる皆さんの大合唱、そして私のリコーダーと、それは、それは
「夢の空間」のひと時に思えたのですが、よせばいいのに、プッポロが最後に民謡で、
「木更津甚句」を唄ったのでした。

「木更津甚句」は唄い続けて20年が私のキャチフレーズです。

年に一度唄うので今回が、20回目であります。


ただし、尺八に合わせて唄ったことはほとんどありません。

いつも皆さんの手拍子だけです。

ようするに宴会のざれ歌です。


尺八の先生の前奏が始まりました。

  はあー 木更津 照ともー 東京わーくーもれー
  かわいーお方がーやっさいもっさい やれこりゃどっこい
   こりゃ こーりゃー日に焼ーけるー

  
はあー たぬきー かわいやー 証誠寺の庭でー
  月をー 眺めてー やっさいもっさい やれこりゃどっこい
  こりぁ こーりゃー 腹づつみー
  
        

と、ここまで唄ったら、仲間のひとりが、急にものすごい勢いで、ステージ中央にかけより、
本堂正面にぶら下がっている鐘の、あの太い綱を、いきなり大きく手元に引いて、
思いっきりの力で、 ゴーン !! って、鐘一つ鳴らしゃがんの。

いや、鳴らしたのでした。


秩父の名刹、音楽寺、重要文化財の大変な建造物の観音堂。

あとはもう、大爆笑の渦になったことは云うまでもありません。

それにしても、このすぐ近くには社務所もあり、この賑やかさ、騒々しさが、
耳に届いていたはずです。

なのに、何のお咎めもなし。

これは何だろうかと、もうすっかり静かになった山道を下りながら思ったものでした。


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2004年12月 1日

高尾山 もみじまつり

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深田久弥さんが選びました「日本百名山」は、日本中津々浦々の山歩きのなかから、
また、お好みの山から選んだわけですが、その選ぶ基準になったことのなかに、
山の姿が美しいこと、山頂からの眺めが良いこと、そして登りやすいことと、そして、
山に品性のあることなどをあげています。

もう随分前のことになりますが、「山岳映画の夕べ」などを、昔は良く行われたものでしたが、
その時に初めて講師として来られた深田久弥さんを、拝見しました。

痩せ型でどちらかと言えば小柄な人のようにその時は感じたものでした。

静かな穏やかな話し振りに、この人が、日本中の山を歩き続けているようには、
とても思えませんでした。


その「日本百名山」のひとつでもあります高尾山に、プッポロがやっております
「小さなハイキング」のお仲間で紅葉の素晴らしいなかを歩いてきました。

今回は珍しく参加人数も少なく、全11名の静かな山行になりました。

おば様たちと歩くのも、また、楽しいものです。


さて、プッポロはどこに ? そうです  一番左にいるのがプッポロです。 

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おなじみの高尾山ですが、一年を通じて一番登られている山というのはどこでしょう。

昔に聞いたものですが、永いこと、それは三つ峠といわれていました。

ちょつと考えますと富士山かなとも思いますが、年間を通じてになると、
冬場は富士山はだめですね。

槍ヶ岳は、これも雪のあるときは一般的ではありません。

一年中、コンスタントに登られる山、展望も良し、そして東京近郊となると、
やはり三つ峠あたりがトップの理由になるのでしょう。

しかし、その後登山者の高齢化が進み、好みも大分その当時とは変わってきて
いるようにも見受けられます。

この高尾山の賑わいを見ていますと、あんがいこの高尾山あたりが、今は、
日本一なのではないかと思ってしまいます。

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若い頃、盛んに山に登っていた時には、高尾山というと、ここから小仏峠、
景信山、明王峠を越えて陣馬山に登り、そして、和田峠から陣馬高原下までの、
長い長い、ロングコースのほんの出発地点に過ぎませんでした。

それが今や、その出発点までが、まあ、いいところまでになってしまいました。

それにこの高尾山の山登りとしての形態が大分変わってきました。

前ですと大体新宿を午前8時から9時には出たものですが、それが最近は
お昼ご飯を家で食べてから出かけてくるという方が非常に多くなりました。

早朝組みが下る頃、続々と登ってくるという感じです。

それに何も持っていない人が多く、持っていてもペットボトルの水ぐらいです。

新しい山登りのスタイルなのでしょうか。

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この写真の奥の方に薬王院の別院があります。

そこでは希望によって精進料理をいただく事ができます。

二度ほどその精進料理を楽しんだことがあります。

食事前にお坊さんから精進料理の説明と、護摩札を渡され、それぞれに希望する
お願い事をそれに書き込むのです。

精進料理は二の膳付きで、2500円。

落ち着いた雰囲気のなかでのひととき、今回は頂きませんでしたが、
たまには現世をはなれて、別世界を楽しむのもいいかもしれません。

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高尾山での紅葉写真のポイントといえば、ここかもしれません。

飯綱大権現の本堂裏にあります、極彩色に彩られた本社の周りの
もみじの美しさは、よく知られる所です。

綺麗な建造物と紅葉、これが見事にマッチして人気があるようです。

その代わり、いつでもこの場所は、カメラの放列もすごく、ここではある程度の
度胸も必要になります。

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自然のなかにいる鳥を、野鳥といいますが、この野鳥という言葉はそれ程
古いものではありません。

かごに入れて飼っている鳥と区別するために、「野生の鳥」を短くして
野鳥という言葉を作りました。

その人は、昭和9年に「日本野鳥の会」を設立して、また永きにわたって
鳥類の愛護運動をされました中西悟堂さんであります。

中西悟堂さんはお坊さんの出だそうであります。

自然のなかでの短歌をこよなく愛され、鳥を詠んだ歌が数多く残されております。

ここ高尾山も鳥の多いところです。

足繁く通われて、鳥の観察をされたとのことです。


写真は高尾山頂に置かれている、中西悟堂さんの歌碑です。

薬王院に泊まり、翌早朝に山頂に登り、富士山を望んで詠んだ短歌がこれであります。
  
    富士までに
       
        およぶ雲海ひらけつつ
       
             大見晴らしの朝鳥の声
                    
        
                   中西悟堂


プッポロはこの中西悟堂さんを、霧ケ峰高原の大草原のなかで、お見かけした
事があります。

中西さんは山に入りますと、いつも上半身裸になることで知られていましたが、
この時も、そこにザックを背負って歩かれていました。

山は蚊が多いです。

蚊にくわれませんか、と聞けば。
「私には血が沢山あります。少しぐらい蚊にやったっていいじゃありませんか」

これが口ぐせのようでありました。

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最近の高尾山は山登りとしては当然ですが、その他に日常のトレーニングの場として、
また普段の散歩道として利用されている方が多く見られるようになりました。

先にも書きましたが、何も持たない、持ってもペットボトルの水ぐらい。

そして人によっては、夏から秋に掛けては、夕方から登り始め山頂広場で、
一杯のビールと共にお月見を楽しむ。

帰りは涼しい風に吹かれながら、月の明かりを道ずれに一号路をゆっくり下る。

疲れていたら、ケーブルカー、これもシャレた、新しい楽しみ方かもしれません。

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