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2007年12月30日

正月を前に

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大晦日 越すに越されず 越されずに越す なんてぇ落語の枕のようなことを
いっていますが、その大晦日がいよいよやってまいります。

そしてお正月。

子供の頃のあの嬉しさはとうの昔にどっかに行っちゃいましたが、
それでも年が変わる、新しい年を迎える、そこには来年こそは何かいい事がある
のではないかと、淡い期待もあるわけであります。

昔は年号がやたらに変わったりしたものでして、たとえば日照り続きで農作物が
壊滅状態に、また大地震が起こって大災害が広がったことなどがありますと、縁起で
もないと、すぐに年号を変えてしまったそうです。

ですから早ければ1年、2年で変わるときもありますし、おおよそ5、6年でやたらと変わって
いたようであります。

変わり身の速さといいますか、思いっきりがいいといいますか、だめなものはだめなんだで、
さっさと気分転換をしてしまったという、江戸っ子の歯切れのよさのようなものが、ここには
あるのかもしれません。

さて、私のお正月。

それは本当に大した事はありません。

元日は隣に住む兄達との新年の顔合せ、3日は子供達との新年会。

4日になりますと、ここで初めて私のお正月になります。

毎年恒例になっています、国立劇場の初春歌舞伎見物に出かけます。
尾上菊五郎劇団で、通し狂言 「小町村芝居正月」 (こまちむらしばいのしょうがつ) 
であります。

尾上菊五郎さん、菊之助さん、中村時蔵さん、澤村田之助さんなどの出演で、この芝居
219年ぶりの復活狂言というのが少々不安ですが。

平安時代の前期といいますから、ずいぶん古い話であります。
文徳天皇の皇子の異母兄弟が皇位継承をめぐって争ったとされる 「御位争い」
(みくらいあらそい)の伝説を背景にしたもので、歌人として名高い大伴黒主や小野小町、
その小町を慕う深草少将などが、まつわるさまざまな伝承を巧みに脚色した作品とあります。

ようするにあることないこと歌舞伎独特の狂言回しで、ないまぜにして作られた話という
ことであります。

後半は小野小町などが、江戸の下町で肉屋のおかみさんになってみたりと、平安王朝の
貴族社会から、一転して江戸庶民に身をやつしてみたりと、そこには奇想天外な舞台が
例によって展開されるようであります。

さて、久しく乗っていない自転車の初乗りは、きーじぇいさん から教えて頂いた、埼玉県は
川島町の白鳥見物から始まりそうです。

ところで、この「プッポロ春夏秋冬」も、お正月明けには、アクセス数が、なんと20万に達する
ことになりました。

20万といえばこれは大変な数であります。
つたないブログでありますが、よくぞご覧下さいましたという気持ちであります。

それでは、今年最後になりますが、おひとり おひとりの来年がどうぞ良いお年でありますように
お祈りいたします。

ありがとうございました。


                                  プッポロ

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2007年12月28日

4キロのウォーキング

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この秋の健康診断でコレステロールが高いといわれた。
パソコンに表示された画面の数字を上から下に読みおろすようにしてから、
その若い男性医師は私に云った。

「お薬を少し使ってみますか」と。

「このくらいの数値でしたら 一日一錠 こんな小さなものですから 飲んでみましょうか」。

今度はやや強引ぎみに私に畳み掛けてきた。

このコレステロールの高めなのは今始まったことではなく昔から言われていたことだ。
自分ではいつものことと、検診では又、言われるだろうなと思っていたのだ。

初対面のその若い医師の、熱心さは買うが、何が何でもまず最初に薬ありはどんなものか。
私はその先生の悪影響があるコレステロールについて盛んに説明してくれるその口元を
見ながら、ここはひとつ、来週にでも、いつもお世話になっているあの「虎の門病院」に相談して
みょうと考えていた。

「薬の方はもう少し様子をみてからにしてみたいと思います 以前にも高いといわれまして 
その時は運動と食事療法で下がったこともありますから」

「なんですか 薬を使うのがそんなに抵抗があるのですか なかなか それだけでは
下がらないものなんです それに生まれつきと言うか 遺伝ということもあるんです」

私は今にも処方箋を出しそうなのを丁寧に礼を言ってその診察室を出てきた。

医師によるのか、病院によるのか良く判らないが、「虎の門病院」は薬の出し方が非常に
少ない病院として知られます。

2年前に1ヶ月の手術入院をした時もそうで、今度はその「虎の門」の内科に足を運んだのです。

先日の検診結果を見てもらうと案の定 「このくらいでしたら まず食事に気をつけて
そして何か運動してみましょう 出来れば毎日4キロ程のウォーキングを」 と言ってくれる。

「1ヵ月それを続けてみて いくらかでも数値が下がってきたら それをしばらく続けて様子を
見てみましょう」のことになったのです。


我が家から丁度、西武新宿線の野方駅まで2キロあまり、往復で4キロ、それを40分の早足で
歩くと決めて、それ以来、連日毎晩歩き始めて約1ヵ月。

すごいものです。

総コレステロールが当初は262あったのが、なんと222に下がっています。
悪玉コレステロールとも云われるLDLが202だったのが、164になっています。

「良く下がったものですね」

これは私が云ったのではなく「虎の門」の素敵な女医さんが云ってくれたものです。

「薬を使って正常はないのです 心筋梗塞 脳梗塞は着々とその裏で進んでいるのです
食事療法半分 運動半分です そのまま頑張りましょう」

ということで、それからまた1ヶ月が過ぎました。

この約2ヶ月で体重が57キロが、53.5キロに。
体脂肪が27%が24.5%になり、内臓脂肪が9%あったのが、今は7パーセントに落ちています。

骨格筋は少しずつではありますが増え続け、BMI は現在20.6をカラダスキャンは指しています。

この忙しい年の瀬に、上の写真のような格好で今夜もウォーキングをしています。


                     *

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2007年12月22日

TOKYOセンチュリーライド2008in荒川

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2007年9月16日 東京シティサイクリング ゴールの神宮外苑  拡大されます

最近この「プッポロ春夏秋冬」に、「TOKYOセンチュリーライド」の検索でこられる
方が連日大変に多くなっています。

それは11月30日に、来年2008年5月に東京で、はじめての「センチュリーライド」が
行われるとこのブログでご紹介して以来のことであります。

それだけこの開催に感心をもたれている方々が多いのかと思われます。

詳細は12月中旬に発表とありましたが、その後の連絡が無く、どうしたものかと思って
いましたが、この件に関しての「サイクルスタイルメール」が、ようやく20日付けで送ら
れてきました。

走るコースの場所を見て、これにはびっくりしました。荒川とあります。

なんと、あの荒川サイクリングコースを1000人で走るようです。

しかしその他の内容については、準備に少々の時間を要するとのことで正式な発表は
まだもう少し先のことになりそうですが、念のために、ここにそのメールをご紹介しておきます。


☆★サイスタ最新トピック!!★☆               2007/12/20発行
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TOKYOセンチュリーライド2008in荒川:間もなく参加申込開始!
--------------------------------------------------------------------------
  http://www.cyclestyle.net/
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
※このメールは、サイクルスタイルメールに登録頂きました皆様にお送りしています

【TOKYOセンチュリーライド2008in荒川】

東京初大規模ロングライドイベント
正式名称:TOKYOセンチュリーライド2008in荒川
主催・主管:東京新聞 東京中日スポーツ サイクルスタイル・ドットネット

サイクルモード2007をはじめ、各方面にて開催をご案内しております
TOKYOセンチュリーライド2008in荒川参加申込の開始時期について皆様にお知らせいたします。

2007年12月中旬の募集開始を予定しておりましたが、準備に少々時間を要しておりまして、
公式サイトの公開、ならびに参加申込開始が遅れております。

間もなく公式サイトの公開、及び参加申込受付を開始する予定ですので、
今しばらくお待ちいただきますようお願い申し上げます。

なお、正式なサイト公開、参加申込開始の日程が決まり次第、改めてメールマガジン、
及びサイクルスタイル・ドットネットのサイト上でご案内いたします。

公式サイト公開開始に関する最新情報はこのメルマガと、
サイクルスタイル・ドットネット(http://www.cyclestyle.net/)でも紹介。

そして東京新聞、東京中日スポーツからも発表があります。


以上でありますが、どうも判らないこともあるものです。

というのは、「東京センチュリーライド」なる名のものは、やはり同じ荒川サイクリング
コースを使って、すでに毎年5月に「東京サイクリング協会」が行っております。

参加費は一般が3000円、協会会員は2000円。

スタートは大島、小松川公園 自由の広場。

コースは、120キロコース、80キロコース、40キロコースとあり、すでにもう4回も行って
いるのです。

同じ5月に、それも同じ荒川で、それも同じ名前で実施するという、今度の「TOKYO
センチュリーライド」。

いったいどうなっているのでしょうか。

正式な発表、新しい情報が入りましたら、またご紹介いたします。


                 *


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2007年12月12日

国立 木久扇 木久蔵 親子 襲名披露公演

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12月もなかば、あと2週間少々で今年も大晦日を迎えます。

東京三宅坂、国立演芸場の場内は早くもお正月が来たかのような気分にあふれていました。
それもそのはず、この12月中席は、木久扇、木久蔵さん親子のW襲名披露公演であります。

その初日、昨日ですが、出掛けてきました。
全公演がほぼ売り切れという賑わいとか、なんともおめでたい話でありますが。


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出演者は全9名、公演時間は約3時間。

林家 たい木    じゅげむ
林家 ひろ木    宗論
林家 久蔵     粗忽長屋
三増 紋之助    独楽
三遊亭 円歌    楽屋話のあれこれ
林家  正蔵     鼓が滝
林家  二楽  紙きり
林家 木久扇    彦六の思い出話
林家 木久蔵    左甚五郎 


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この日の公演で目についたのが、林家ひろ木さん。

噺はお馴染みの「宗論」ですが、その新しいアレンジが面白い。
クリスチャンである、息子の人物像をたっぷり見せるその所作、そしてその口跡の
よさ、聖歌までたっぷり歌う「宗論」。
さげも上州ではなく、シャレた終り方も今様で、そのセンスがすがすがしい。
将来が楽しみな噺家さんであります。

三遊亭円歌さんは相変らずの楽屋ばなし、こういう話は一度聞けばすむことで、
それに名人と言われた、文楽さん、円生さん、志ん生さん達、故人を、けちょんけちょんに、
けなして笑いを取るのには、これも芸と云えるのだろうか。
私のようにその人たちが大好きだった者にとっては、ここは笑ってはいられない思いでした。

林家木久扇さん、この中席の主人公です。
ここはひとつ、いつもの「彦六さん」の、よいよい話ではなく、正真正銘の長講一席を、父親として
きちんと聞きたいところでした。
たまには本当に落語をやらないと忘れてしまうのではないかと少々心配です。

林家木久蔵さん、真打になったばかりですから何とも云えませんが、たしかに玉川大学卒
らしいですが、それを前面に出すのはやめよう。

何だか大学の落語研究会の発表会を見ているようで、その姿は、たしかに真面目そうだ。
噺も「左甚五郎」の大ネタを出してきましたが、珍しく私は居眠りをしてしまった。


ところで国立演芸場、ここは伝統芸能継承の場であり、伝統芸能保存をも目的とする
所でもあります。
そして、それらを観賞する劇場でもあるわけで、ここが他の寄席とは違うところです。

ところが落語、色物と呼ばれる演芸はどちらかと言えば、まがまがしいもの、生々しいもの
であり、時には生臭いものでもあってこそ、そこに人間の本能、人間の真実、人間の面白さが
観客を喜ばせるものになるのではないかと思うのです。

ところが国立ではまず下ネタは出てこない、子供が聞いていたら困るなと思うような話はしない。
別に制約があるとも思えませんが、何となくそんなことを来るたびに、最近感じさせるのです。

やはり歌舞伎でいえば歌舞伎座、寄席で言えば末広、鈴本なのかもしれません。


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2007年12月10日

荒川サイクリングコース 岩淵水門を描く

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  荒川SR 岩淵水門  絵 プッポロ  42㎝×32㎝

荒川のサイクリングコース、ここを通るたびに、この岩淵水門辺りを描いてみたいと
いつも思っていました。
長いこのコースの中でも、とりわけ眺望が良く、その広がりといい、荒川と隅田川が、
分かれるあたりは、川の曲線も美しく、本当に絶景と言ってもいいくらいのものと思って
います。

晴天に恵まれた12月10日、今日はこのコースでも珍しいくらいに風もなく、船渡あたりの
ビルから出る白い煙もまっすぐに立ちのぼっています。
滅多に無い無風状態の日でした。

今日はある種の度胸を決めて、最近の力の無い絵のようには、ならないようにと自ら
プレッシャーをかけて、F6号というやや大きめの画帳をザックに入れたのでした。

時折雲ひとつ無い青空になったかと思うと、突然、薄雲が陽を隠してしまうと、一瞬にして
青空が灰色に、また川の流れの色もそれに同調して、つまらない色になってしまいます。

そんな時は木々の色などを着彩したりして、青空が戻るのを待ったりします。

雲が切れてまた、すごい青空が、ここで一気に色をつけたのが上の絵であります。


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絵を描いていたのが午後1時から2時半過ぎ。

写真は絵を描き終えて帰り際の午後3時を回った頃です。
冬の夕暮れは早く、もう陽は西に傾いています。

人間の目はレンズにたとえますと、約50ミリ相当だそうです。
同じ現場でも写真の方は、かなりの広角気味、後方に見える川口の市街が
肉眼よりかなり遠方に見えています。


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いつもの通り現場は散らかし放題であります。

持って来た、ありったけの物を辺りに放り出し、ヘルメットはその辺に転がり、絵具は
あっちにこっちにと、使うものを探しながら絵を描いている、これもいつもの通りです。

左の白い建物はお馴染みのブルーの色が目立つ岩淵水門。

頭上のコースには、平日ながら、ひっきりなしに通る、綺麗でカッコいいローディさん達。

なかには立ち止まって絵を見て下さる方もいます。
また、声を掛けてくれる方も今日は多かったです。
水墨画を描かれている方もいました。

ロードとヘルメットをその辺に転がして、走りもしないで絵を描いている。
不思議な光景だったかもしれません。


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さて、午後の3時40分、帰路につきます。
陽はますます傾いてきました。

今日の走行は34,59キロ。

今月はこのあと、いろいろと仕事が重なり、超多忙続きになりそうです。

年内は今日が自転車の走り納めかもしれません。


                     


*

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2007年12月 6日

旧芝離宮恩賜庭園 浅草 待乳山聖天 冬の訪れ

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旧芝離宮恩賜庭園

小石川後楽園とともに、今に残る最も古い大名庭園のひとつ、「旧芝離宮恩賜庭園」
に、初めて訪ねてみました。

東京の紅葉の最もいい時、それは12月3日ごろと、先日のこのブログでも書きましたが
さて、今年の本当の紅葉はどうなのだろうかと、今にも雨が降りそうな中を浜松町駅に
向ったのでした。

その浜松町駅から歩いて1分、何ともいい場所にあるのが、この「芝離宮庭園」であります。


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ここの庭園から歩いて15分程の所にあるのが、あの広い「浜離宮恩賜庭園」でありますが、
そこには、5回か、6回あまり行っています。

クラブのみなさんとご一緒だったり、ひとりでスケッチに行ったりと、また、近くには私の好きな
汐留シオサイトがあったりで、どちらかといえば、つい、「浜離宮」の方へと足は向くのでした。


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ここは江戸庭園の典型とも言われる潮入りの「回遊式泉水庭園」で、潮の干満を利用して
水辺の変化を持たせたと案内にあります。

しかし、それは昔のこと、現在では潮入りではなく、淡水の池になっているそうです。

大きな敷石、鯛橋。 

見方によっては、たしかに鯛の形に似ているようです。


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「浜離宮庭園」と比べると大きさは4分の1ぐらいでしょうか。

当初はかなり大きかったようですが、それが東海道本線の拡幅で削られたり、
また、新幹線の敷設によって、またもや削られてしまい、現在の形になったそうで、
それでも往時の重要な部分は、そっくり残され保存されているそうです。


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園内の約半分が池で占められています。

その池には、浮島、中島、大島とあり、池の周りには枯滝あり、わずかな登りで園内が
一望できる大山あり、5月初旬あたりの藤がさぞかし綺麗だろうと思わせる藤棚なども
あります。

今、桜の紅葉を見るにつけ、春の桜見物もさぞかしと思ったものでした。


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池の中で一番大きい島が中島であります。

その中島に、架かるのが「西湖の堤」で、中国の杭州にある西湖の堤を模したそうで、
雨にぬれた石の橋も、なかなかの良い風情でありました。


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景色の見渡せる良い場所に東屋があります。

浜松町の駅のコンビニで買ったおにぎり2個と暖かいお茶のボトル。
ここなら雨にも濡れず、また、スケッチの一枚も出来るかと、その屋根の下に
入ったのです。

簡単な食事をすませ、絵の支度をしていると、

「あいにくの雨ですなぁ」と、年輩の品の良い男性が、傘をつぼめながら、私に言った。

「そうですね でも ここではかえって風情があって いいではないですか」

「まあ そうですな ここから歩いてもわずかですが 浜離宮には行かれましたか」

「はい 何度か行っています」

「そうですか あすこも私は好きですなぁ」と、紅葉にカメラを向けながら云う。

カメラひとつで、ふらりと、どこまでも出かけてしまうようで、晴れていても雨であっても、
それはあまり関係なく、どっちでもいいそうだ。

穏やかそうな人でした。


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その東屋で描いたのがこのスケッチです。

まだまだ以前の勢いというか、感覚が戻ってきていません。

しばらくはお見苦しいとは思いますが ・・・・・・・・・

これを描いている時、後ろのベンチでは、ひとりの若いOLが、うまそうな弁当を広げていました。


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庭園の歴史には、この地はかって海面で明歴1655年から1658年頃、埋め立てて、
延宝6年(1678)、老中 大久保家の邸宅になり幕末には紀州徳川家の芝御屋敷に、
そして明治に入り有栖川家のものになり、明治8年には宮内省がこれを買い上げ、
翌年には芝離宮となる。

大正12年の関東大震災によって、ほとんど焼失したが、翌年13年には昭和天皇
ご成婚記念として、東京市のものになり庭園の復旧と整備をして大正13年4月から
一般公開されたとあります。

長い歴史のなかで、時代と共にあった「旧芝離宮庭園」でありますが、その案内の
中で、私はここが昔、芝浜という名の所であったということ、これが一番目につきました。


落語の傑作 「芝浜の皮財布」 、ここがあの噺に出てくる所だとは ・・・・・・・


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浅草 待乳山聖天

浅草にまわり、まずは浅草寺に参拝し、今、修理中の二天門を通って、途中、助六の碑
がある「花川戸公園」にでます。

その公園前を通って広い道に出て左に進むと、言問橋西の交差点。
そのまま、まっすぐに広い道を行くと左側にあるのが、この「待乳山聖天」(まつちやましょうてん)


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浅草、新吉原近くの龍泉にあります 「一葉記念館」の、 はす向かいで生まれた私ですが、
この聖天さまには行った事が無く、この日が初めてでありました。

境内はイチョウの木が大半で、それもその本数の多いこと。
これ程沢山の綺麗な黄葉を見たことはありませんでした。


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正式名は待乳山本龍院。
浅草寺の支院で、その起こりは推古天皇9年(602) といいますから、ものすごく
古い歴史であります。

十一面観音が、大聖尊歓喜天に化身して、この地に姿を現し、苦しむ人々を救ったため、
聖天さまとして祀られたと記述があります。


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隅田川に望み、かっては「竹屋の渡し」に程近く、小高い丘にあり、江戸時代には
東部随一の眺望の名所といわれ、多くの浮世絵、詩歌などの題材にもなったとか。

境内には大根、巾着のしるしが目につきますが、これは聖天さまのご利益を示すもの。
大根は健康、一家和合であり、巾着は商売繁盛を表しているようです。


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12月3日、わずかな時間で名園といわれる「旧芝離宮庭園」と、庶民の心のよりどころ、
浅草は「待乳山聖天」と、色とりどりの紅葉を見ながらの散歩でした。

いづれの紅葉もそれぞれに一番でした。

甲乙はつけられません。

どちらの紅葉も地に落ちるまで、最後の輝きを見せてくれていたのですから。

                     *

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