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2011年9月14日

浅草寺を描く

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浅草寺  34㎝×25㎝ 絵 プッポロ


浅草で私は生まれたとは、このブログでも今までに何度か書いてきた。

生まれ故郷が浅草だからといって、それ程、人に誇れるものではないが、人との
話の中で、そのことが出てきた時には、ちょっぴり、得意げになって、しゃべっている
のだから面白いものだ。

子供の頃に遊んでいた浅草寺の境内も、長い年月を経たにもかかわらず、実は
それほど大きくは変わっていないのだ。

本堂に向って左側の一帯には、いろいろな、それもわりと小さなお地蔵様などのお社が
数多くあり、小さいながらも川もあった。

子供って面白いもので、大きな本堂の方で遊んだ記憶はほとんどない。

もっぱら、その小さなお宮さん方のことは、隅々まで覚えているから不思議なものだ。

お願いする時、手元にある手で回す、小さな水車のような丸いもの、それは木で
あったり石で出来ているものもあった。

その当時、よく一緒に行った父親が境内の植木市で、鉢物などを値切っている間、
つまらないから自分ひとり、このお地蔵さんの方に行き、あっちこっちの車を一心不乱に、
ぐるぐる回しては遊んでいた。

あれをなんて云うのか、いまだに知らないが、それが今でもあるのだから、面白い。


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浅草は普遍であり、未来永劫に受継がれている。

まさに下町の世界遺産にふさわしい所だと思う。

浅草の露地から露地まで、隅々まで見てきた私だが、それでも行くたびに、人力車の
いい色に日焼けしたカッコいいお兄さんが、「旦那 車いかがですか 浅草の名所など
ご案内しますよ」 って、声を掛けられる。

「私はここで生まれたんだよ わたしが車に乗ってどうすんだょ」 って、云いたいところだが
「今日はいいょ」 って、笑って通り過ぎることにしている。


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同じ絵を描くにしても、よそで描くのと、この浅草で描くのと、ずいぶん気持ちが違う。

浅草でのスケッチは、もう、数多くやっているのもあるが、生まれ故郷というのか、
気分的にすごく楽に描く事が出来る。

安心して描けるというのだろうか。

必ずしも安全ではないかもしれないが、私にとっては不安材料はまったくないのだ。

どこに座って描いていても、こわさがない。

それはそうかもしれない、浅草寺の境内なんだから不安なわけがない。

それがあったら来る人はいないだろう。


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絵を描いていると、ギャラリーと言われる人々が声を掛けてくる。

特に浅草が多い。

「絵を描いているの いいなぁ」  「あれ そっくりだねぇ」

云うことはさまざまだが、中にはこの浅草に流れてきたのか労働者風の男性もいる。
私の隣にぴったり寄り添って座り、描く絵をじっと見ている。


「オレさー 今朝 仕事あふれちゃってさー そう 毎朝 雷門のところに車が来てサー
待っているオレ達の中から数人 数人だよ 数人だけ連れて行く この頃あふれる方が
多いんだ まいっちゃうよなぁ  絵なんか描いちゃってよ  いいよなぁー」


「ここで待ってるより 上野にでも行ったほうが 仕事が多くて 求人も多いんじゃないの」と
筆を休めてその人に言ってみた。

「あのねー 上野には上野の人がいるんだよ 浅草の人間が上野の方に行っては
いけないの そういう しきたりみたいのが あるわけよ  あんたって なんにも
しらねぇんだなぁー」 って。


そんな中で描いたのが上の絵であります。


 


 


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