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2008年10月29日

立教の 「メサイヤ」の季節がやってくる

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春は四月の桜、夏は七月のプラタナスの緑、秋はモーリス館とチャペルのツタと木々の
紅葉。

そして、真冬に浅く積もった雪のキャンパス。

春夏秋冬、そのくり返しから、もう永い年月がたちました。

この立派な堂々とした建物が立教チャペル、正式名が、立教学院諸聖徒礼拝堂です。


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このチャペルをこの場で描いた、この絵も早いもので、かれこれ10年も前のことになります。

たくさんの学生さん達の中で、また先生もいらっしゃるわけで、このキャンパス内でスケッチ
するには、かなりの度胸が必要です。

スケッチでは建物が地べたに、じかに建っていますが、7,8年前になるでしょうか耐震性に
問題があると、その当時、大変な大工事で建物全体を底上げして、土台にゴム状のクッションを
引いたものでした。

現在では大理石の上に堂々と建つ、すばらしい建造物であります。


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チャペルと左側の建物がチャペル会館。

すべての事務はここで行われています。

真ん中に立つのが、アメリカ聖公会の宣教師、立教大学の創始者でもあります、チャイニング
ムーア ウィリアムズ主教の像であります。

「道を伝えて己を伝えず」 という、言葉を残されています。


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古い話ですが、昔、灰田勝彦さんと言うスマートな歌手がいました。

そのヒット曲に「鈴懸の径」 (すずかけのみち) というのがありますが、ご本人がこの大学に
在学中に作られた曲と聞いています。

この写真の右手にスズカケの木、(プラタナス) の並木路がありそれを歌ったものであります。

片隅にはその歌碑がありましたが、・・・・・・  今でも残されていると思います。


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立教チャペルの礼拝堂であります。

祈りの場、それは自分を見つめる場であり、人を思いやる場でもあります。

あらためて、人のために何ができるのか、深い思索と心の安らぎを与えてくれる場でも
あります。


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教会で一番忙しく、華やかなのはこれからの季節かもしれません。

クリスマス。

モーリス館前にあるこの2本の大きなもみの木に、12月になりますと見事なイルミネーションが
点灯いたします。

お台場、六本木、恵比寿ガーデンプレイスなどなどの、今流行のハイテク照明も本当に
綺麗ですが、こちらの静かでクラシックなクリスマスツリーも、また、いいものです。


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       第47回立教大学メサイヤ演奏会のご案内です。

       12月8日 月曜日  東京芸術劇場 大ホール

           17時30分開場  18時15分開演

 S席2500円  A席2000円 A席ペア 3000円(2枚)  B席1000円 B席ペア 1500円(2枚)

   ヘンデル作曲 オラトリオ メサイヤ は、250名の合唱と多彩なゲスト、そして
   100名を超える立教大学交響楽団による壮大な年末恒例の演奏会であります。

   音楽大学でもないのに交響楽団を持つのは六大学の中でも立教だけといわれます。

   熱意あふれる一大イベント、今年も大いに楽しみであります。


    チケットのお問い合わせ

    立教チャペル チケット窓口 03 3985 2682

    または 東京芸術劇場チケットサービス 03 5985 1707

    チケット郵送ご希望の方は、東京芸術劇場の方へお問い合わせ下さい。

 
    立教大学メサイヤ演奏会  ホームページもご覧下さい。   
              

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2008年10月27日

安曇野「碌山美術館」に行く

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紅葉の始まったばかりの安曇野に行ったのは一週間前のことです。

近頃の天気の定まらない中にあって、珍しく向うに行っている間は快晴続き。

この安曇野にはどうしても行ってみたい所が私にはあったのです。


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穂高駅から大糸線の線路沿いを、有明方面に7分ほど歩くと、赤くなったツタに
包まれた、この「碌山(ロクザン)美術館」があります。

まわりには大きなケヤキもそびえ、青い空とケヤキの初々しい紅葉とのバランスが
信州の秋を華やかに彩ります。


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地元ではこの安曇野の紅葉は、まず、この碌山美術館のツタの紅葉から始まる
とも云われているようで、この美術館がいかにこの地方にとって、大事にされているか、
親しまれているかが、わかろうというものであります。


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美術館全体はそれ程大きな敷地を持っているわけではありません。

ごく自然のままに木立を生かし、それは整然とした庭園の趣というよりも、
自然のままに思いのままに木々が生い茂っていると言う感じで、見るものに
とっては、それはとても気楽で手軽な、良い雰囲気を味わう事ができます。

杜江の水。

モリエの水。

穂高の地下水といわれ、絶えることなくそそぎ続けています。

飲用水とのことで飲んでみましたが、その水の冷たいこと。

この水で私の好きなコーヒー「ジンバブエ」を入れてみたいと思ったものでした。


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碌山美術館の碌山とは、この美術館の主人公の名で、本名は萩原守衛。

明治12年12月1日生まれ。

そして、明治43年4月22日、31歳で亡くなっています。

若い頃から病弱のようで、特に心臓に障害があったようです。


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安曇野の農家の五男として生まれ、家業を手伝いながら、ある日偶然目にした
一枚の油絵にひどく感化されて、その画業の道を進むようになります。

22歳で絵を学ぶためにアメリカに渡り、また24歳の時にはパリの美術学校に
通ったりもしますが、そこで運命の出会いとでも云うのでしょうか、ロダンの彫刻に
強い衝撃を受けて、それ以来、今度は彫刻の世界に入っていくことになります。


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パリでは、その後もロダンとの交流を深めつつ彫刻に専念し、また、その頃から守衛は、
自ら碌山と名乗るようになります。

これは私の想像ですが、ロダン、ロクザン。この辺からきているのではないかと
思うのですが。どうでしょうか。

イギリス、エジプトと古代彫刻などを見て回り・・・・・・・・

それが明治37年から明治40年ごろにかけての事で、これはかなりの資産家で
無くてはできないこと。

次兄からの支援が大きかったようです。


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明治41年、29歳で帰国し、数々の作品を発表もし、受賞もし始めた矢先の明治
43年4月22日、30歳5ヶ月の若さで亡くなります。

場所は新宿中村屋の上にあったアトリエとのことです。

22歳でキリスト教に入信し洗礼を受けています。

地元の大勢の人々の協力のもとに、後に、このような素敵な教会風の美術館が
建てられたものであります。


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この安曇野からはどこからでも、北アルプスの名峰、蝶ヶ岳、常念岳、大天井岳
(おてんしょう)、そして、この有明山、別名安曇野富士が見られます。


東京ではもうすっかり終ってしまったコスモスが、安曇野では、いま、真っ盛りです。


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2008年10月24日

「グリベル モンブラン」の小さな三脚椅子

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イタリアの「グリベル モンブラン社」の軽くて使いやすい小さな三脚椅子。

正式名は「トレッキングチェア」と言う。

その携帯椅子を先日、池袋の「世界堂」に買いに行ってきた。

野外でのスケッチに立ったままでも良いのだが、長時間ともなると、どこでもいいから
座りたい時もある。

と云って、土の地べたに、じかに座るわけにもいかず、何か良い椅子はないものかと
以前から物色していたが、勿論、今でも四つばかり携帯椅子を持ってはいるのだが、
どれも意外と重かったり、大きすぎたり、座るたびに後ろにひっくり返ったりで、どうも気に
入ったものがなかったのである。


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素敵な水彩画を描かれていた画家の「奥津国道」さんの画文集「水彩画プロの裏わざ」の
なかで紹介されていたのが、この「グリベルモンブラン社」の椅子で、ご自分でも永年愛用
されていたようだ。

重さがわずか400グラム。アルミニュームで造られている三本の足も半分にたためて、
袋に入れると、丁度折り畳み傘ほどの大きさになる。

見た目には小さくて華奢な作りのようだが、いざ、広げて座ってみるとすばらしい安定感がある。

椅子の高さが30センチというのも私にとっても具合がいい。

やや低めであるので、ひざにスケッチブックを置き、地面に置いた水彩絵の具のパレットから
色を取るにも楽に手が届く、これもありがたい。


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また、自転車でスケッチに行くにしても、荷物は軽いのに越したことはない。

フレームのボトルフォルダーにもすっぽり収まる大きさで、持ち運ぶにしても苦には
ならないのが嬉しい。

と言って、この三脚椅子は何もスケッチ用に作られたわけではない。

「トレッキングチェア」と、名のあるとおり、さまざまなアウトシーンでも活躍しそうだ。

たとえ地面の草が濡れていても、泥んこ道であっても、とりあえず休みたい時に休む事ができる。

これから頼りになりそうな道具のひとつである。


世界堂価格で3612円。

世の中には本当に良いものもあるものです。

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2008年10月16日

秋のひざし 多摩川を走る

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10月13日、体育の日。

昼頃からは晴れるという予報をたよりに、いつものように堀の内あたりから始まる
水道道路を多摩川に向います。

そのまま最後まで直進すると、砧浄水場前に出て、その塀づたいに裏に回っても
多摩川に出られますが、しかしそこからは、砂利を引きつめたコースで走りにくく、
今回は浄水場ひとつ手前の喜多見住宅信号を右折して、直接、多摩水道橋まで行き、
この多摩川サイクリングコースに入ったのでした。


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三連休の最終日、最高の天気だったかも知れません。

コース上はこの日を待ちわびたかの様に、大変なサイクリストが走っていました。

また、ウォーキング、ジョギング、ゆったり歩きの散歩者と、大混雑する場面もあちらこちらで
見られたりと、それは大変なものでした。

看板にも歩行者と自転車の接触事故多し、とありますが、これだけ人が出ていれば、それも
充分にありえることと思いながら、多摩川原橋、稲城大橋と通過していきました。


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午前11時ごろからは青空も見事に広がり、本当に久し振りに日の光の下を走ったような
気がします。

是政橋、関戸橋、府中四谷橋と、ほとんど休むことも無く、そこそこのスピードで
まずは軽快に進んでいきます。


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前回、ここを走ったのは8月18日のこと。

暑い盛りの頃でした。

木々は、むせ返るほどの深い緑でしたが、その緑も今は薄茶が混ざり、ところどころに
黄色味も少々見られたりと、絵に描くにはきれいな絵の具が使えて楽しい所ですが、
今回は羽村までの往復コース。

私にとっては大変なロングコースで、スケッチなどの余裕はありませんでした。


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多摩川がゆるやかに左に蛇行するところ。

日野橋、立日橋あたり、多摩都市モノレールが見られる所です。

このあたり小さな公園が点在していたり、河川敷では広大な運動場が見られたりと
走っていても気持ちの良いところです。

近頃のサイクリスト達も、綺麗なサイクルアェアの着用が多く、自転車遊びも随分と
進化している、そんな風に特に見えたものでした。


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秋まっさかり。

秋の代表的な花といえば、コスモス。

この多摩川サイクリングコース沿いにも、あちらこちらで、素敵なコスモスの花を
よく見たものでした。

ここは目の前には大きな集合住宅。

コースに面しているもので、かなりの人が停止しては記念写真を撮っていきます。


ジャイアント OCR 1 サドルバッグが、先日買ったものでジャイアント純正品。

普段は内容量2.2リットル、写真にある拡大時には3.7リットルにもなり、工具一式、
1.5メートルのワイヤー錠、少々の小物とおにぎり3個は充分に入るという大きさです。


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ここはどの辺になるのでしょうか。

このあたりは、コースも堤防の上のコースと、ひらけた中にくねくねと続くコースの
二通りがあり、その下のコースを走っていると、樹木の切れ目からすぐそばに
多摩川の流れが見えるところがあります。

そこを入って行き、わずかに草むらを下っていくと、この広い場所に出ます。

前からここからの多摩川の川の眺めが好きで、来るたびに立ち寄る所です。

2枚の上の写真には、遠くに赤い円形の橋が掛かっているのですが、本当にここは
どの辺になるのでしょうか。


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銀色のススキに、黄色のセイタカアワダチソウ、そして青い空。

秋まっさかりです。

このお天気、すこし、しっかりと続いてもらいたいものです。


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それにしても、この人の多いのには驚きました。

前から休日は人が多いとは聞いていましたが、これ程多いとは思いませんでした。

先日行われた東京シテイサイクリング、2000名でしたが、この日全体ではそれに
匹敵するか、それ以上かも知れない、そんな気が致します。

荒川もいいですが、しっとりとした自然の雰囲気が多いこの多摩川も、又、いいですね。


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拝島を過ぎて福生、そして、羽村に入りますと多摩川も、今、あゆの釣り人で
賑わっています。

しばらく自転車を止めて見ていたのですが、・・・・・その間 ひとりも釣り上げた人は
いませんでした。

あゆ釣りは難しいんでしょうね。


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羽村では、お馴染みの薄いブルーの橋、人道橋を渡って対岸を走り、行き止まりに
なったところが、多摩川サイクリングコースの終点・・・・・だと自分では思っている
のですが、そうなんでしょうね。

何か標識がひとつ、欲しいものだといつも思うのですが。


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我が家を出たのが午前10時、多摩水道橋を午前11時15分。

そして、羽村到着が午後2時15分。

東屋で30分ほど休憩して、3時少し前にふたたび同じコースをたどって帰ることにします。

ここまでが走行距離52キロ、往復で100キロを越えるはずですが。


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羽村の入り口附近に、この大きなケヤキの木が一本、天高くそびえています。

ここに来るたびに立ち止まり、この木を見上げては、今日もようやくここまで来られたなと
思うし、また、帰り際には今度はいつになるかな又来たいなと、さまざまな思いが頭を
かすめます。

本当に見事な大きな一本のケヤキの木です。


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秋の日はつるべ落としとか、昔から言われますが、午後の4時半を回ると薄暗く
5時半ではサイクリングコースではライトの明かりが頼りになります。

これはまだ羽村から走り始めて1時間ほどの所、多摩川に今日最後の綺麗な
夕日が差したところであります。


走行距離  100.46キロ


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2008年10月 8日

深川界隈 清澄あたり

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永年愛用している能率手帳のメモにも、この天気の悪さ続きは、今年の4月のなかば
頃からと自分でも書いています。

最近でも3日と晴天が続かないことが多く、度々予定していた自転車ツーリングも
何回と無く雨にたたられその都度無念の思いをしています。

昨夜来からの雨も朝になっても、まだ降り続き、それでも午後からは曇りという天気予報を
半信半疑の気持ちで聞きながしながら、思うところあって、深川は門前仲町から清澄、
森下町と歩いてみたのでした。

大江戸線門前仲町駅から歩いてわずかな所にある成田山新勝寺の別院、深川不動の
参道に入ります。

普段なら大変な賑わいのある所ですが、やはり雨には勝てずで、どこも森閑とした
静けさです。

でも、逆にそれが普段味わえないこの街の、本当の素顔が見られたような気もしたのでした。


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富岡八幡宮。

この門前にあることから、この地域を門前町、そして門前仲町とか。

寛永4年、(1627) の創建といわれ、かなりの歴史のあるお宮さんで江戸最大の八幡様
として信仰を集めています。

雨の日にもかかわらず深川不動と同じように、ここでも、若いスーツ姿の男性の参詣者を
よく目にしました。

熱心に祈る姿に、世の中無神論者ばかりではないとあらためて思ったり、若い世代の
人達も、まんざら捨てたものではないと見たものでした。


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本殿右側を下って行きますと、この横綱力士碑が見られます。

建立は明治33年。

この碑の石の重さが何と約20トンと表示されています。

この富岡八幡宮では貞享元年(1684) の時、 幕府の公許のもとに初めて勧進相撲が
ここで行われて、それ以後、年に二場所の相撲興行が定期的に開かれ江戸勧進相撲発祥の
地として広く知られるようになったと紹介されています。


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樹木に覆われた境内の細道を行きますと、朱塗りの橋と、うっそうとした茂みの中に
静かな池が見られます。

地元有志によるものでしょうか、小さなお宮さんも品良く祀られ、ここではあの表通りの
喧騒と賑やかさとは別世界の静けさがここにはありました。

秋の雨も今日は予報どおり、ようやく傘も要らないくらいの霧雨になってきました。


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門前仲町駅前に戻り、今度は清澄通りに出ます。

その道を北に向って首都高を越えるとすぐに深川一丁目、その角にありますのが、
法乗院の深川閻魔堂であります。

華やかな朱塗りの外観は新しいですが、寺院の創建は寛永6年とのことです。


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このえんま堂は数多くの江戸の文芸物にも書き表され、また芝居にも度々登場して、
なかでも歌舞伎「髪結い新三」での、「えんま堂の場」は名場面として知られるところです。

お賽銭を入れますと、えんま様から一言メッセージがいただけるのも何とも面白いです。


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清澄通りを、なおも北に進むと右に心行寺、やがて仙台堀川を渡ります。

両側は延々と続く桜並木で、春先の賑わいが目に見えるようであります。


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その川を渡って、ほんの少々行くと左に清澄庭園、右に江戸資料館へと行く道が出てきます。

ケヤキ並木も美しく、しっとりとした街並みは、左に大きな霊巌寺、右には瀟洒な出世不動尊と
この辺りも神社仏閣の賑やかな所です。


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江東区深川江戸資料館。

地下鉄半蔵門線、大江戸線。清澄白河駅下車、徒歩3分。

9時30分~16時30分。 第2 4 月曜日休。 入館料 大人 300円

小劇場では音楽会、小芝居、時折落語会も行われています。


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天保年間(1830~1844) の深川佐賀町を想定して、建物、室内そして生活用具を
そのままに再現されています。

静かな館内には時々犬の遠吠えなども混じり、そこに物売りの声も、どこからともなく
聞こえてきて、それに合わせて照明、音響効果を交えて江戸時代に紛れ込んだかの
ような雰囲気を見事に出しています。


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大きな白壁に映し出されるのは、夜明けの明かり、昼間の光、そして夕暮れと一日を
25分で変化し現しています。

火の見櫓に屋台のそば屋、そこに一本の柳と夕やみが・・・・・・・

まさに歌舞伎の舞台に佇む思いであります。


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その夕やみもせまる頃、「おぼろ月」の出であります。

難しく書けば朧月ですが、ここはやはり、「おぼろ月」とやさしくいきたいところです。

このぼんやりとした「おぼろ月」は水蒸気によるもので、それによって柔らかく霞んで見える
わけで、春の夜の特有の月のものであります。

雨降りの多いこの頃では、たとえ芝居がかった月であっても、なぜか、ほっとしたものでした。


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しばしの江戸情緒を味わったあとは、そのお向かいにある江戸の豪商 紀伊国屋文左衛門の
屋敷跡といわれる清澄庭園を覗いてみました。


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ここは明治期になってから三菱財閥の岩崎家の所有となり、泉水、築山、枯山水を
主体とした「回遊式林泉庭園」というのになったそうです。


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大小の島が浮かぶ池を中心にして、その廻りには全国各地から集められた大きな
奇岩名石をめぐらし、まさに石の庭園ともいえそうな名園であります。


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23㎝×16.5㎝  絵 プッポロ


ファバーカステルの小さめのスケッチブックを広げたのは、午後4時過ぎ。

池に浮かぶ涼亭とそれを囲む森の緑、約15分ほどで描いた軽いスケッチです。

ご近所の方でしょうか、手軽な服装の年輩の男性がふと足を止めて、「精がでますね」と・・・・

そんなに云われと恐縮しくするばかりです ・・・・・


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アオサギ。

もうすっかり馴れてしまっているのでしょうか、少しずつ大きな石の上を進んでいくのですが
彼はびくともしません。

本当に近ずきました。

それでも平気です。

時々目が合うのですが、突然プイと 上を見上げて遠い目をします。

フーン !! なんと さすがは 深川のアオサギです。


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清澄庭園の近くにある小名木川、その万年橋を渡ると、「芭蕉庵 史跡展望庭園」が
あり、そこからは素敵な隅田川と清澄橋の景観が望めます。

雨もすっかり上がってわずかですが、夕焼けすら見えてきました。

満々とたたえる隅田川、この橋の先が隅田川大橋、永代橋、そして相生橋と続いて
まもなくで海にそそぎます。

秩父の深い山合いから始まる荒川から、そして隅田川へ。


長い流れをたどって流れ流れて、今は粋な深川界隈 清澄あたりであります。


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