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2007年8月31日

2007 東京シティ サイクリングに向けて

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光が丘公園で夜練?

暑い暑いと言っていた夏も終り、いよいよ初秋の9月に入る。
そして、これからが絶好の自転車の季節を迎えることになる。

まだ先の事だと思っていた、東京シティ サイクリングが、あと2週間ほどに迫ってきた。

9月16日、日曜日、午前9時、都庁舎前スタートである。

参加者1200名。

それも締め切り前に定員に達したのか、すでに申込終了とある。

すでにエントリーしている私としても、一日一日と、ちかずいて来るうちに、当日が楽しみでもあり、
まだ見たこともない不安もある。

何しろ1200名だ。

この人数の管理をどのように行われるのか。

たとえばトイレの問題もある。

当日の都庁舎前での受付が午前7時から始まる。
スタートが午前9時。その間かなり長い時間がある。

出発前の多少の緊張もあるだろうし、これから走るコースの具合によって、皆さん
一度はトイレに行くと思う。

私など三度ぐらい行くかもしれない。

でも、ここに至って1200名のトイレはどうするのかって、苦労性の私は、また心配する。


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それでも今年で5回目の東京シティ サイクリングのことだ。
私などが心配するまでもなく、主催者は何らかの、よい対策を考えられていることだと思う。

その辺でやってしまえと ・・・・・・・   そんなことあるわけないか。


また、自転車の保管にしてもそうだが、過去の写真などを見ると、閉会式など、最後は広場に
参加者一同が、座っているのが見られるが、その間、何処かにまとめて自転車を置いているようだ。

1200台の自転車を。

解散の時、よく間違えないものだと思うし、よく自分の自転車が見つかるものだと、これも心配の種だ。


しかし、これもきっと、うまいことやってくれるに違いない。

残った自転車で帰れと ・・・・・・・・  そんなことあるわけない。


コースは 
参宮橋、代々木公園、原宿、表参道、青山墓地、六本木、愛宕、新橋、日比谷公園、数寄屋橋、
銀座、勝鬨橋、晴海大橋、豊洲、越中島、日本橋小舟町、皇居前、祝田橋、国会議事堂前、
赤坂見附、神宮絵画館前広場まで、約35キロ。


この中で、今まで東京に長く住みながら一度も行っていない所がある。
それはたった一つ、青山墓地。

その青山墓地が今からとっても楽しみ ・・・・・・・・


さぞかし賑やかなサイクリングになることと思います。

くわしくご報告いたします。

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2007年8月26日

この秋の歌舞伎の賑わい

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私の好きな、東京 三宅坂の国立劇場では、いよいよ10月から来年の1月まで
4ヶ月連続で、大歌舞伎公演が行われます。

いまや年間を通して、本格的な歌舞伎公演は、この4回だけと言ってもいいかも
しれません。
若手歌舞伎があったり、歌舞伎観賞教室があったりしてはいますが、それはそれで
若々しくて楽しいものですが、やはりファンとしては、大物の幹部俳優による、名作、
通し狂言などを、たっぷり楽しみたいものです。

その10月公演ですが、上のチラシの通り、まず、「俊寛」が出てきました。
狂言の正式名は「平家女護島 俊寛」 (へいけにょごがしま しゅんかん)。

そして、もう一本が「うぐいす塚」の二本であります。

出演が松本幸四郎さん、市川染五郎さん、坂東彦三郎さん、市川段四郎さん、芝雀さん、
東蔵さん、梅玉さんと、なんとも豪華な顔ぶれです。

「俊寛」は今回は特に普段あまり上演されない「六波羅平清盛館の場」がつきます。

「平家打倒の密議に加わった俊寛僧都は鬼界ケ島へと流刑となり、残された妻の東屋は、
平清盛の横恋慕を拒絶して自害するという、この部分が、「清盛館の場」で、これが判りますと、
後の鬼界ケ島での、俊寛の心の移りかわり、悲劇のあり様が理解されやすくなります。

自分を犠牲にして、かわりに若き男女を迎えに来た船に乗せて、都に返します。

後に残った孤高の俊寛、もう都に帰るすべのない寂しさは、島の高台に駆け登って
帰る船を、いつまでも遠くに見送ります。

後に残るのは波の音ばかり。」

その名場面を松本幸四郎さんが勤めます。


もうひとつの「うぐいす塚」は歴史小説として、文化8年刊行され、大阪で劇化。
天保3年(1832) 江戸でも新たに脚色されて上演されたものです。

「うぐいすが取りもつ恋」という、日本昔話風、一種の仇討ち物ですが、大劇場では、
昭和4年以来の上演とか。

市川染五郎さんの美しい若者と色悪の大仁坊の二役を早替わりで演じるというのにも、
興味津々であります。

初日 10月3日から27日まで。


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さて、その俊寛でありますが、なんと、この同じ10月に新橋演舞場でも、中村勘三郎さんが、
俊寛を演じられます。

出演は他に、中村勘太郎さん、七之助さん、亀蔵さん、弥十郎さんなどなど。

昼の部はその他に、「連獅子」 「文七元結」 (ぶんひちもっとい) がつきます。

夜の部は森光子さん中村勘三郎さん特別公演があります。

初日 10月2日から26日まで。

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そしてもうひとつ、吉祥寺の前進座劇場でも、中村梅之助さんが、俊寛を勤めます。

出演は他に嵐圭史さん、藤川矢之輔さん、瀬川菊之丞さん、河原崎国太郎さんなど、
ベテラン揃いであります。

もうひとつの演目は「人情一夕噺」 (にんじょういっせきばなし) があります。

初日 10月17日から31日まで前進座   11月5日 6日 浅草公会堂


この東京でよりによって、三つの劇場で同じ出し物「俊寛」を上演するなど、珍しいことで
私も長い間歌舞伎を見てきましたが、恐らく初めてのことではないかと思います。

さて、静の松本幸四郎さん、動の中村勘三郎さん、老練の中村梅之助さん。
いわずと知れた名優揃い。

なんとも贅沢な話であります。

私としては全部拝見したいのですが、いろいろ都合もあることでして、それに
大の染五郎さんファンでもありますので、まずは国立からと思っております。


それぞれの前売りは

国立劇場 9月6日 電話予約開始   窓口販売 9月7日から。 0570 07 9900

新橋演舞場  絶賛発売中  チケットホン松竹 03 5565 6000

前進座公演  8月27日から発売 東京事務所  0422 49 2811
 


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2007年8月23日

西日暮里 谷中界隈 散歩道

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西日暮里の駅から道灌山へ向うには、駅前の広い道をわずかに南に進みます。

目の前に架かる歩道橋を登って、開成高校の校舎そしてグランドの脇の道を
回り込むようにして行きます。

ゆるやかに右にカーブしながら、少しずつ高度を上げていくと、あたりの深い樹木の
間から、賑やかなセミの声が聞こえてきます。

ここが「ひぐらし坂」とありました。


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道灌山といっても、はっきりとした山地ではなく、西日暮里四丁目に位置する単なる高台で
ありました。
それでも、昔はここから筑波、日光連山までを遠く望まれたそうであります。

虫聴きの名所としても知られた所で、なんとも風流と言える場所であったようです。


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今ではその当時の面影もなく、わずかにその名残の跡となっているのが、この向陵稲荷神社。
人通りもほとんど無く、あたりは静かそのものです。

お稲荷さん独特の赤いのぼりが、風にあおられ、それは賑やかで、この一角だけが妙に華やいだ
雰囲気でありました。


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次に向う青雲寺には、向陵稲荷坂を下り開成高校、中学校の間を通って、先ほどの歩道橋のある
道路にでます。

そこを横断して直進する諏方通りを日暮里方面に進みます。
しばらくして、住宅街に挟まれるようにして建つ、その青雲寺が左側に見えてきました。

ここは谷中七福神の内、恵比寿天が祀られ、また四季折々に咲く花も多く見られ、
近くにある、修性院とともに「花見寺」とも呼ばれていたそうです。


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その品の良いこざっぱりした小道、諏方通りをさらに進みますと、左に折れる道があり、
それが富士見坂であります。
21日に行った時には見えなかったのですが、天候によっては実際にこの坂の上から
富士山が見えるそうです。

閑静な住宅街にあって景色も良く、絵になる所のように思いました。


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その富士見坂を登り、左を見ますと、諏方神社の立派な入り口が見られ、そのすぐ右脇に
あるのが浄光寺であります。

諏方台という名の高台にあるところから、とくに遠望の雪景色が良いようで、別名「雪見寺」とも
呼ばれていたそうです。


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境内には空無(くうむ)上人が開眼したという、「江戸東部六地蔵」のひとつ、銅像地蔵菩薩立像
(手前) が、安置されています。
わずかな微笑をたたえた菩薩像は、なんともいえない心安らぐ思いがしたものでした。


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その浄光寺から、なおも諏方通りを日暮里方面に歩きますと、右に見えてきたのが
養福寺の門前。

真言宗豊山派のお寺さんで、湯島の円満寺の木食義高(享保3年 1718年没)によって、
中興されたとあります。

色鮮やかな山門があり、そこをくぐると緑生い茂る中に本堂があります。
江戸時代には多くの文人たちが、この江戸の名所であった「日暮里」を訪ね、その足跡を
ここに残したという大変に名のある寺院とのことであります。


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その先を進みますと、やや大きめな交差点にでます。
その左角にあるのが、この経王寺であります。

慶応4年5月15日、江戸、上野において彰義隊ら旧幕府軍と、薩摩藩、長州藩を中心とする
新政府軍との間で行われた上野戦争。

その時、敗走してきた彰義隊がこの寺にたてこもり、官軍の銃撃にあって、今でも山門に
その弾痕が残っています。


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本物の歴史のある街っていいですね。

長い歴史の中からは文化も生まれる。
そして知識も育つ、そういう地には生きる楽しさもあるように思いました。

浅草に生まれながら、それ程遠くもないのに、こちらを歩いたのは今回が二度目のこと。

この暑さの中でも、やっぱり来てよかったと思ったものでした。

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さて、後半は観音院から始まります。
見るからに格式を感じる寺院であります。

案内板によれば赤穂浪士ゆかりの寺とか。
本堂に向って右には四十七士慰霊塔があり、今でもその霊を弔う人が訪れているとあります。


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その観音院のわき道にあるのが築地塀、200年以上前に作られたものと。

関東大震災で倒壊して再建されたとあります。


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この近くには大きな谷中霊園があります。
広大な面積を持ち、多くの著名人たちもここに眠っています。

随分前ですが、長谷川一夫さんのお墓を訪ねて、随分探し回ったことを思い出しました。


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天王寺はその谷中霊園をまっすぐに行った突き当り。

都内でも有数の古刹で、江戸時代には江戸三富に数えられ、富くじ興行が行われたとあります。

こちらもなんとも品の良いお寺さんで、その当時もさぞかし賑わったことと思います。


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その天王寺を後にして、再び木々が茂る谷中霊園をもどり、今度は三崎坂にでます。

この時、時計は午後3時すぎ、最高に暑さを感じた時でした。

この日のお目当ては、「全生庵」で、ようやくの事でそのお寺さんにちかずいてきました。


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「全生庵」 は、江戸無血開城の功労者ともいわれる、山岡鉄舟が創立した寺院。
彼自身の墓もあり、また、落語家の三遊亭円朝の墓もここにあります。

毎年八月の円朝忌では円朝自身が収集した「幽霊画」が、一般公開されます。

企画そのものからも、特異なお寺さんといってもいいかもしれません。

以前からその「幽霊画」の公開があるというのは聞いていたのですが、8月1日から8月31日まで
という期間限定だけに行く機会に恵まれず、ようやく今回拝見する事ができました。


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本堂正面の階段を上がり、その左手に会場となる広間があります。

公開されているのは約50枚ほどの「幽霊画」で、そのどれもが凄惨をきわめ、悲しげで、
恨みつらなう怨念にあふれ、この世のかたきを黄泉に引きずり込もうという風情・・・・・・・

芝居で言えばいいところで・・・魂魄(こんぱく) この世にとどまりて 恨みはらさで おくべきかぁ・・・・・・
と、なるんですが。

(それほどでもありませんか)

なかなか面白く拝見させて頂きました。

一番印象に残ったのは、やはり「怪談乳房榎」でありましたが。

拝観料 500円でございます。


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そのひと時、気分的にいくらか涼しくなりましたが、外に出ますと相変らずの暑さ。

入り口脇にある「全生」の大きな石碑。

ふと見ると、そこには何やら うっすら やさ男の人影が・・・・・

さて、あやしやなと よく見れば それは私の姿でありました。


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「全生庵」を後にして、上野桜木に向います。

憧れの東京芸大の前を通ります。
前を歩いている二人の学生を見ていると、私も芸大入りたかったなぁと、思う気持が、
またわいてきます。

少し行きますと芸大のミュージアムショップでしょうか。

素晴らしい門構えの向うには中庭があり、イスとテーブルが用意されていて、三々五々
それぞれにくつろぎのひと時を過ごしています。

ガラス張りの瀟洒な建物の中には、芸大の学生さん達のデザインによる置物、Tシャツ、美術書
などが販売されています。

そうだ、芸大に入れないのなら、せめて、この芸大ミュージアムショップぐらいには入ってみようかと。


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西日暮里から歩き始めて上野まで。

本物の古いものから、超近代的なものまで調和をもって共存している街。
西日暮里から谷中にかけて。

やっぱりいい所です。

ここは車ではなく歩く所ですね。

ふと、立ち止まって上を見上げる。

そこにまた別の新しい発見があるんですもの。

そんな街でした。

今度歩く時、小さなスケッチブック一冊もって、街角のひとつ、ひとつを、こころに残したいと思います。


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なお、ご案内のなかには、街中にありました案内板、メトロガイド9月号「江戸の香りが息づく街散歩」
などを、一部参考にさせて頂きました。

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2007年8月17日

国立演芸場 桂歌丸さんの夏

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ひどい暑さが続くこの夏に、ひとつ、楽しみにしていたのが、毎年恒例の
国立演芸場で、開かれる桂歌丸さんの怪談噺であります。

三遊亭円朝の傑作噺のひとつ、「怪談乳房榎」の長講一席。

東京三宅坂、国立演芸場八月中席のことであります。


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年に一度の歌丸さんの長講ということで、前売りはすべて完売とか。
その人気の程が知られる公演であります。

場内に入ればどこも余裕の場があり、寄席というより劇場の感じです。
背中合わせの表側は、皇居のお濠に面して、あの大きな国立劇場。

その弟分にあたる、この演芸場は共にどこか似ていて、それは落ち着いた品の良い
空間はさすがであります。

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客席は約350席、天井は高く照明もよく、音響設備、ゆとりの座席と、落語を
聞くのにも最高の場かとも思っています。


出演者

桂 夏丸さん   前座さんで先日も池袋で聞いたばかり。
           色白でハンサム、いい噺家さんになれそうです。

三笑亭可龍さん  「湯屋番」を聞きますが、勢いもあり所作がきれい。
           若いのにうまい人です。

桂 平治さん   「真田小僧」 古典中の古典落語。
           それにしても古いです。

桂 歌助さん   先日は「子ほめ」を聞きましたが、今回は「青菜」。
           おっとりとした人だけに、とてもいい噺になりました。

W モアモア   随分年の離れた漫才師。老人問題を取り上げて、身につまされる
          話で笑わせていました。 さすがにベテランです。

雷門助六さん  話は簡単にして、後半は立ち上がり、「奴さん」を、あやつり人形風に踊ります。
           昔、桂小文治さんが、やはり話半分で良くこれを踊ったものでした。
           あねさんかぶりの奴さん、おばあさんの奴さん。
           粋な若衆の奴さんと、さまざまな振りを見せては笑わせて、楽しませて
           くれたものでした。
           私が小学生の頃の事でしたが。

桂 小南治さん  「ちりとてちん」 久し振りに聞きました。
           古くからある「酢豆腐」という話に、よく似た話。
           話術、品性ともに備わった感じで将来が楽しみな方です。

松乃家扇鶴   音曲で都々逸のいくつかを聞かせます。
           三味線の音が良いです。そして、高音の声がきれい。
           今では貴重な存在とも言える方です。

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そして、長らく待たされて、いよいよ桂歌丸さんの登場です。

「怪談乳房榎」の長講一席。


菱川重信は、元は武士。
今は江戸の絵師として、妻おきせと生まれたばかりの赤ん坊との三人暮らし。

そこに弟子入りにやって来たのが、磯貝浪江という若い男。
いつしか、妻おきせと仲良くなり、邪魔になった菱川重信を、ほたる見物に誘って
殺してしまう。

後に練馬の在の松月院で、五歳になっていた子供と、重信の亡霊によって、
ついに仇討ちをするという、このブログでも、7月25日付け、で、ご紹介した通りの
噺が進みます。

重信の亡霊が出るところなどは、さすがに国立だけに照明効果もよく、まさに
一服の清涼剤を感じたものでした。

端正な立ち振る舞い、芝居気たっぷりの桂歌丸さん、熱演の1時間でありました。

さて、表に回ってみれば、長く通いつめている、国立劇場。

10月から来年の1月まで、4か月連続の歌舞伎公演が始まります。

落語の手軽さも得がたいものですが、歌舞伎の重厚さも、これもまた
結構なものであります。


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2007年8月15日

2007 東京シティサイクリング

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「東京シティサイクリング」 スタート地点 都庁 「とみんの広場」

平成13年に創設された「東京シティサイクリング」。

今年のテーマは、 「 さぁ、走ろう ・・・・ さわやかな初秋の風をうけて」 と題して、
来月、9月16日の日曜日に盛大に開催されます。

なんと参加者1200名という大勢で、都心部を中心にして約35キロを自転車で走り抜ける、
この一大イベントに、私も初めてエントリーしてみました。

その趣旨によりますと、公害とは無縁のこの自転車、健康で快適なスポーツである
サイクリングを通じて、明日への英気と活力を養い、また都内を大勢の人たちで走る
ことによって、自転車に乗ることの楽しさ、面白さを広く一般にPRする機会にすると、あります。

この大会はアメリカのニューヨーク市で、1977年に約200人の参加で始まり、現在では
3万人までに成長した、「BIKE NEWYORK ( Five Boro BikeTour ) 」を、お手本にして
始められたもので、今回は特に2016年、東京オリンピックの招致をもPRすることを目的に
開催されるということです。

主催 財団法人 日本サイクリング協会

共催 東京都

主管 「2007 東京シティサイクリング」 大会実行委員会

     
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代々木公園

コースは東京のシンボル、都庁舎前 「とみんの広場」 にて、午前7時から受付、
そして、開会式が行われ、午前9時にスタートとなっています。

都庁前からスタートして、まずは参宮橋を渡り代々木公園へ、園内を抜けて原宿駅前から
表参道を一気に下り青山墓地を通って六本木に出ます。

六本木からは麻布台を通って神谷町から愛宕に向ってその後は新橋に。

新橋からは日比谷通りで日比谷公園に出て、そこからはお待ちかねの、銀座通りを走って、
数寄屋橋を越えて銀座四丁目に。そして、歌舞伎座前を通過すれば間もなくで勝鬨橋。

その勝鬨橋を渡れば、次は新しく出来た晴海大橋。そこを渡って、今度は今や流行最先端の街、
豊洲周辺を周回したあと、今もなお、歴史ある古い町並みも残る越中島に向います。

そこからは日本の大企業のビル群が建ち並ぶ日本橋小舟町。

そして皇居前(パレスサイクリング)で、休憩の後、祝田橋から国会議事堂前へ、
最後は赤坂見附近辺を走って、ようやくの事でゴールの神宮外苑絵画館前に到着します。

何だか書いてるだけで、ひどく疲れましたが、大丈夫でしょうか。


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代々木公園

参加定員  1200名
参加料    高校生以上 一人 2500円 (保険料 ゼッケン)
        中学生以下 一人 1500円 (保険料 ゼッケン) 
参加資格  10才以上の健康な男女で大会コースを完走できる自信のある方
参加自転車 前後にブレーキを備え付けた一人乗り自転車
        タンデムは参加出来ません
参加申込  締め切りは平成19年9月7日 午後5時まで
        ただし締め切り前でも定員になり次第締め切りとのことです

大会お問い合わせ 港区赤坂1-9-3 日本自転車会館3号館
             日本サイクリング協会内 東京サイクリング実行委員会

             ℡ 03-3583-5628 Fax 03-3583-5987


詳しくはホームページ  こちら  を、ご覧下さい。 

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代々木公園

ロードバイクに乗り始めて約6ヶ月になりました。
もっともその前にはクロスバイクやら、BD-1と、その時、その場所によって、それぞれの
自転車を使い分けていたりして、自転車歴そのものは結構これでも長いのです。
しかし、ソロで走る事が圧倒的に多い私です。

ごくたまにですが、例のBD-1サイクリングクラブに参加させて頂いていますが、
それでも数えるくらいの少なさです。

大勢で走る楽しさ、賑やかな走り、これはこれで、また格別の楽しさがありますね。


今回の「東京シティサイクリング」は、「ファンライド」 8月号の自転車イベントカレンダー
で見つけたものでした。

参加者1200名とは、いったいどういう走りをするのか、その辺が今から興味津々であります。


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表参道

集合場所の「とみんの広場」とありますが、どこにあるのか。
当日迷ってもいけないと昨日、この暑い最中に、都庁前まで行きまして「とみんの広場」を
確認してきました。

何のことは無い、行ってみればすぐ判りましたが、折角来たのだからと走るコースに沿って
参宮橋から代々木公園、表参道、外苑と走ってみました。

洗練された都会の公園、代々木公園は本当にいつ来ても綺麗です。
いつもの通り、裸のお兄ちゃん達が日焼けをしているのが多いですが。

園内にあるサイクリングコースも距離こそは、それ程でもありませんが、ある程度起伏もあったりで
森に囲まれた素敵な風景の中を走るこのコースは私は大好きです。

昨日も三周してきましたが。


そして、表参道の賑わいはいつものこと。

この道を1200人が自転車で走り抜けるなんて、想像もできない、それはまるで夢の風景です。


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ゴールの神宮外苑絵画館前

さて、この都心35キロのコースを地図を広げ指でたどって見ました。

よく考えられたコースだと思います。
毎年同じコースなのか、初めての参加の私には判りませんが、そういえば晴海大橋は
最近できた橋、多少はコースも変わっているのかもしれません。

それに片側二車線の道路は一車線を規制して自転車を走らせるようです。

都庁前を午前9時にスタートで、ゴールの神宮外苑絵画館前には午後1時から2時までに
到着とのこと。

時間的にはかなりの余裕があるようで、途中休み休みの、のんびりサイクリングになりそうです。

この神宮外苑絵画館に無事に戻ったとき、はたして、どんな思いが私には残っているのでしょうか。

心地よい疲労感 ? 楽しさいっぱいの達成感 ? 賑やかなお祭気分 ?

それとも新しい感覚の東京見物 ?

はたまた、もういいやの気分でしょうか。来年もまた参加したい思いでしょうか。

それはまた、写真たっぷりで、ご報告したいと思っています。


都庁から代々木公園、表参道から神宮外苑まで下見サイクリング。
走行距離 34、26キロ。

暑かったです。


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2007年8月 7日

八月上席 柳家小三治という噺家

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毎年この八月上席、池袋演芸場では、柳家小三治さんの十日間にわたるトリの
公演が行われることを知った。

寄席通いをやめてから20年ほどになり、今では、とんとご無沙汰の世界であった。
それが、ひょんなことから、谷中の粋な若旦那、とりみさん、から知らせを得て、今ふたたび
落語を聞きに行っている。

特別暑い、真夏の興行にもかかわらず、それも平日だというのに、午後12時30分の
開演時間には立ち見のお客さんも多く、お目当ての小三治さんの人気の高さが知れる。


さて、この小三治さんを最後に見たのはいつのことだったか。

まだ若々しい青年そのものの印象が残っている。
その当時は、皮のつなぎを着て大型バイクにまたがり、ヘルメット姿で寄席の掛持ちを
していたのをよく覚えている。

そして、家に帰ればこの人、オーディオ コンポでも、ものすごいこだわり屋さんでもあった。
その音響設備たるや、素人域を超えていたそうだ。

クラシックからジャズ、ポピュラーに至るまで、そのジャンルの広さは、けた外れとのこと。

あの名曲「サマータイム」という曲、いろいろな人が演奏しているが、そのレコードの種類
たるや大変なもので、あらゆる演奏者による「サマータイム」のレコードを所蔵しているそうだ。
その曲種においては、あのNHKでも及ばないと、本人の高座で聞いた事がある。

そのレコードのなかには、森進一も 「サマータイム」を唄ったいると。

小三治さん、苦々しそうな顔つきで、例によって右ひじをひざに置きながら、そのことに対して、
たったひと言、「ふん よしゃ いいのに」 って。

やはりその頃あった出来事に、一時、高座を離れてアメリカの大学に語学留学で
渡米した事がある。
結構長い期間だったと思うが、アメリカで学生生活を送った噺家さんなんて、まず
この人ぐらいではないかと思う。

帰国後に云っていましたね、「なにしろアメリカの学生は勉強する 休み時間でも
廊下に座って勉強している 大学にいる間なんてね、遊ぶどころじゃないね
ただ時間があれば、ひたすらに勉強してる。で、なければ卒業できないんだから 
そこえいくと 日本の大学生は・・・・・」 と、嘆いていたのを覚えている。


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噺家さんは現在何人ぐらいいるのか、最近のことは判らないが、昔も今も
本当にうまい人というのは、いつの時代でもまず、10人から多くて20人ぐらいでは、
ないかと思う。

いつも志ん生、文楽、円生、柳橋等々のお馴染みの故人の名前を出して、恐縮だが、
ざっと名前を思い出してみても、その当時でも名人と言われた人達も、落語協会、
落語芸術協会合わせても、ほぼ20人ほどに、とどまるのではないだろうか。

最近の落語界は聞いていないのでよく判らないが、今回の池袋演芸場、八月上席に
限っては、小三治さんは別格の別格であるが、その他の人で印象に残っているのは、
柳家花録さん。

「長短」を演じたが、祖父ゆずりの品によさ、話の丁寧さ、色気もほど良く、天性のものと
みた。
この人、将来の名人になる素質を感じる。

古今亭志輔さん、「巌流島」を持ってきたが、手馴れた感じはいいが、この暑い季節、
足を運んだお客さんのためにも、もう少し笑いの多い話を出したいものだ。

柳家はん治さんは、この話と、この人自身の風格がぴったりの、桂三枝さんが書かれた
「背なで老いたる唐獅子牡丹」を演じたが、随所に笑いも多く、自分の話として、よくこなれて
いて、可笑しいながらも身につまされるところもあり、面白かったし、うまい人です。

仲入り後は春風亭一朝さん、演題が思い出せないが、先月桂歌蔵さんもやった、やくざの
サイコロ賭博、ピンを張る話だが、この人、歯切れもよくメリハリがあり、いい噺家さんだ。


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さて、場内超満員のなかでの柳家小三治さんの登場です。

時間は午後4時丁度。

出囃子が長く、出の前にはある種の緊張感と期待感が高まる。
そんななかで話は始まった。

ひとまわり見渡して、第一声が 「朝青龍は いったい どうするんだろうね」って。

まずはお客をはぐらかす。

この人の「まくら」は秀逸です。

つづいてトラウマについての語り。最初に聞いたときはトラとウマのことかと思ってたと。

そして、今回のこの10日間のその初日に何かがあった様子。
今さら云ってもしょうがないが、と、言わなかったが、何かがあって、それがトラウマに
なっているようだ。

観客に向って、このトラウマ、日本語でひと言で云うと、なんて云うんだろうねと聞いてくる。

一人の男性は「古傷」といった。

「古傷ねぇ  これもいい言葉だなぁ」と、うなずく。

何かを思い耽っているような、しぐさを見せる。

小三治さんと場内のお客がピッタリ息があったような瞬間だ。

嬉しそうな顔をした。

本題の「天災」に入ったのは午後4時20分過ぎ。
まさに熱演につぐ熱演。

今までに数え切れないくらいに聞いた話だが、まるで初めて聞く話のようだ。
丁寧に深く、ひとつひとつの、たとえ話が身に刺すようだ。

時には緩やかに人を諭し、時にはほろりとさせて笑わせる。
貴重な時間は過ぎていき、終ったのが午後4時50分を過ぎていた。

夜の部は5時からで、場内は交代する人で大混雑。

その帰り道、小三治さん、他の噺家さんと、どこがどう違うのだろうかと、その魅力の違いを考えた。

落語家だから落語の勉強をするのは当たり前。
それは誰でもやっていることだ。

だが、そこを、大きく飛びぬけて、大きな一枚看板になる人、ならない人。

文楽さんは「その道によって賢し」と、よく言っていたが、今はそれにプラスアルファーが、
必要なようだ。

前出のように、オーディオコンポにこだわり、ヘルメットに大型バイク、そしてアメリカ留学と
私生活においても、あらゆるものに興味を持ち、見聞きして勉強する、それが、心の広がりになり
芸の糧になり、芸の技を大きくするように思うのだ。

この日は、小三治さんと、花録さん、この二人にそれを感じた。


                         *

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2007年8月 6日

蝶の写真を撮る

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デジタルカメラを使い始めて約4年。
それ以前には、ニコンの一眼レフのフイルムカメラが、これが約25年あまり。

その前にもいろいろなカメラを手に入れては使っていたので、写真歴なる言葉があれば、
それは結構長いものになる。

その間にはさまざまなモチーフに取り組み、それなりに写してはきたが、そのなかでも
これだけは考えたことも無いのが蝶の写真。

蝶の写真、まず蝶を写すなど自分には考えられないこと、蝶などは専門家でなければ
写せないもの、写してはいけないもの、蝶を写す人などは、何か特別な特殊事情がある人、
などと頭の何処かで思っていたものだ。

それが最近、写真の抜群にうまい、とりみさん、の、蝶の写真。
そして、きーじぇいさん、も、写されている見事な蝶の写真を見るに付け、これはすごいなぁと
思うばかりでありました。


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先日、私の仕事場から、何気なく大きな窓から外を眺めていた時、その窓の下にある
プランターのランタナの花に一頭の蝶が舞い降りてきた。

オレンジに黒の斑点、両翼には黒字に白の斑点と、その名前はわからないが、全幅
10センチほどの大きさの綺麗な蝶だ。

ふーん きれいな蝶々だ。

ふーん 写真ねぇ 撮れるわけないよな。

あんなに動いているのにさ  ひょんひょん飛んでいるのに 写真を撮るなんて
出来るわけないさ。


ほぅ 花の蜜を吸うのか、おゃ 動きがいくらか止まったね。
撮れるかなぁ  やっぱり撮れるわけないよなぁ と、思いながら、急いで引き出しの
中からデジカメを取り出した。

何はともあれ、外に出て、その蝶の背後にそっと回った。


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カメラの絞りを目いっぱいあけて、シャツタースピードを速くする。
チューリップマークのマクロのボタンを押して、なおも近かずく。

おゃ 蝶々は何とも思っていないようだ。

カメラをチラッと見たようだが、そのレンズを見て、デカイ目だなと思ったようだ。
友達か ? そんなことあるわけない。


まずシャツターを高まる気持を抑えながら切ってみる。

カシャ  蝶々は何ともない。  知らん顔だ。

今度はもっと近ずいてみる。
そこで カシャ  おや 無視しているぞ。

もっと近くにカメラを持っていくが、気が付かない振りをしているようだ。

そらぞらしいったら、ありゃしない。 蝶々の気持が、だんだんわからなくなってきた。

目の前で カシャ  今度は初めて迷惑そうな顔をした。

続けざまに カシャ カシャ カシャ カシャ カシャ カシャと惜しげもなく
シャツターを切ってみた。

今度こそは、あきれ返ったのか ふわりと高く舞い上がり、私に一度振り返り、
そして屋根の上に消えた。


初めての蝶の写真です。


                        *

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2007年8月 3日

BD-1で 夜練 ?

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このところ、夜、時間があると家から自転車で15分ほどで行ける、都立 光が丘公園で、
BD-1でクルクルと走っている。

広大な園内は深く生い茂った樹木の中に、幾重にも道があり、それは曲線コース、直線コースと
自由気ままに、思いのままに走れるくらいに大きな公園。

そこで夜錬 ? などと云うのは、おこがましい。


先日買ったばかりであるが、体脂肪の計れるオムロンの何とかという、器具に乗っかってみて
おどろいた。

内臓脂肪とやらは、9 という数字が出ていて、これはまずまずのことらしい。
1から9までが標準とある ・・・・・・ あぶないところだが。

そして、肝心の体脂肪がなんと、26 と出た。

これには本当にびっくりした。

標準が10%から20%未満。
20%から25%が、やや高い。
25%以上は完全に高いとある。

いや、完全は私がびっくりしたついでに、つけたものだが。

これは何とかしなければならないかなと。

身長は161㎝で、体重は55キロ。 これは両方とも昔からほとんど変わらない。

それがもとで、今、夜な夜な光が丘公園を、BD-1で走っている。
急に体脂肪が落ちるわけも無いだろうと、正常に向うには、自分でも3ヶ月間は
掛かるだろうと思っていた。


ところがどうだろう。
週に4回。それも1時間と決めて走っているが、行くたびに少しずつではあるが、
早くも体脂肪の数値が下がってきている。

まだその一週間でも、3回しか走っていないのに、26 あったのが、今、 23,5にまで
下がっている。

20%から25%は、やや高い、であるから、やっぱり、やや高いが、このわずかな期間、
3回の走りでこれだけ下がるとは。

この調子でいけば、あと一週間も走れば20%。
いや、標準の10%から20%未満に入りそうな気もするが、どうなんだろうか。
さっぱりわからない。

そんなに簡単に下がるものなのだろうか。

さっきも計ってみたら、やっぱり、23、5 を、指している。

たしかに、先週は、26%だったのに・・・・・・・


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