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2008年2月28日

我が家の 「ノア」  5才の誕生日

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2008年2月26日

我が家の、パピヨンの「ノア」が、この3月13日で早いもので、もう、5才になる。

毎日、何回となく顔を見ては、かわいい 可愛いの言葉を私は口にする。

縁あって我が家に来てはくれたが、もっとよい嫁ぎ先の家があったろうに、とも・・・・
いや、男の子だから嫁ぎ先とは云わないか。

文句なく、かわいいと思っている。

性質は実に忠実で頭脳明晰であり、素直そのものである。
あれを持っておいで、これを持って来てと云えば、何はともあれ急いで持ってくる。
それも持って来る物を間違えた事がない。

また、じっくり人の話を聞いていて、その話の意味がかなり判っているようにもみえる。

日本語のわかるフランス原産の犬である。

パピヨンといえば、話題に出てくるのが、いつも、マリーアントワネット。

この、マリーちゃんも、大のパピヨン好きだったらしい。
数々の逸話が残っているようだ。

パピヨン、フランス語で蝶々を意味するらしい。

耳が三角で大きく、そのふたつの三角形が、まるで蝶々の様だからとある。

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2004年1月4日

生後3週間の時、環七に面した杉並区方南町近くにある、犬の「コジマ」で、
偶然、彼と目と目が合って、一目ぼれ、一瞬の内に縁結びをしたのだった。
生きたぬいぐるみとは、この事か、と思わせるほど、繊細な美しさだった。

「ノア」の名は聖書に出てくる「ノア」の箱舟から ・・・・・・・

みんなの心を救ってくれる様にと ・・・・・・・・ 願いながら。

それほどでもないか  dog

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2003年6月21日

私の犬への遍歴は大変に永く、今までの人生の大半に常にすぐそばには、
いつも犬がいたように思う。

その中でも、今でも忘れられない多くの、賢い犬達がはっきり思い出される。

ずいぶん昔になるが、雑種で茶色の「べス」という犬がいた。

名前はエリザベスから取ったもので、それはその当時の毎日新聞の、
子犬あげますの掲示板を見て、電話で連絡し、御徒町駅の近くのそのお家まで、
その子犬をいただきに行った。

小さなダンボール箱に入れられていた可愛い子犬たち、たしか4頭ぐらいいたと思う。
その中で私に飛びかかるようにして、なついて来た、一番小さい子を思わず
抱き上げてしまった。
離しがたい気持ちがわき上がり、それをそのまま、頂くことになった。

とっても、いい犬だった。

カラダは小さいながらも頑張りやで、けなげな犬というのか、一方、手が早い
とでも言うのか、庭で綱に繋がれていたにもかかわらず、知らぬ間に、1年たらずで
何と妊娠していたのだった。

真っ白な小さな赤ちゃん犬を、2頭生んだ。

スルリと音もなく、まるでソーセージのような形で出てきた。

口で袋をやぶり、今度はさかんに舐めては、その子供を乾かそうとする。

お産のときは、そばにいてやると安心すると前々から聞いていたので、
その一部始終を見届ける事になった。

それは感動そのものでもあった。

だが、残念なことに1頭はその時、間もなく死んでしまった。

でも死んだのが判らないのか、いつまでもいつまでも、舐め続ける、その姿には
胸が痛み、とても切なかったことを今でも覚えている。

母親の倍ぐらいの大きさにまでなった、その白い犬は「チロ」と名づけた。
からだ全身真っ白で、それはきれいな犬だった。

我が家で生まれただけあって、ものすごく素直でやさしく、口の中に手を
突っ込んでも嫌がらず、誰にも好かれた犬だった。

子供が小さい頃、よくこの「チロ」の背中に乗せたもので、もちろん手で支えて
やってのことだが、庭中を、とことことよく歩き回ったことも忘れられない。

親子ともども、仲が良く10年ほど暮らして、ともに同じように世を去った。

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2005年5月16日

我が家の男の子二人も、やはり犬が大好きで、また犬を飼おうという。

今度は子供達からの希望である。

電話帳で調べ、問い合わせをして、渋谷の宇田川町、NHKの近くにある
ペットショップに、当時乗っていた、フォルクスワーゲン 黄色のビートルで、
一家総出で犬を引き取りに行った。

今度は初めての血統書つきの「柴犬」である。

生後3ヶ月を少々超えているためか、値段は格安の3万円。

しかし、そこの主人は、その犬を抱いたまま、あっちに行ったり、こっちを
ふらふらするばかりで、私たちに渡そうとしない。

あらかじめ電話で話し合ったのは、その主人の奥さんとであって、
その主人はどうも抱いている犬を手放したくないみたいに見えたのだった。

それでついつい、売り惜しみ、3ヶ月も経ってしまった。
どうもそのように私には思えた。

結局はその「柴犬」を約束通り、譲り受けることになったのだが、あとで、
奥さんと、ひと悶着があったのではないかと思う。

「犬屋が犬を売らないで どうするんだょ !! しっかりおしよ !! 」 って。

「チャロ」という名を付けた。  茶色のやや小型の「柴犬」。

これは本当に利口だった。

どんな好きな食べ物でも、他人がくれるものは、けっして口にしなかった。

散歩でも鉄板は除けて歩く。
鉄板を信用しない。
落ちるかもしれないと。

八ヶ岳の編笠山の南麓にある、私の山小屋 「プッポロ」 にも、毎回、欠かさず
共にした。

小淵沢インターチェンジを降りると、もう山に来たと全身で嬉しさを表し、
千切れんばかりにしっぽをふる。

滞在中は終日、標高1250メートルの山中を飛ぶように駆けめぐった。

本当に賢い犬だった。

東京と長野、行ったり来たりの18年間の長い、豪快な生涯だった。

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2008年2月26日

さて、犬を永く飼っていると、楽しいことばかりではない。
それぞれに悲しい思い出も、その裏にはある。

あれは小学生の頃か、中学生の頃か、大事に大事に可愛がっていた
自分の犬がいた。

ごく普通の茶色の中型犬であった。

その頃は放し飼いをしている家も多く、一日中、外に出しっぱなし、夕方になると
自然にまた帰ってくるという具合で、まだ、のんきな時代でもあった。

いわゆる、野良犬というのも、良く見かけたものでもある。

私は帰ってこないと困るので、いつも綱につけていたのだが、その時
たまたま、何となく、綱をはずしてやったとたん外に飛び出して、そばを通りかかった
野犬狩りに捕まってしまった。

野良犬一掃の手段として、時々回っていることは知ってはいたが、まさか、その時に
来るとは思わなかった。

子供心にどうしていいのか判らず、悲しむばかりで、ただ泣きじゃくり、親も何とも致し方
無かったようで、みんなでおろおろするばかりだったのを、今でも鮮明に覚えている。


それから永い年月が経ち、その後、私は都立練馬保健所の職員になった。
配属されたのは、環境衛生防疫課で、地域住民のための予防接種などを担当した。

勤め始めて間もなくのこと、所内の中庭に、オリがあるのに気がついた。
先輩に聞けば野犬狩りで捕らえられた犬たちが、ここに3日か4日、このオリに拘留
されるのだと言う。

その間に問い合わせの無い犬、引取り手の無い犬は、三河島に移送されると・・・・・

まさか、3日か4日はここにいたとは。

知らないという事は、しょうがないもので、それを知ってさえいれば、あの時、
捕まった時、飛んで迎えに来たものをと、遠い昔のことながら、その所内の片隅で、
愕然とし、また、ひどく落ち込んだものだった。

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さて、昨年の晩秋の頃、紅葉まっさかりの代々木公園。

素敵な中年女性が、これもまた、きれいな真っ白な大型犬と共に林の中を
優雅に散歩をしていた。

それはまるで一枚の名画のように美しい。

ゆっくりとカーブしながら近寄ってくる、オシャレな女性と愛犬と。

ふと見ると、その犬の背には、これまた、ゴージャスな茶色の毛皮のコートを
羽織っていた。

今、犬たちにとって豊穣の時代なのか、それとも裏腹に人間のための大いなる受難の
時代でもあるのか。

それにしても、犬ってやっぱり面白いものです。


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2008年2月25日

日々断想のつれづれ

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確定申告の季節。

早くからやっておけばいいのに、いよいよ差し迫ってから始める帳簿の整理。
毎年同じことを繰り返している。

その帳簿の整理も、この2週間ほどでようやく終り、確定申告用紙に記入して
今日、それを税務署に無事提出してきた。

もっとも私は無事に提出して来たものの、向うははたして無事に通して
くれるものか、どうか、向こうにも向うの都合というものもあることだろうし、
まだまだ油断は出来ない。

まずは、とりあえず今日のところは、少しだけ肩の荷が下りた感じであるが、
それでも目の前には、その他の難題課題が私には山のようにある。

この「プッポロ春夏秋冬」も、前回の記事は2月の12日。

13日ぶりの記事のアップ。こんなに間を空けたのも初めてのこと。

気にはしていたのだが、不器用のせいか、私は二つ、三つのことを、
同時にやる事が出来ない。

ありがたいことに、それでも毎日沢山の方々からの、アクセスをいただいている。

正月明けには20万のアクセスになりそうと、ご紹介したが、すでに今、現在で、
209014のアクセスを数えている。

もう少し詳しくお伝えすれば、最近の4ヶ月の一日の平均は188のアクセス。
そして、実際にご訪問される方々は一日平均110人。

他の方々のブログからみれば、それは、それは、ささやかそのものかも知れないが
このつたないブログにあっては、これは身に余る光栄と思っています。

さて、これから、このブログ、どういう方向に向っていくのか、こればかりは
私にも判りません。

ただ、これから目の前に現れるもの、接するもの、また、過ぎ去っていくものを、
私なりに感じたことを、また思ったことを、それこそ「日々断想のつれづれ」として、
書きつづけるのではないかと思っています。


                      *

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2008年2月12日

荒川から 浅草 柳橋 浜町あたり

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荒川 戸田橋附近

2月11日、こういうのを、サイクリング日和というのでしょうか。
気温も今の時期としては、わり合い過ごしやすく、荒川サイクリングコースの
あの定番の強い北風も、それ程感じられず、まずまず最高の一日になりました。

それにしてもこの日のローディの多いこと。

この日を待ちわびていた様なロードレーサーの多さでした。

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「京樽」のお弁当

おきまりの西台駅前の「京樽」のお弁当。

どれを選んでも旨いお弁当ですが、どれも玉子焼き入り。
コレステロールに気をつけている身としては、ここはゆずの入ったお稲荷さんと、
のり巻き三本を切ってもらうことにする。

持参の好みの、「リプトン」の、テーバックで熱いお茶のひと時。

荒川を走り出して、まだ10分しか、たってないのに、あわてることぁないと
岩淵水門、至福のひとときであります。

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岩淵水門近くの上のコースから見る川口の高層ビル群。
冬の空は快晴そのもの。

こんなに穏やかな日は、自転車では今年始めてかもしれません。

傍らではローディさんが、ものすごい勢いで行き来しています。

私はそのローディさん達を見るのも好きです。(笑)

その人らしいウェア、その人らしい自転車、そして、こだわりの小物たちと。
それは綺麗であったり、実用的だったりで、随分参考になったものでした。

その土手のコースから、下を走るローディさん達をしばし眺めてみました。

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別れが惜しいくらいの沢山のローディさん達とは西新井橋でお別れ。
墨提通りを宮元町で、4号線に入り、千住大橋を渡って三ノ輪に到着。

私が生まれた地、龍泉は目の前とあれば、不思議なものですね、
今は知る人も居ないのに、つい寄りたくなるのです。

そこは、「一葉記念館」から北に、ほんの50メートルほど行った所です。

まだ先があるので、一二分、そこにいて、今度は浅草に向います。

生まれたその地から、新仲見世まで自転車で4分です。


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浅草橋駅前


人形の「久月」が大変な賑わいです。
ガードマンが4人ほどで、お客さんの車の整理をしています。

親しい友人が、この近くにいるので、浅草橋そのものはよく知っているつもりですが、
この先の一歩入った柳橋は、まず来た事がありませんでした。

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柳橋のたもと


みどり色の鉄の橋も柳をイメージしているのでしょうか。
下を流れているのが神田川。

神田川もここまでで、もうすぐ、近くの隅田川に合流します。

この神田川に沿うようにして、船宿が何軒か点在し、川には屋形船、つり舟が、
その出番を待っています。

柳橋界隈は、かって花街といわれた所で、それも大正時代には80軒からの
料亭と、400人を超える芸者衆がこの路地を行き来していたとか。

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その船宿が続く神田川を、ほんの少し上流に行くと、先ほどの浅草橋駅からの
大通りに出ます。

浅草橋から南に100メートルほどでしょうか、そこに掛かる橋が、この浅草橋。
橋のたもとには浅草見附跡の石碑なども見られます。

人通りの多いところで、近くには大きな交差点があり、はす向かいが横山町の問屋街。

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「明治座」


馬喰町の交差点から浜町公園、明治座方面に走ります。

浜町公園の手前にあるのが、ご存知、明治座で、今は高層ビルに建て替えられ、
下が劇場になっています。

上品で、優美で、それは心やすらぐ劇場です。
都内では、今一番綺麗な劇場だと思います。

以前の一戸建ての明治座も懐かしい思い出が沢山あります。

市川猿之助さんの長い通し狂言も、よく上演されて、たびたび通ったものでした。


只今上演中の、2月公演は「エドの舞踏会」

出演は三田佳子、淡島千景、賀来千香子、田中建、松村雄基さんなど賑やかな
お馴染みの顔ぶれです。

入りも、なかなかいいようです。

千秋楽は29日。

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さて、目と鼻の先とは、よく言いますが、ほんの、すぐ近くにあるのが浜町公園。
裏手はすぐに隅田川。

思ったより大きな公園です。

築山があり、そこからは川の流れが見渡せるとありますが、今回はそこまでは
行きませんでした。

明治座にはよく足を運びますが、行く時は時間ぎりぎり、劇場が終れば、今度は
急いで帰るで、この浜町公園は横目で見るばかりで、寄った事がありませんでした。

とってもいい公園です。

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清正公寺


この浜町公園の一角にあるのが、この瀟洒な「清正公寺」であります。

「せいしょうこうじ」と読むんだそうです。

関が原の戦いで肥後藩主となった戦国武将、加藤清正を祀るお堂で、この一帯は
江戸時代、肥後藩の庭園だったとか。

公園といっても、深い歴史を持つ由来があり、ただの公園ではないようであります。


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浜町公園、その園内には、今は「スポーツセンター」などもあり、この写真の時は
一瞬人影が消えましたが、ここも休日で大変な人たちでした。

それにしても、小さな子供たちが沢山いて、この公園は最高の遊び場のようです。

でもいいなぁ・・・・  明治座が目の前で・・・・・

ここで育つ子供たち  浜町そだちなんて・・・・・・

粋な子供たちになりそうだ。
 

このあとは、人形町の甘酒横丁によったりしながら、今日一日の余韻を楽しみながら
帰ったのでした。


走行距離  51.44キロ。


                        *


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2008年2月 8日

秩父札所 34ヶ所 ご開帳

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秩父札所23番 音楽寺


私の家から一番近い駅は西武池袋線の練馬駅。

その駅の構内に先日、秩父札所34ヶ所の、ご開帳のポスターが、ふと、目に止まりました。
人の混雑を縫うようにして、ちかずき、その綺麗に彩られた一枚のポスターを懐かしく眺めた。

今年3月18日から、7月18日までご開帳とあります。

前回のご開帳は5年前の2003年のことで、あの時はたしか期間は一年間だったと思う。
なぜ覚えているかといえば、このご開帳の終了直後に、例の私のクラブでみなさんと
34ヶ所を全部歩いた事があるからです。


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観音院に向う道


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札所31番 観音院


各寺院では、ご開帳に際して、ご朱印をされた人に対して下さる、華蓮華(楕円形で花を
あしらった綺麗なカードのようなもの) が、まだ残っていたらしく、私達にも下さり、いろいろな
種類が集まって、すごく嬉しかったことを覚えています。

そのポスターを見て、あれから、もう5年が経つのかと思うと同時に、また、あの秩父の
素朴な寺院を回ってみたいなと思ったのです。

みなさんと歩いた時は全8回にわたってで、10月の紅葉の頃から始まり、冬の季節、
西武線の走る車窓からは正丸附近の吹雪の景色だったり、春は桜満開の19番の龍石寺、
そして、荒川沿いの岩の上堂、それは目もくらむほどの桜景色だったことも思い出します。


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29番 長泉院から 28番 橋立堂に向う道  川は浦山川


冬の寒さ厳しく、夏は又、特別に暑い秩父盆地。

でもそこに暮らす秩父の人々のあの優しさはなんでしょか。
なぜ、あんなにも人に優しいのか、秩父に行くたびに考えまた思うのです。
だから、どこの地よりも、心引かれるのが、ここ秩父なんです。

前回の時は34ヶ所、全部回り結願寺の水潜寺では全員で馴れない般若心経を一生懸命に
唱えたのも今は懐かしい思い出です。

しかし、それ以前にも私は二度秩父札所を実は歩いているのです。

いずれもそれは、一人旅であります。


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札所26番 岩井堂


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札所22番 童子堂 山門


一番最初は随分昔になります。

34ヶ所全部スケッチしてみようと、当時は大変な意気込みで始まったのでしたが、
わずか4番の金昌寺まで描いたのでしたが、後が続かず、そのままに。

2度目は下見で回ったのでしたが、ついでに時間があれば描いてみようかということで、
小さなスケッチブック持参したものでした。
ところがそれが目的ではないので全コース回っても、4枚ほどしか描きませんでした。

このご開帳のポスターを見てから、これを機会に今再び念願の秩父札所34ヶ所を歩き
今度こそ全部描いてみょうかという気持ちが出てきたのでした。


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札所25番 久昌寺 観音堂


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札所 34番 :結願寺 水潜寺


スケッチには少々の時間が掛かります。
交通の便が悪い所だけに思わぬ苦労をすることも度々あります。

ふと思いついたのですが、今度は自転車で回ったらどうかと思うのです。
西武秩父まで輪行し、そこからは自転車で寺院から寺院。そしてスケッチを。

その地域によってBD-1であったり、ロードであったり、これも面白そうです。

全コース歩くと約100キロあるそうです。
それを前回は8回にわたって歩きましたが、今度は一日で3ヶ所描いたとして、
約12回ほど、通うようになるかもしれません。

あまり意気込まずに、ごく軽い気持で描けたらいいなと、今は思っています。

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