2008年10月29日

立教の 「メサイヤ」の季節がやってくる

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春は四月の桜、夏は七月のプラタナスの緑、秋はモーリス館とチャペルのツタと木々の
紅葉。

そして、真冬に浅く積もった雪のキャンパス。

春夏秋冬、そのくり返しから、もう永い年月がたちました。

この立派な堂々とした建物が立教チャペル、正式名が、立教学院諸聖徒礼拝堂です。


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このチャペルをこの場で描いた、この絵も早いもので、かれこれ10年も前のことになります。

たくさんの学生さん達の中で、また先生もいらっしゃるわけで、このキャンパス内でスケッチ
するには、かなりの度胸が必要です。

スケッチでは建物が地べたに、じかに建っていますが、7,8年前になるでしょうか耐震性に
問題があると、その当時、大変な大工事で建物全体を底上げして、土台にゴム状のクッションを
引いたものでした。

現在では大理石の上に堂々と建つ、すばらしい建造物であります。


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チャペルと左側の建物がチャペル会館。

すべての事務はここで行われています。

真ん中に立つのが、アメリカ聖公会の宣教師、立教大学の創始者でもあります、チャイニング
ムーア ウィリアムズ主教の像であります。

「道を伝えて己を伝えず」 という、言葉を残されています。


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古い話ですが、昔、灰田勝彦さんと言うスマートな歌手がいました。

そのヒット曲に「鈴懸の径」 (すずかけのみち) というのがありますが、ご本人がこの大学に
在学中に作られた曲と聞いています。

この写真の右手にスズカケの木、(プラタナス) の並木路がありそれを歌ったものであります。

片隅にはその歌碑がありましたが、・・・・・・  今でも残されていると思います。


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立教チャペルの礼拝堂であります。

祈りの場、それは自分を見つめる場であり、人を思いやる場でもあります。

あらためて、人のために何ができるのか、深い思索と心の安らぎを与えてくれる場でも
あります。


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教会で一番忙しく、華やかなのはこれからの季節かもしれません。

クリスマス。

モーリス館前にあるこの2本の大きなもみの木に、12月になりますと見事なイルミネーションが
点灯いたします。

お台場、六本木、恵比寿ガーデンプレイスなどなどの、今流行のハイテク照明も本当に
綺麗ですが、こちらの静かでクラシックなクリスマスツリーも、また、いいものです。


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       第47回立教大学メサイヤ演奏会のご案内です。

       12月8日 月曜日  東京芸術劇場 大ホール

           17時30分開場  18時15分開演

 S席2500円  A席2000円 A席ペア 3000円(2枚)  B席1000円 B席ペア 1500円(2枚)

   ヘンデル作曲 オラトリオ メサイヤ は、250名の合唱と多彩なゲスト、そして
   100名を超える立教大学交響楽団による壮大な年末恒例の演奏会であります。

   音楽大学でもないのに交響楽団を持つのは六大学の中でも立教だけといわれます。

   熱意あふれる一大イベント、今年も大いに楽しみであります。


    チケットのお問い合わせ

    立教チャペル チケット窓口 03 3985 2682

    または 東京芸術劇場チケットサービス 03 5985 1707

    チケット郵送ご希望の方は、東京芸術劇場の方へお問い合わせ下さい。

 
    立教大学メサイヤ演奏会  ホームページもご覧下さい。   
              

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2006年11月30日

特別展 仏像

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「特別展 仏像 一木にこめられた祈り」と、題して12月3日まで、東京 上野の
東京国立博物館の平成館で仏像展が開催されています。

奈良 平安仏から円空、木喰(もくじき)にいたるまで、公開されている百四十余の
仏像のうち国宝 ・ 重要文化財45体も含み、それは見事な展覧であります。

数ある名品の中でもひときわ心を引かれているのが、琵琶湖、湖畔にある渡岸寺(どがんじ)
観音堂所在の「向源寺」の、国宝 十一面観音菩薩立像であります。

像の高さ194センチ、平安時代 9世紀の作。

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特別展 仏像 カタログより

凛と立つそのふくよかな姿を、広い会場でひと目見たとき、ああ、 これが琵琶湖の北、
「湖北の観音」と云われる十一面観音かと、しばし呆然と見つめたものでした。

それはもう十数年も前に読んだ、井上靖氏の小説「星と祭」の中に重要な役割として、
この「湖北の観音」十一面観音が登場します。

古いことでその内容は正確には覚えていませんが、たしか東京に住む女子大生が、
滋賀県の 琵琶湖、湖畔を訪れた時、その土地のひとりの青年とめぐり合い、ふたりして
その大きな湖、琵琶湖にボートを漕ぎ出したのです。


これがその「星と祭」の冒頭のシーンであります。

その後、ボートの中で何があったのか、不幸にしてボートは転覆し二人は水死体で発見されます。


事件の後、双方の親達の心痛の果ては相手方へのいがみ合いと、憎しみに。

青年の方はたしか、年老いた父親一人だったと思いますが、男性側として相手の一人娘の
両親には、ひたすら詫びるばかり。

月日は過ぎて、季節は変わり苦しい気持を持ちながらも、いつしか東京から、
その親達は琵琶湖に訪ねるようになります。

2度、3度訪ねるうちにその湖畔のまわりには、多くの観音堂があることを知り、
そこに祀られている十一面観音に苦しい気持が引かれていくのです。

男性側をせめ続けていくうちに、知らず知らずのうちに、なぜか人を許す心が芽生えてくる。

それをはっきり意識する場面が私には今でも強く頭に残っているのです。

海とも思える大きな琵琶湖の湖上に、ある日、そこに祭られている数多くの観音様が
めくるめく様に、次から次と現れては消え、また現れる。

その主題となる観音菩薩がこの「向源寺」の国宝 十一面観音をもって現しております。

その慈悲のこころ、そして人を許すには強い心が必要です。

それを教えてくれたのが、この偉大な観音様として描かれたのが井上靖氏の
「星と祭」であります。

それを読んで以来、はたしてどんな仏像なのかと、思うばかりで十数年が過ぎましたが、
いま念願かなって門外不出とも云われている、この仏像を東京で拝見する事が出来ました。


本展はそれぞれに歴史を積み重ねてきた名品揃いですが、その中でも、
この十一面観音菩薩像は、気品と言いますか、白州正子さんではありませんが、
「湖北の風景の中で思いもかけず美しい観音に接した時は、ほんとうに仏に
まみえるという心地がした」(近江山河抄)と言わしめているとおりであります。

12月3日までこの東京にいて下さいます。


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特別展 仏像 カタログより

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2006年11月27日

1年前の病室で

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去年のちょうど今頃、虎の門病院から退院したところでした。

自分にはこれと言った事をした訳でもないのに、ごく自然に病気になるときにはなるものですね。

約3週間という結構永い入院生活。

築地の聖路加国際病院から特別に紹介されての虎の門病院での手術。

いったいどこを手術したかって ?

うーん、それだけは、ちょいと恥ずかしくて云えないなぁ。

ただ自転車のサドルのあたる部分の ・・・・・・・・

あれっ なんだか云ってしまったかな。

その時、ベットで寝ながら考えたのは、随分ながく乗ってきた好きな自転車も、
ついに、これで終りかなって思ったら・・・・・・・

虎の門の先生は優しかったな。

「ううーん そんな事はありません かならず乗れますよ 今に良くなって 
定期健診にも自転車できたりして」って、云ってくれたな。

落ち込んでいたあの頃、その言葉がどれほど頼りになったか、それははかり知れない。

             ・

おぼつかない足取りで、ベットから立ち上がり、5階の自分の病室から見える東京タワーを
毎晩のように写していた。

身投げをしないようにか、どこも窓ガラスは開かない。

カメラをガラスに押し付けるようにして、写しては見るものの、ふらつくばかりでどれもピンボケ。

そんななかの一枚が上の写真です。


自分にとっては、苦しかった思い出だけで、懐かしさはまったく無い。

それにしても、その時、ブログの方々から頂いた沢山の励ましのメッセージは
忘れられないことです。

あらためて感謝いたします。


今ではまだ多少の不都合はありますが、荒川にも、入間川にも無理をしなければ
行かれるまでになりました。

ありがたいことです。

そして今度はあの憧れのロードレーサーにと大胆なことを考えています ・・・・・・・・

大丈夫でしょうか。


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2006年11月16日

菊の盆栽 いま花盛り

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91歳になられた植木屋さんから、お借りしている菊の盆栽が、いま満開を迎えています。

10月27日のこと、突然我が家にやって来られて「この菊の盆栽を見せてやるよ」って、
自転車の後ろの荷台にくくりつけられた、この菊の鉢を持ってきてくれたのです。

その時はまだ開いている花は数えるほどでした。

「菊はね つぼみでも いいものだよ 他の花ではこうはいかない」と、少々自慢げも
含めた笑顔を見せて置いていかれたのです。


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このブログの11月27日にも、その時の様子を記事にしていますが、その時は、
はたしてこれからどう咲いていくのか、2年掛かりで丹精込めたものを枯らしては
いけないと、それは、それは気を使ったものでした。

日中はよく日に当てて、水は絶やさず、とにかく無事に花を咲かす事が肝心と、
そして無事にお返しすることと。


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つぼみから花が開く様子を植物好きの人達は、花が芸をするという事をよく言います。

花が芸をする、実に綺麗な言葉だと思いますが、その言葉にもっともふさわしいのは、
花しょうぶに対してではないでしょうか。

立ち上がったつぼみの先端に色が上り、日の光と共に四方の花びらが、静かに
ゆるみ始め、それが花弁の重さもあって滑らかに垂れ下がる。

その有様はまさに芸をしているにふさわしい表現だと思います。

その繊細さは菊には少し欠けますが、菊には菊の力強さ、たくましさも大きな
魅力でもあります。


さて、この鉢をいつお返ししょうか、これも考えるところです。

盛りも過ぎて無残な姿になり、こうなりましたでは、あまりにも無粋でもあるし、
早ければ早いで、何だか面倒がっているようでもあるし、ちょつとした、
この返すタイミングも、また難しいものです。

お借りしたお礼の品物としての、「虎屋の羊羹」も、すでに買ってあるのですが ・・・・・・

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2006年10月20日

まゆはけおもとの秋

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2004年10月18日に、2005年は11月15日に、それぞれ、この「まゆはけおもと」の事を
この「プッポロ春夏秋冬」にアップしています。

今年は10月初旬につぼみが見え始め、たっぷりと時間を掛けながら、上に伸び始め、
今、満開を迎えています。

「まゆはけおもと」まず園芸店でも見ることの少ない不思議な花です。


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普段は庭に出しっぱなし、思い出したように何かのついでに、たまに水をやったりする
程度の放任主義ですが、自立力がすぐれているのか、根っから丈夫なのか、
長い間枯れることも無く、それも毎年のように、ひと芽ぐらいずつ増えています。

10月始めに庭に降りた時に、大きな葉の陰にひっそりとつぼみが立ち上がっているのを
発見したのです。

我が家の庭は秋が深まると、ものすごい蚊たちの大群が集まり華麗に輪舞する姿は
大庭園、ベルサイユ宮殿を思わせ・・・・・、 だから蚊に喰われるのがイヤで、
秋には滅多に、その草ぼうぼうの小さな空き地 には降りないのです。


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「まゆはけおもと」。

名の由来は、昔、女性がお化粧する時、まず顔全体に真っ白におしろいを塗ったそうです。

それから改めて小さなハケでまゆ毛についたおしろいを落とし、まゆ毛を出して、
今度はまゆ墨を入れて化粧したんだそうです。

そのおしろいを落とす小さなハケの形が、この花に似ているところから 「まゆはけおもと」と
呼ばれるようになったそうです。


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なぜこの珍しい花が我が家にあるのか、それは以前の記事、2004年10月18日にも
書いていますが、気のいい植木屋さんが、我が家に出入りしていた時分のことです。

私の家の近くのお屋敷には、この 「まゆはけおもと」 がなんと、150鉢あまりあったそうです。

数年に一度の植え替えを、この植木屋さんが随分昔からやっていたのです。

三日がかりでやる植え替えも、かがんでやるものですから、最後の日には
腰の痛みも相当のようでした。

150鉢あまりの植え替えも終り、あとかたずけをしながら、その家の主人に
何気なく 「こんなにあるんだから 一株貰えないだろうか」 と云ったところ、
その主人は 「あんたみたいな人には、この花はやれないね」 との返事。

「あんたみたいな人とはどういう意味だ!!」 って云ってやったら

「そんな事は自分で考えろ」 って、ぬかしゃがってさ。

「なんだい !! 自分で考えろだって ! なに言ってやがんだ !!  昔から,云うだろ 
自分の事はわからないもんだって !! そんなこともしらねぇのか。

 あんたは何にもわかってねぇな」って、オレは言ってやったんだ。

するとあのオヤジよ オレの顔をジーッと見てね、不思議そうな顔をしやがったな。

そんでよ 「そんなに、くれんのが嫌ならいらねぇや」ってね云ってやったさ。

そんでさぁ 帰り際によ、一番いいのを、ふた鉢、かっぱらってきたぜ。

あんたにも、ひと鉢あげたくてね、この花よ、いい花だろう。

純真そのもので、この人の正直な話には可笑しいやら、また、笑ってはいけないような
複雑な気持でその話を聞いたものでした。

毎年たった一本だけ咲かせるこの「まゆはけおもと」を見るたびに、もうしばらく
逢わないその植木屋さんはどうしたかなと気がかりでしたが、つい先日、
風の便りに聞いたところによれば、今年の6月に肝硬変で亡くなったそうです。

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2006年10月 6日

プレゼント

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その若者はそれほど高い所から飛び降りたわけでもないのに、ほんの少々の段差に
足をつけたとき、足のくるぶし辺りを捻挫してしまった。

やわといえばやわではあるが、間が悪い時はそういうこともあるのかもしれない。

何でも二ヶ月ぐらい不自由な生活だったようで、それなりの傷の深さであったらしい。

若者と親しい間柄だけにお見舞いにと、それもわずかな見舞いであったにも関わらず、
足も大分良くなってきた先日のこと、自らが我が家にやって来て上の写真にある寄せ植えの
ひと鉢をお返しにと持って来てくれた。

この青年は手先が非常に器用で、大概の物は工夫に工夫を重ねて作ってしまう。
それも何を作ってもセンスも良く、プロ顔負けの出来栄えということも以前から私も知っていた。

透明の鉢に入った寄せ植え、それは小さな粒子を使っての水栽培で、これもハイドロカルチャーと
言うのだと思う。

植物は4種類植えられているが、知っているのは赤みを帯びた細い葉のドラセナだけだが、
いずれも観葉植物として知られているものなのだろう。

私のために植物を集め、土を引きデザインよく植えつけ、そして水を与え、ピンクの綺麗な
包装紙に包まれて、結構な重さになるこの鉢を届けてくれた。

よく見ると葉の影にはライオンとキリンとシマウマの小さな木の動物達も飾られている。

この辺が何とも若さの面白さかもしれない。

水栽培だけにいずれは成長と共に鉢も小さくなるであろうから、4種類それぞれに
四つに分配してあげなければならない。

まだいつになるか判らないが、その4鉢になったとき、この今の嬉しさも、その時は
きっと4倍にも、またなるかもしれない。


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2006年10月 1日

今年の月下美人

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昨年より3週間ばかり開花が遅れましたが、今年も例年通り、たったひとつだけですが、
いつものように、ひっそりと咲いてくれました。

上手な方になりますと、5つも6つも花を持たせたり、なかには十個あまりも花を
咲かせる名人もいるようです。

庭に出しっぱなしにしておきますと、いつ咲いたのか、気がつくと、花が終ったあとの
しおれた花柄をみる事がよくあります。

なんとも、暗い中で、ひとりで咲いて、ひとりで散っていく、こういう時は気の毒な思いが致します。

夜になって満開を迎えるという変わった花でもあり、また、不思議な花でもあります。


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花が開く時は夕方の5時頃に、大きなつぼみにはっきりとした動きが見られます。

硬く閉じていた幾重にかさなる花びらの、その先端に小さく口が開きはじめ、1時間、
2時間と過ぎる頃、今度は精一杯の大きな口を広げて美しさの頂点に達します。

昔の粋人、通人と呼ばれる人たちは、この月下美人を前にして、夕方から酒を酌み交わしながら、
夜の10時頃に満開を迎えるのを待ったという、何とものんきな話を、どこかで聞いた事があります。

早い話が酒を飲むための一種の口実と言えなくもありませんが、それにしても気持の
余裕といいますか、のんびりとした時代でもあったのでしょう。

そして、夜中の12時頃には、もうすっかり、しおれてその姿は見るかげもなく、
一瞬のあだ花と化します。


昔の句に  " 月下美人は一夜の  めしべ おしべかな " というのがありますが、それにしても、あまりにも はかない花であります。


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2006年8月19日

尾崎豊とカセットテープ

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私のミニコンポの脇に、ひとつのカセットテープがある。

そのテープはCDから、またラジオから録音した、数多くのコレクションの
テープ達とは少々趣を別にした存在でもある。

そのテープのなかで歌っている歌手は誰なのか、初めて聞いた時は
まったく判らなかった。

激しいロックがあるかと思えば、スローで心をゆさぶるようなしみじみとした
ブルース調の曲もある。

160分もある、この長いカセットテープ続けて聞けば、両面で2時間40分にも
なるが、いまだに通して聞いた事はない。

歌っているのは、ひとりの男性歌手である。


しばらくたってからFMラジオで流れる曲を聴いて、これが尾崎豊であることが
わかった。

尾崎豊、亡くなってから14年が過ぎた。

1992年4月25日のこと。

ご存知の通り衝撃的な死であった。

さまざまな憶測が飛び交ったが本当のところの死の原因など、私などには
知る由もない。

ただ、新聞を見ても何があったのか判らないが、まだ若いのに、かわいそうだなと
思ったのを今でも覚えている。

その尾崎豊が亡くなった年の暑い夏の事である。


奥日光戦場ヶ原。

湯の湖から歩き始め、湯滝の豪快な水の流れを見ながら南に向って歩くと、
湿地帯が大きく広がる、いわゆる戦場ヶ原に出る。

長く続くこのコースの素晴らしいハイライト部分を通って、なおも2484mの男体山を
左に見ながら高山植物が咲くなかを歩き続ける。

そして、穏やかな竜頭の滝の流れと共に、最終地の中禅寺湖畔のバス停まで、
私はひとり歩きとおした。

真夏の太陽が、照りつけるものすごい暑い日であった。


バスは行ったばかりで、次の東武日光駅に行くバスまでにはかなり時間がある。


目の前は中禅寺湖が緑の向うに左右に広がっている。

何度もここには来ているが、この湖畔の周りは歩いたことがないだけに、
ひと停留所まで歩いてみようと思った。

バスが通るやや広い道は、右が中禅寺湖、左側は石垣が続き、その石垣の
下は道路との境はU字溝になっている。

あたりの景色を眺めながら、また熱気にあえぎながら歩いていると、ふと目に
止まったのが、U字溝のなかの枯れ草の上に落ちているカセットテープである。

ゴミとしてのカセットテープにどうしても見える。

物好きの私としては、つい足を止め手にとってみる。

ところどころに土はついているものの、雨にはまだ当たっていないようで、
きれいなテープであった。

両面ひっくり返してみるとテープが切れている。

そこで、そうか、車の中で聞いていたがテープが切れて使えなくなり、
それで窓から投げ捨てたものらしい事がこれで判る。

なあんだと、捨てようとしたが、しかしこのテープ何が入っているのだろうかと、
そこでいつものように、いくらかの好奇心と、いくらかの、のぞき趣味が頭をもたげ、
そのテープをすっとポケットに入れた。


少々の土を綺麗にふき取り、テープ幅にカットしたビニールテープで切れた
テープをつないだ。

オンキョーのミニコンポにセットして、そこで初めて聞いてみたのが、前述の後で
わかった尾崎豊のテープである。

なにしろ2時間40分にわたっての膨大な数の曲が入っている。

その音質の良さも抜群である。


尾崎豊の代表曲、「十七歳の地図」 「卒業」 「回帰線」 「壊れた扉から」 
「街路樹」 「置きざりの愛」 「冬の動物園」などなどあるらしいが、テープには
曲名のラベルの表示もなく、どれがそれらなのか判らないままに、今でも時折
聞いている。


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2006年6月28日

逸話と実話

今朝の読売新聞の「編集手帳」に面白い記事がでていた。

「川端康成のぎょろりとした目が放つ炯炯 (けいけい) たる眼光に、
射すくめられた人は少なくない。

昭和初年のある夜、川端夫妻の寝ている部屋に泥棒が入ったことがある。

枕もとに忍び寄ってふと見ると、暗闇のなかで作家が大きな目をみひらいてじっと見つめていた。
泥棒がとっさに、「だめですか」、そうたずねたという逸話がのこっている。・・・・・・・・

と、その後がまだ続くのであるが、これは先日起こった例の美容整形外科の
娘さん誘拐に関する目撃者の目のするどさを指している文章の一部であるが、
今日のブログは、この犯罪の話ではなくて、そういう逸話が残っているという、
その「逸話」についてである。

「逸話」、昔からよく聞く言葉である。

だが、あらためて、「逸話」ってなに? って、聞かれたら私は正確にこの言葉の
意味を説明することができない。

何となく判っているのだが、何となく言葉にでてこない。

「逸話」に、にた言葉に「実話」がある。

「実話」は読んで字のごとく、実際にあった話で、これはわかり易い。

「逸話」、字をみただけではまったく判らない。

恥ずかしながら学生時代は国語は得意だったが、その当時の教育が偏っていたのか、?
この「逸話」だけはどうも教育されなかったようだ。

そこで、小学館の「大辞泉」をあけてみる。

「逸話」、とは、その人についての、あまり知られていない興味深い話。エピソード。とある。

知ってみればああそうだよな、になるが、知らないうちは、いくら考えてもわからない。

それではと、「逸話」、の「逸」の意味をついでに引いてみる。

それる、はやる。ある場所からさっと抜ける。規則にとらわれず気ままに。の
意味もあるそうだ。

たった一字なのにずいぶん長い意味があるものだが、それにしても、そこに「話」を
つけただけなのに、全体の意味になるとまるで違う、話が違うではないかと思ってしまうのである。


逸物(いちもつ) 独逸(ドイツ) 都々逸(どどいつ)。

「逸」が、つく言葉を軽く思い出してみるとこれらがでてくるが、なぜこんなところにも、
「逸」が、出てくるのか、これも考えるとまた寝られなくなりそうだ。

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2006年3月31日

少林寺と五百羅漢

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曹洞宗のお寺、少林寺は、秩父鉄道波久礼駅から徒歩で45分の、人家もまばらになった
山のふもとに静かに佇んでいます。

関東一といわれる保存の良さで知られる五百羅漢と千体荒神の石碑を、一度見たいものと
梅も満開の頃、3月中旬にひとり訪ねてみました。

お寺さんの説明によると、この少林寺の開山は、永正8年(1511年)と、かなり古いものですが、
開基は北条氏康の家臣となった藤田右衛門太夫国村、または康邦ともいわれており、
定かなことは分からないようです。

ご本尊は釈迦牟尼仏。


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その後、慶安年中(1648年から1652年)に、寺領15石を与えられ、また文政9年(1826年)の
春より、四方から浄財を募り、寺の境内山中に釈尊、十六羅漢、五百羅漢の石像と千体荒神の
石碑を、天保3年(1832年)に安置し、信仰の道場として、今日に続いているとのことであります。


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あちらこちらの羅漢さんを今までに随分と見てきましたが、これほどまでに綺麗に残されて
いるのは見た事がありません。

お寺の裏手の山麓から、羅漢山と呼ばれる小さな山の頂まで、510余体の羅漢石仏が
山道の脇に並びます。

いづれもユーモラスで、思わずこちらまで笑いを誘われるものばかりであります。


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この千体荒神とは、戦時中、戦場の守護神として、まつられたもので、石は秩父の荒川に
数多くあります、青簾変岩を板状に加工したものではないかと思いますが、あくまでも
私個人の見解ではありますが。


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千体荒神は今では別の信仰対象にもなっているようで、地元選挙の時など参拝すると、
当選間違いなしとも言われ、こちらの方でも信仰を集めているようです。


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さて、これから多くの羅漢さんのなかでも、特に私のお気に入りの仏さんをご紹介したいと思います。
ほとんど多くが南向きに安置され、やわらかな日差しの中に、羅漢さんでなくても思わず
居眠りをしてしまいそうな、春の初めのひと時であります。


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五百羅漢とは孝子孝孫 (親孝行な子、孝行な孫) が、亡くなった人をしのび、
一心に羅漢さんのお顔を仰ぎ見る時、必ずその尊顔の中に、亡くなった人の面影を
見る事が出来ると云われています。


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ちなみに羅漢とは、仏教の信者から施しを受ける価値のある人という意味で、また、
悟りを開いた仏弟子に対する、尊称でもあります。


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あとは説明もいりませんね。

それぞれの羅漢さんの語る話を静かに聴いてみてください。

あなたの優しい素直な心で・・・・・・ (゚∀゚ )


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少林寺の裏手から、愉快な羅漢さんと共に楽しみながら、登ること15分ほどでしょうか、
ささやかな羅漢山の山頂の広場に出ます。

その広場に安置されているのが、中央に釈尊をまつり、両側に脇侍文殊 (わきじもんじゅ) と、
普賢菩薩 (ふげんぼさつ) の二菩薩が並び、その回りを囲むようにして、十六羅漢が
配置されています。

このお釈迦さまを毎月のように、お参りにこられる方も多いことをここで知りました。


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この小さな山、羅漢山からは、階段状の急な山道を10分程下りますと、円良田湖 (つぶらだこ) に
到着します。

この時は人影もまばらでしたが、ここは桜の名所でもあり、湖を中心にして約一万本の
桜があるそうです。

今のお花見の頃は大変な人出かと想像いたします。


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さて円良田湖からは、30分あまりの山また山の中の道を行きますと、小高い所に建つのが、
秩父鉄道波久礼駅近くの 「かんぽの宿 寄居」 であります。

宿泊は勿論のこと、最近は日帰り温泉でも人気があり、湯も本格的な温泉であります。

6階の展望風呂からは、その名の通り、眼下には荒川の流れ、遠くには秩父の山並みと、
まさに絶景を楽しむ事が出来ます。

私もしばし、その露天風呂を楽しんだことは云うまでもありません。


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