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2007年4月26日

ロードの点検のあと

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夕べは遅くなってから、一日降り続いていた小雨もあがり、これなら新宿まで点検に
出していた自転車を取りに行けるかと、やや肌寒いなかを大江戸線で出かけていった。

前日にはもう点検も出来ていたのだが、このところの天気の悪さが続き、
それ程急ぐものでもないしと、ゆっくりと一日遅れで行ったものだった。

どこをどう点検したのか、さっぱりわからないが、何かはしたのだと思う。
乗ってみたものの、いつもの調子の良さである。


見上げれば新宿の空にはいつ上がったのか、綺麗な月が望まれていた。

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活発なブログで知られる、ganさん から、自分の自転車は自分で、あれこれ手を加える
ことによって、その楽しみは増す、というような内容のメールを昨夜いただいた。

それはもっともだと私も思うし、それは同感だ。

ただ、それが出来る人と出来ない人が世の中にはいるようにも思う。
その出来ない方の人が、ここにいる、この私である。

昔からメカに弱いというか、メカが怖いというか、とにかく、何をしても爆発するわけで
はないだろうが、なんだか大変な事になるかもしれないという先入観がある。


私の古くからの知人で自転車乗りがいる。
まもなく40才になろうという人だが、この人もまったく自転車の整備は、自分ではやらない。

それでいて、レースというレースにはどこまでも行っては参加するという、
いわゆるつわものである。

毎年恒例の乗鞍のヒルクライムが特に好きで、20代の頃には入賞も果たしたものだったが、
そのレースの直前になると、きまって、いつものサイクルショップに自転車を持ち込んでは、
すべて整備をしてもらう。

自分ではいっさい何もやらない。
ただ乗るだけ、走るだけ。

やるのは空気を入れるだけだったように思う。

その後だんだん分ってきたのは、その彼も実はまったくの、メカオンチだった、ということ。

自転車には強いが、その自転車には弱かったのだ。

その彼も転勤で今は関西に行ったが、そこでもまた自転車の世界で大活躍をしている。

おもしろいものです。


それにしても、私も そろそろ 「 ロードメンテナンス入門書」でも一冊買って、ここ一番、
思い切って勉強してみますか。


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2007年4月24日

ロードバイク 初回点検

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今年1月末に購入したジャイアントのOCR 1。

本来なら2ヶ月以内の点検と言われていたが、天気が良ければ走りに行き、
雨が降れば自転車に乗れずで、云われていた通りには、なかなか点検に出せなかったが、
ようやくのことで、昨日、思い切ってその初回点検に持っていった。

購入先は新宿の東急ハンズ。

もっと近間の店にすれば自転車の点検も楽なのにと言われそうですが、なぜか、
私の自転車は三台とも東急ハンズ。

今から11年前のプジョーのクロスバイクが池袋の東急ハンズから始まり、
2年半前に買ったBD-1 カプレオは渋谷の東急ハンズ。

そして今度のロードバイクが新宿と、なぜだか私はハンズから離れられない。

それはそれで良いのかもしれないが。

これまでに走った距離は3ヶ月で、約600キロとサイクルメーターが指している。
1,2週間に1度ぐらいの走りだから、せいぜいその位の走行距離かもしれない。

このロードバイクに乗ってから、私はクロスバイクには無い、またBD-1にも無い面白さを知った。
8キロ台という軽さもあるかもしれないが、とにかく扱いやすい。

幹線道路でも複雑な交差点では歩道橋を、このロードバイクなら手で持って、
橋を渡ってしまうこともたびたびである。

そんなことは今までには考えられないことだった。

スピードも特筆すべきものだと思う。
ペダルの軽さ、快適さ、目的地までの時間短縮。だから体が疲れない。
さて、時間さえあれば、どこまでも、どこまでも行ってしまえそうな気さえする。

いろいろな自転車が世の中には沢山あるが、若い頃ならともかく、ある程度の年代を、
重ねてきたら、その時こそ、この楽なロードバイクがお勧めのようだ。

自転車の世界が、ここにきて、私は大きく広がった思いです。

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2007年4月22日

ぼたんの開花

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昨日は固いつぼみも、くずれ始め、もう間もなく開花かなっと思っていたら、
今朝は案の定、庭に面したガラス戸を開けて、右の隅にある、ぼたんを見ると、
ピンクの色も鮮やかに、それは満面の微笑を見せていた。


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このピンクの牡丹の木には今年は6個のつぼみが付いている。
今日咲いたのはその内の2個。

例年これに合わせて、濃い赤紫色の牡丹も咲くところだが、どういうわけか、
1個のつぼみも見られない。
昨年の異常な暑さ、水不足なども影響しているのかもしれない。

昨今の異常気象も、こんなささやかな庭にも、事は現れているようだ。


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毎年、結構良い花を咲かせる、この牡丹。
我が家にやって来てから、もう何年位たつだろうか。
7,8年 ? いやいや、もっと経っているかも知れない。

今のこの家を建ててから11年になる。その当時に買ってきたとすれば、
もう10年は優に越えているはずだ。

よく古木と言うが、では実際に木は何年ぐらいたつと古木と言うのだろう。

今日初めて咲いた今年の牡丹です。


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午後から、また庭に出てみた。

部屋の中にいると判らないが、外は案外風が強く、薄く透き通るような可憐な、
花びらが、ひときわ震えるように春の風にゆれている。

半開きになったこのつぼみも明朝には、これも大きな笑顔になっているだろう。

しばらくは庭を行ったり来たりの、落ち着かない日々が続きそうです。

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2007年4月21日

庭の花

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日本さくら草

さくら草には数知れずと言われるくらいに、さまざまな種類がある。

最近では西洋さくら草の部類が、一般的に幅を利かせてはいるが、
その姿、優しさには、やはり日本古来の日本さくら草が、一歩も二歩も、
秀でているように思う。

我が家の庭の片隅には、いまその日本古来の日本さくら草と言われるのが、
ようやく咲き始めた。

このさくら草は、古くは江戸時代から改良が始まったようだ。

粋人と言うのか通人というのか、はたまた、ひま人というのかが、集まっては、
つぎつぎと新しい花を作っていったらしい。

現在残っている純粋のこれ等のさくら草は、ほとんどが実は江戸時代に、
作られたものだそうだ。

肝心なこの花の名前を忘れてしまったが、これは、「日本桜草の会」に所属する、
私の知り合いの、さくら博士ともいわれる方から、6種類ほど、頂いたうちのひとつ。

五枚の薄い花びらは外側が、きれいなピンク色、そしてその内側は白。
花は下向きに咲き、その姿のしおらしさが、この花の心情のようでもあります。


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ボタン

猫の額ほどとよく言いますが、まさにその通りの我が家の庭に、
三本の牡丹の木がある。

薄いピンクに、濃い目の赤紫色が二本。

日当たりもそれ程、良くはないが、それでも、まずまずの花を、
毎年見せてくれる。

今日、少しだけ開き始めた、ピンク色の方の牡丹の姿です。

満開になったら、また、お知らせします。


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ハナニラ

放っておくと、どこまでも増え続けるハナニラの花。

朝はみんな花は閉じていて、日中になるとご覧のようにいっせいに
同じ顔をして開いている。

雨の日も、薄暗い日は昼間も眠っている時がある。

花に表情があるというのか、見るたびに花の形に変化があり、
生きているのがよく判る面白い花だ。。


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シャガ

このシャガの花も群落になりやすい。
我が家の庭でも増え続け、何とかしなければと時には思うが、
この花の綺麗さを見ると、むげに捨てられない。

何でこんなに込み入った花柄が必要なのだろうかと、じっと見つめる。

今の時期、山路をくだり、そろそろ人家が見える頃、
そこには決まって、沢があり、その沢の両岸には、これもまた、
決まってこのシャガの群落があった。

遠慮がちに咲いている、我が家の庭のシャガを見ると、なんだか、
また、あの清々とした、山に帰してやりたいなと思う時がある。


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ヤマブキ

高さ1メートル50センチ程の高さにまで成長したヤマブキ。
黄金色に咲き乱れていた花も、もうすっかり散ってしまった。

花持ちはよくないが、切花として備前焼などの和風の花器にさすと、
結構いい風情が味わえる。
枝と言っても、山吹は横枝だけだから、花器に挿すのもむずかしいが。

人様に見せると、ほとんどの方が、「おゃ この山吹 花びらが大きい」って、
云われる。

それはそうかも知れない。
普通の山吹じゃないもん。

川越の喜多院の境内に咲く、お墨付きの山吹だもん。

その時あたりには見渡す限り、丁度、誰もいなく、だから、
お願いすることも出来ず、また、お礼を言うことも出来ず、
ただ、ひたすらに、だまって一枝、有難く頂戴してきたものであります。


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2007年4月18日

私と着物

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私の母親は針の立つ人で、着物を縫ってもらっても、その着やすさが評判で
近所の人達からも次々と仕立ての注文があった。
いわゆる内職仕事でいくらかでもと家計の一端を担っていたようだ。

それは下町は浅草の龍泉寺に住んでいた頃からで、その頼まれた着物が仕上がると、
子供ながらにも私がそれを届けていた。
浴衣なら一日に三枚は軽いという仕事の速さで何枚かを風呂敷包みにしてもらっては、
小さな腕に抱いては持って行ったものだった。

それは今の練馬に移り住むようになってからも続き、私が中学生あたりまでそれが続き、
相変らず下町のお得意さんに届けたりもしていた。

ごく素直な子供の様であったようだ。

それも、二十歳の時、ふと自分も着物が何となく一枚欲しいと思うようになった。

母にそれを言うと
「あぁ そうかい いいよ どうするかね着物の生地 私が見るかい ? 」

なぜかその時、自分で着る着物なんだから、自分で選びたいと、はっきり思っていた。
「自分で西武デパートで見てくるよ」 と、何がしかの金を貰って、その呉服売り場に
自分で行ってみた。

沢山の反物があるそのなかから、母に言われたウールを買ってくるんだよって
その言葉の通り、鉄色がかった紺地の反物を選んだ。

「ちょつとお前、いい色を選んできたね、ほんとにいいね」って、
母の方がすごく嬉しいようだった。

着物と羽織のアンサンブルで早速作ってくれた着物が上の写真の物。

長じばんの柄は、母のお見立て。
肌じばんが別にあるが。

今となっては大事な母のぬくもりを感じる、ただ一枚の着物である。


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二十歳の時の着物。
なぜ急に着物が欲しくなったのか、また着たくなったのか。

それは多分に子供の頃からの寄席通いがあったからだと思う。
十才年上の兄に連れられて初めて行った上野の鈴本が小学校3年生の時。

誰が出ていたのかさっぱり判らないが、ただ古今亭今輔師匠だけはいまだに覚えている。
子供が出る噺で三輪車がどうのこうのって云うのが、子供ながらに面白かったのだと思う。

中学、高校は寄席と特に歌舞伎座には入りびたり。
様々な噺家の名人には接する事が出来て幸せだったと思う。

ところでこの羽織である。
羽織の紐が、羽織の紐独特のあの房の付いた重々しい物ではない。

着物の共切れで作った羽織の紐。
「お前 この羽織の紐 これもいいもんだねぇ 初めてだけど どこで見てきたの」って、
母が聞く。

今となっては誰だったのか知る由もないが、まだ羽織の紐が買えなかったのか、
前座さんは羽織を着るわけはないから、二つ目さんあたりか、高座でまくらを
うかがいながら、羽織の紐をとき、両手で羽織の袖をつまんですーっと肩から羽織を落とす。

実に型にはまった粋なものでありますが、その時目にしたのが、その羽織の紐。

着物の共切れで出来ていたのです。
その若々しさには、私にとってはまさに衝撃的な出来事でした。

それ以来着物を作るなら絶対にこの羽織の紐と。


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着物って不思議なものです。
二十歳の時の物が今でも着られるのです。

それは体重の変化にも限りなく適応してもくれます。

そして着物のたたみぐあい、これは芸術的といってもいいと思います。
すべて角型にたためてしまう。
たたんだ姿も美しく見える。

これも不思議なのは、母に一度しか教えてもらわなかった着物のたたみ方、
角帯の締め方、たった一回、教えてもらっただけなのに、いまだに忘れないのです。


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夏場の浴衣もいいものです。
以前豊島園に花火大会があると時などは着て行ったものでしたが、いまは花火もなくなり、
とんとご無沙汰が続いている。

どちらかと云えは圧倒的に着物を着るほうが多い。

ではどこに着て行くのと言われそうだが、行く所はただひとつ歌舞伎にいくとき。

今年の正月、国立劇場での初春興行の時も着物でした。
草履より下駄が好き。
でも、がたがた音がするから、今度は草履かとも。

最近は寄席からは、すっかり足が遠のいているが、若手もがんばっているのもいるみたい。

今度着物でも着て、また寄席に行ってみようかしら。

もぎりのおばさんが、
「あらっ 師匠 楽屋口はあっちあっち」って・・・・・・云われるわきゃあないか。


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2007年4月12日

所沢航空公園と航空発祥記念館

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野口橋

友人から紹介されていた所沢の航空発祥記念館。
わずかな時間を使って、4月10日、ジャイアントOCR1で行ってきました。

千川通りから井草4丁目で新青梅街道に入り、トラック ワゴン、乗用車がぶっ飛ばす中
それにも負けず、車道をつっ飛ばしって一路、野口橋まで。


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そこから北に向う16号線の府中街道を、くねくねと所沢経由で、
西武新宿線の航空公園駅へ。

その駅前の目の前から広がる航空公園。

さすがに広場には実物の飛行機が展示されていて、
たまには内部の見学も出来るみたいです。

ここまでの走行距離、約28キロ


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明治44年(1911) 4月5日早朝、高度10メートル、飛行距離800メートル。

飛行時間1分20秒。

これが日本航空史に残る輝かしい第一歩で、この所沢
この地での記録であります。

日本で最初の飛行場の誕生です。


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広大な面積を有する公園は芝生と森林に囲まれ、散策にウォーキングに、
またサイクリングも楽しめる多目的な明るい公園です。

その中心となるのが、この「所沢航空発祥記念館」で、大きな建物の中には
数多くの航空機、ヘリコプターの実機を展示しています。

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所狭しと置かれた飛行機。
天井から吊るされたヘリコプター。

実際に今まで使われていただけに、その傷のひとつひとつにも実感があります。


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ヒューズOH-6Jという名のヘリコプター。


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飛行機展示場は階段を上がって上からも見る事が出来ます。


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この小型飛行機は川崎KAL-2


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この記念館にはレストランもありまして、ランチバイキングをやっています。
平日は700円。土曜、日曜は800円。 いずれも大人料金。

明るい店内はほぼ満席。

品数も多く、私も利用しましたがなかなかのものでありました。

また、超大型スクリーンによる大型映像館もあり、この日はアニメを
上映していました。


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さて、今年も沢山の桜を見ました。
このブログでも、葛西臨海公園の、ちょつと早めの桜から、
哲学堂と新井薬師の綺麗なシダレザクラ。

極め付きの新宿御苑。先日の野川の桜と。

でもまだまだ桜は終っていません。

桜の真打はこれから登場です。

イチヨウ、カンザン、フゲンゾウ、ヨウキヒ、アズマニシキ、そしてキクザクラと。


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航空公園の中を自転車で軽快に走っていますと、あたりの雰囲気と
少々趣を異にする風景があらわれます。

桜こそ咲き乱れていますが、どことなく寂しげな風情。

この記念塔は我が国で最初の航空機による犠牲者をあらわしています。

「大正2年(1913) 3月28日。所沢飛行場を離陸した「プレリオ機」が、
青山錬兵場に着陸し、貴族院、衆議院の両議員に観覧と説明を行い、
その帰航の途中、所沢上空で突風に合い墜落。

二名の乗員が亡くなったそうです。

義損金によりこの記念塔を建てますが、その場所は移転をくり返して
昭和55年3月に現在のこの航空発祥の地に移設されたとのことです。

その像を見ましても、またまだ若い盛りの方のようでした。


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多摩湖自転車道

帰りはふたたび16号線に出て所沢の繁華街を通り、来る時に右折した
野口橋を曲がらずに、あとわずかの八坂駅に向います。

やはり新青梅街道は怖いです。
あの道を、また戻るかと思うと・・・・・

そうです、八坂からはお馴染みの、あの多摩湖自転車道を使って関前5丁目、
あとは千川上水の静かな道をたどれば練馬まで一直線です。

走行距離  54,13キロ


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2007年4月11日

荒玉水道道路から野川サイクリングコース

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都立、野川公園には2,3年ほど前に、2度ほど散歩で行った事があります。

自転車で出かけたのは今回が初めて。

大きな芝生広場の片隅にある売店の休憩所で、休んでいると、一人、二人と
数はそれ程多くはありませんが、それは、それは、カッコいいロードであったり、
かわいい小径車であったりの、サイクリスト達が、次々にこの売店に立ち寄って行きます。

その時、この近くには野川に沿って、素敵なサイクリングコースもあることを教わり、
それ以来、一度この野川サイクリングコースというのを走ってみたいと思ったものでした。

最近すっかり気に入っている荒玉水道道路を使って、ロードで野川に向ったのでした。


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高円寺陸橋下から水道道路で、約10キロ、あとわずかで多摩川ですが、その少し
手前にあるのがこの水道橋。

橋の脇にある、ソメイヨシノが、今年最後の花を飾って、とってもきれいでした。


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その水道橋を渡って、いよいよ野川サイクリングコース。
右岸を上流に進むと、わずかな距離で喜多見大橋。

その橋のたもとに「次大夫堀公園」の標識を目の前にして、たしか名前は聞いた事があると、
また近くのようなので、時間もあまり無いのですが、ほんの少々と思い、のぞいて見ました。

看板には「今から約400年前の江戸時代のはじめに、徳川家康の家臣、小泉次大夫吉次の
指揮監督によって、つくられた農業用水」とあります。

細長い園内には水路があり、花菖蒲なども栽培されているようです。
そして、往時を偲ぶ民家も復元され、これは民家園として一般開放されてもいます。

桜も多いのですが、なぜか訪れる人は少ないようでした。


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ご多分にもれず、この野川サイクリングコースも桜、さくら、サクラです。
それも樹形が美しい。

行き交うご近所の人々でしょうか。
何となくお上品な方々が多いように見受けられます。

やはり、土地柄でしょうか。


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対岸のサクラとロード。ジャイアントのOCR 1。

乗っていますよ。

それでも、みなさんと比べれば、もののかずではありませんが。
購入してから、2ヵ月半で、走行526キロですから。

ブログのなかには、凄い人がいますね。
湘南にお住まいのある方は、房総半島、一日で264,5キロの走破とは。


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初めて走る野川、とっても穏やかな、静かな流れの野川です。

橋の上で休んでいる時、犬の散歩をしている年輩の男性が、私のロードをつくづくと見て、
「ずいぶん凄い自転車 高いんだろうね」って。

なんとも言いようが無く、あいまいに、にっこりうなずくばかりの私。

「この野川ってね 源流がはっきりしない川なんだよ」とも、話されていた。


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今の季節はどこでもそうですが、河原、川岸には菜の花が一面に満開です。

サクラのピンク、菜の花の黄色、そして菜の花の黄緑色の葉。

この季節ならではのパステルカラーが展開しています。


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練馬から約25キロ走って野川公園に到着です。

柳の緑が絵のようにきれいです。

野川の流れも細くなり、春の小川の流れです。


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桜吹雪。

まさに桜吹雪の残影を思わせます。

桜ってどのくらい、人を楽しませるのでしょうか。

道ゆく人も申しわけなさそうに、花びらを汚さないように、そっと歩いていました。


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広い芝生にきちんと、一本づつ並んだ桜たち。

もっと右にも、左にも続いているのですが、この大きな広場の真ん中に、
なぜか一直線の桜並木。

この遊び心が面白いと思う。


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ロード。

ロードバイクはサドルの定位置を決めるのが難しいとよく聞きます。
たとえば、その時履いているシューズによっても、サドルの上下が変わってきます。

厚底のシューズを履けば、もっとサドルを高くする事が可能ですね。

最近買ったニューバランスのシューズは、かなり靴底が厚いのです。

ですから、ペダルを下げた時、足があまって、くの字形。
あと2センチはサドルを上げてもいいようです。

今、面倒なので、そのまま乗っていますが、なぜか、ハンドルよりサドルの方が
高いと、カッコよく見えますが、どうしてでしょうか。

不思議です。


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芝生広場の売店での休憩のひととき。

午後からは雨の予報でしたが、日中は何とかもったものの、やはり午後3時頃から
ほんの少しですが、ポツリポツリときました。

雷もなりはじめ、その響きはまるで寄席の追い出しの太鼓のよう、
その音と共に人影は、いっぺんに消えました。

あとは、また、静かな野川公園。


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2007年4月 4日

新宿御苑

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もう随分前から、やっています、私のサークル。

その名を 「小さなハイキング」 と、云います。

軽登山から始まり、街中歩き、旧所名跡、史跡、そして寺院めぐりと、
かなり広範囲に、皆さんとご一緒に足を延ばしています。


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数あるスケジュールの中でも、この4月は、なんと 「春の園遊会」 と、
大それた名の元に毎年、お花見会を開いています。

いろいろな所でやりましたが、この新宿御苑に場所を定着してから、
もう、かれこれ、6,7年にもなるでしょうか。

私も大して各地の桜を見ているわけではありませんが、都心にあって、
これだけ環境の良い、また色とりどりの桜が、数多く見られる所は、
そう多くは無いように思います。


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9万の人がお花見にここに来たという翌日のこと。

厚い雲にどんよりと覆われて、お花見にはあまり適した日ではありませんでしたが、
それでも、例年通り、賑やかに 「春の園遊会」 が、今年も無事に、
ここ「新宿御苑」で開かれたのでした。

新宿門から入って、芝生の広場を、イギリス庭園の方に進みますと、
まず目に入るのが、この高木。

30メートルはあろうかという大きな木です。

枝を切らないで、自然のままの樹形というものは本当にいいものですね。


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「新宿御苑」
開園が午前9時。閉園は午後4時。

当然夜桜見物はありません。

夜の宴会用の場所取りもなし。

そこのところが、何となく清潔に見えるのかもしれません。

入園料大人200円。


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ソメイヨシノが散り始めています。
歩いても歩いても、桜ばかり。そんな感じです。

下の池、中の池、上の池、他にも玉藻ヶ池などもあり、いずれの池の回りも
桜に取り囲まれて、夢のような風情です。

緑色の池に映る桜の影。
美しさのきわみでした。


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ウコンという桜。
花びらが黄緑色。

園内に点在していますが、温室の近くには数本まとまって見る事が出来ます。

桜の名前を覚えるのも一苦労ですが、この黄緑色の「ウコン」は、まず一度聞けば、
忘れられない、覚えやすい桜だと思います。


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ものの本によれば、この「新宿御苑」は、天正18年、(1590) に徳川家康が
江戸入城の折、甲州街道筋を警護させるために家臣、内藤大和守清成に
与えた別邸とのこと。

本宅は現在の新宿駅のあるところと言われています。

後に内藤新宿試験場と呼ばれ、果樹、花、製茶などの研究の場として使われ、
明治12年に宮内省に移され、「新宿植物御苑」と名前を変え、皇室用の果樹や稲が
栽培されたとあります。

園内には大きな温室がありますが、それは日本で最初に作られた温室だそうです。


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シダレザクラ。
数ある桜の中でも、とりわけ好きな桜が、このシダレザクラです。

色がやや濃いめなのも魅力を感じるのかもしれませんが、風にそよぐ細い枝、
その枝にまとわり付く様に、小ぶりの花びらの美しさ。

何かに寄りかかるように、しだれるように咲く姿。

その頼りなさ、危なげなさに可愛らしさを感じるのかもしれません。


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「新宿御苑」でも、一番高台に広がるのが、この「桜の園地」。
大半がソメイヨシノですが、芝生広場附近の風景とまた違った、落ち着いた
雰囲気を持ったところです。

敷物を敷いて宴会をする人も少なく、静かに桜を見ようとするなら、ここがお勧めです。


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その「桜の園地」から見た、園内の眺めです。
眼下には中の池が望め、緑の森の中に点在する桜の山。
その向うには高層ビル。

それで、今、都心の中にいることを、ふと思いださせます。

近くにあって最高の「新宿御苑」、四季を通じて訪れたい所です。

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