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2010年10月 5日

彼岸花

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街の中を急ぎ足で歩いていても、今の季節、ふと見かける彼岸花に、足を止める
事があります。

こんなところにも咲いていると。

とにかく特異な姿かたちが目立つ、この彼岸花ですが、今年も遅ればせながらも
我が家の片隅に数本咲き始めました。

手元にある植物図鑑を見ますと、別名は、マンジュシャゲ。

人里の近いところに群生する多年草とあります。

昔、中国から渡来したものが、各地に広がったようです。

そして、花が終わったあとに、線形の葉が伸び始めます。

和名は彼岸の頃に花が咲くところから、彼岸花と付けられたと記されています。


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上から見たところ


数多くの名言を残している、江戸時代の本草学者、また、儒学者として知られる
「貝原益軒は、彼岸花をさして、「この花 下品なり」と、一喝したとあります。

なにを持って下品なのか、そこまでは判りませんが、私の推測の限りでは、どんな
きれいな花も、わきに緑の葉を添えてこそ、一本の花とみたのでしょうか。

全述の通り、彼岸花は花の時は、ただ一本の花茎が伸び、その先端に実に複雑、
繊細な、そして幾何学的な花を見せてくれます。

あまり花持ちのよくない花が終わると、今度は根ぎわから、細い葉が勢い良く密集
するかのように茂ってきます。

花は花、葉は葉といった、それぞれ別々の身の振り方が、「この花、下品なり」 と、
言わしめたのかも知れません。


写真は共に2010年10月5日に、写したものです。 


                   *

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