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2006年11月30日

特別展 仏像

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「特別展 仏像 一木にこめられた祈り」と、題して12月3日まで、東京 上野の
東京国立博物館の平成館で仏像展が開催されています。

奈良 平安仏から円空、木喰(もくじき)にいたるまで、公開されている百四十余の
仏像のうち国宝 ・ 重要文化財45体も含み、それは見事な展覧であります。

数ある名品の中でもひときわ心を引かれているのが、琵琶湖、湖畔にある渡岸寺(どがんじ)
観音堂所在の「向源寺」の、国宝 十一面観音菩薩立像であります。

像の高さ194センチ、平安時代 9世紀の作。

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特別展 仏像 カタログより

凛と立つそのふくよかな姿を、広い会場でひと目見たとき、ああ、 これが琵琶湖の北、
「湖北の観音」と云われる十一面観音かと、しばし呆然と見つめたものでした。

それはもう十数年も前に読んだ、井上靖氏の小説「星と祭」の中に重要な役割として、
この「湖北の観音」十一面観音が登場します。

古いことでその内容は正確には覚えていませんが、たしか東京に住む女子大生が、
滋賀県の 琵琶湖、湖畔を訪れた時、その土地のひとりの青年とめぐり合い、ふたりして
その大きな湖、琵琶湖にボートを漕ぎ出したのです。


これがその「星と祭」の冒頭のシーンであります。

その後、ボートの中で何があったのか、不幸にしてボートは転覆し二人は水死体で発見されます。


事件の後、双方の親達の心痛の果ては相手方へのいがみ合いと、憎しみに。

青年の方はたしか、年老いた父親一人だったと思いますが、男性側として相手の一人娘の
両親には、ひたすら詫びるばかり。

月日は過ぎて、季節は変わり苦しい気持を持ちながらも、いつしか東京から、
その親達は琵琶湖に訪ねるようになります。

2度、3度訪ねるうちにその湖畔のまわりには、多くの観音堂があることを知り、
そこに祀られている十一面観音に苦しい気持が引かれていくのです。

男性側をせめ続けていくうちに、知らず知らずのうちに、なぜか人を許す心が芽生えてくる。

それをはっきり意識する場面が私には今でも強く頭に残っているのです。

海とも思える大きな琵琶湖の湖上に、ある日、そこに祭られている数多くの観音様が
めくるめく様に、次から次と現れては消え、また現れる。

その主題となる観音菩薩がこの「向源寺」の国宝 十一面観音をもって現しております。

その慈悲のこころ、そして人を許すには強い心が必要です。

それを教えてくれたのが、この偉大な観音様として描かれたのが井上靖氏の
「星と祭」であります。

それを読んで以来、はたしてどんな仏像なのかと、思うばかりで十数年が過ぎましたが、
いま念願かなって門外不出とも云われている、この仏像を東京で拝見する事が出来ました。


本展はそれぞれに歴史を積み重ねてきた名品揃いですが、その中でも、
この十一面観音菩薩像は、気品と言いますか、白州正子さんではありませんが、
「湖北の風景の中で思いもかけず美しい観音に接した時は、ほんとうに仏に
まみえるという心地がした」(近江山河抄)と言わしめているとおりであります。

12月3日までこの東京にいて下さいます。


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特別展 仏像 カタログより

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2006年11月27日

1年前の病室で

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去年のちょうど今頃、虎の門病院から退院したところでした。

自分にはこれと言った事をした訳でもないのに、ごく自然に病気になるときにはなるものですね。

約3週間という結構永い入院生活。

築地の聖路加国際病院から特別に紹介されての虎の門病院での手術。

いったいどこを手術したかって ?

うーん、それだけは、ちょいと恥ずかしくて云えないなぁ。

ただ自転車のサドルのあたる部分の ・・・・・・・・

あれっ なんだか云ってしまったかな。

その時、ベットで寝ながら考えたのは、随分ながく乗ってきた好きな自転車も、
ついに、これで終りかなって思ったら・・・・・・・

虎の門の先生は優しかったな。

「ううーん そんな事はありません かならず乗れますよ 今に良くなって 
定期健診にも自転車できたりして」って、云ってくれたな。

落ち込んでいたあの頃、その言葉がどれほど頼りになったか、それははかり知れない。

             ・

おぼつかない足取りで、ベットから立ち上がり、5階の自分の病室から見える東京タワーを
毎晩のように写していた。

身投げをしないようにか、どこも窓ガラスは開かない。

カメラをガラスに押し付けるようにして、写しては見るものの、ふらつくばかりでどれもピンボケ。

そんななかの一枚が上の写真です。


自分にとっては、苦しかった思い出だけで、懐かしさはまったく無い。

それにしても、その時、ブログの方々から頂いた沢山の励ましのメッセージは
忘れられないことです。

あらためて感謝いたします。


今ではまだ多少の不都合はありますが、荒川にも、入間川にも無理をしなければ
行かれるまでになりました。

ありがたいことです。

そして今度はあの憧れのロードレーサーにと大胆なことを考えています ・・・・・・・・

大丈夫でしょうか。


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2006年11月25日

サイクルウェア

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3年ほど前までは自転車に乗る時、そのウェアは山登りに着ていくものであったり、
いつものジョギング用の「チャンピオン」の上下のトレーニングウェアで走ったりしていました。

その後、街中から少し郊外に出てみたりして、次第に自転車も距離を延ばし始めて、
ついには荒川サイクリングコースなどを走行するようになってからは、同じ走る仲間の
ウェアなどに目が行くようになり、これは私も、もうすこし何かを考えなくてはと思うように
なったのです。

上の写真のものは、2年前に購入した、「モンベル」のサイクルジャケット。

ナイロンとポリエステル製で、少し厚手ですが、見た目よりは軽く、それでいて風は
ほとんど通さず、真冬でもアウターとして充分に通用するすぐれものといえます。

生地もストレッチ素材で着ていても、どのように動いても、どこもつれることが無い
大変に着易いウェアです。

しかし、それにしても、「モンベル」全体に、これは言えることですが、いい値段ですね。

このジャケット17800円でした。


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「Gill」のサイクルジャージ。

「サイクルベースあさひ」の通販で購入した物ですが、そのコメントにあるとおり本当に
着やすいジャージです。

「Gill」は英国の歴史あるスポーツウェアメーカーと言われていますが、その縫製の丁寧さと
着心地の良さはさすがであります。

出来ればサイクルウェアを全部このメーカーで揃えたいと思うくらいですが、バーゲンででも
ないと結構普段の値段は高価ですね。

それにしても地味な色を買ったものです。


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「ルイガノ」のサイクルジャージ。

これも「ルイガノ」の通販で買った物です。

カナダの大手スポーツウェアのメーカーですが、また今ではデザインの良さと、
色使いの良さでも定評がある自転車のメーカーでもありますね。

ウェアにしてもその色合いの良さとスタイルは、ほかのメーカーと比べても、
かなり良いのではないかと思います。

バーゲンもよくやるメーカーでもありますので、その買い時のタイミングも重要です。(笑)


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池袋の「チャリー」で見つけたもので、「ULTIMA」というメーカーの製品です。

添付された英文の説明では、サイクルウェアのメーカーのようで、この他にも、
パンツ、ジャージ、アウターとさまざまな種類が作られているようです。

ポリエステル100%、かなり細身に出来ています。

これからのシーズンではサイクルジャージの半袖をこの上に着るのもいいかもしれません。

なんと値段は1000円でした。


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池袋西武で昨年買った、この黒の半袖シャツは「ナイキ」のものです。

自転車用のウェアではないのですが、これが何とも利用価値がありました。

襟は3センチほどのスタンドカラーで、サイクルジャケットを着た時でも、襟元は
このシャツの方が高いので、ジャケットの襟が汚れにくい、また材質はポリエステルで
暖かみもありこれは重宝しています。

サイクルウェアではないだけに、丈は、特に腰回りは長くなっていないので、乗車中に
どうかなと思いましたが、身長161センチ、体重54キロの私にはその心配は皆無でした。


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「ユニクロ」から発売されている黒の細身のシャツ、タグには「JUSTFIT」とあります。

綿75%、ポリウレタン25%で着た具合はソフトです。

今までは「ユニクロ」製品はまず買った事がありませんでしたが、先日、池袋東武百貨店
7階を歩いていた時、たまたまその売り場を通りかかり、丁度バーゲンをやっていたのでしょう、
ものすごい人です。

それに思わず釣られて、並んで買ったのがこれ、2枚で980円です。

でもこれが具合がいいのです。

ポリエステル100%と違って綿とポリウレタン、非常に暖かいのでこれからの寒い時期の
インナーには、これは良さそうです。


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「ルイガノ」のグローブ。

この夏から今まで随分お世話になりました。

この指の出ているのはこれが初めてでしたが、使いやすいものですね。

このグローブをしたままで、ほとんどの細かい事までできました。

小銭を取り出すのも、デジタルカメラを使うにも、このグローブをしたまま、それにしても
そろそろ冬用のグローブもまた買わなくてはと思っています。


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キャップはウェアとは云えませんが、いつも身に着けているお気に入りのキャップをご紹介します。

「ラコステ」のもので、ウール50%、アクリル50%で薄手で軽いのですが、とても暖かいのです。

普段でも外出の際にはこのキャップが好きで、黒と紺を交互にかぶって出かけたりして、
また自転車の場合でもBD-1に乗るときとか、クロスバイクなんかでも近距離の時などは
このキャップだけのことが多いです。

冬に向ってはこの上からヘルメットをつければまず完璧といえます。

値段はひとつ5000円です。


只今、ロードレーサーを検討中ですが、そうなればサイクルウェアも、もう少し垢抜けたもの
になるかもしれません。(笑)


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2006年11月21日

ルキーノ ヴスコンテイの世界

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ルキーノ  ヴスコンテイ。

1906年、ミラノの名門貴族として生まれ、幼少の頃から音楽にまた演劇に囲まれて成長し、
青年期にその才能が花開き、類まれな美的感覚を持って活躍し、亡くなる1976年まで、
数々の名作といわれる映画、演劇を世に贈ってきた方であります。

そのヴスコンテイの生誕100年を記念して、今晩から2週間にわたって始まるNHK衛星放送
第二が楽しみです。

初日の今日は「夏の嵐」

19世紀のヴェニス、イタリア対オーストリア戦の激しさを増す中で、若き青年将校と貞淑な
人妻の出会いと悲劇の別離を描く超大作。

製作は1954年、主演 アリダ ヴァリ フアーリー グレンジャー


2日目 「白夜」

ロシアの文豪ドストエフスキーの小説の映画化。

イタリア港町で美しい娘と出合った青年、彼女は結婚の約束はしたものの。。。。。。
波乱万丈の物語が・・・・・・・

製作は1957年 主演 マルチェロ マストロヤンニ マリア シェル


3日目 「ルート ウィヒ」

本編はドイツの三部作「地獄に堕ちた勇者ども」「ベニスに死す」の終幕を飾るものといわれています。

バイエルン国王二世の栄光と悲劇的な生涯を描いた上映時間4時間を越える超大作。

製作は1973年 主演 ヘルムート バーガー ロミー シュナイダー


4日目 「若者のすべて」

ミラノの長兄を頼って南部からやってきた兄弟たちの生き様を描くヴィスコンテイのロマン大作。

アランドロンの出世作とも云われる作品。

製作は1960年 主演 アランドロン レナート サルヴァトーリ クラウディア カルディナーレ


5日目 「ベニスに死す」

純粋な美の具現とも思えるような美少年に魅入られた芸術家の苦悶と恍惚を描いた名作中の名作。

明け始めたヴェニスの港に入る蒸気船、始終静かに流れるマーラーの交響曲第5番の第3楽章の
メロディが、この映画の開幕とそして待っている悲劇の始まりと・・・・・

私はこの映画では、何度映画館に通ったことか。その度にスクリーンに幕が下りるとき全員が
拍手をしたものでした。

製作は1971年 主演 ダーク ポガード ビヨルン アンドレセン シルバーァナ マンガーノ


6日目 「郵便配達は二度ベルを鳴らす」

原作はジェームス ケイン 原題は「妄執」

一回りも違う夫との退屈な日々を送る妻の前に現れた流れ者との生身の欲望の愛憎劇。

ヴィスコンテイの映画処女作であります。

製作は1943年 主演 クララ カラマイ マッシモ ジロッティ


7日目「熊座の淡き星影」

ギリシャ悲劇の「エレクトラ」をモチーフにした「熊座の淡き星影」

姉弟の禁断の愛を描いたこの作品はヴィスコンテイの中でも特異な傑作とされ、
第26回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞しています。

製作は1955年 主演 クラウディア カルデナーレ ジャン ソレル

イタリア最後の巨匠と言われます、絢爛と美と官能の創造者ルキーノ ヴィスコンテイの
生誕100年祭に当たって放映される名作の数々を、今ここにあらためて観賞したいと思っています。

ご紹介した作品はほとんど見ていますが、何度見ても、くり返し見てもその感動は
変わるところがありません。

今回の放映に外れた作品の中では「山猫」「地獄に堕ちた勇者ども」「家族の肖像」
「イノセント」「ベリッシマ」
等々も名作揃いです。

いずれこれ等の作品も放映してもらいたいものです。

時間がありましたらどうぞご覧いただきたいものです。


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2006年11月16日

菊の盆栽 いま花盛り

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91歳になられた植木屋さんから、お借りしている菊の盆栽が、いま満開を迎えています。

10月27日のこと、突然我が家にやって来られて「この菊の盆栽を見せてやるよ」って、
自転車の後ろの荷台にくくりつけられた、この菊の鉢を持ってきてくれたのです。

その時はまだ開いている花は数えるほどでした。

「菊はね つぼみでも いいものだよ 他の花ではこうはいかない」と、少々自慢げも
含めた笑顔を見せて置いていかれたのです。


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このブログの11月27日にも、その時の様子を記事にしていますが、その時は、
はたしてこれからどう咲いていくのか、2年掛かりで丹精込めたものを枯らしては
いけないと、それは、それは気を使ったものでした。

日中はよく日に当てて、水は絶やさず、とにかく無事に花を咲かす事が肝心と、
そして無事にお返しすることと。


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つぼみから花が開く様子を植物好きの人達は、花が芸をするという事をよく言います。

花が芸をする、実に綺麗な言葉だと思いますが、その言葉にもっともふさわしいのは、
花しょうぶに対してではないでしょうか。

立ち上がったつぼみの先端に色が上り、日の光と共に四方の花びらが、静かに
ゆるみ始め、それが花弁の重さもあって滑らかに垂れ下がる。

その有様はまさに芸をしているにふさわしい表現だと思います。

その繊細さは菊には少し欠けますが、菊には菊の力強さ、たくましさも大きな
魅力でもあります。


さて、この鉢をいつお返ししょうか、これも考えるところです。

盛りも過ぎて無残な姿になり、こうなりましたでは、あまりにも無粋でもあるし、
早ければ早いで、何だか面倒がっているようでもあるし、ちょつとした、
この返すタイミングも、また難しいものです。

お借りしたお礼の品物としての、「虎屋の羊羹」も、すでに買ってあるのですが ・・・・・・

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2006年11月13日

午後の散策 和田掘公園

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今日は珍しくぽっかりと自分の自由な時間ができた。

しばらく前からの腰痛もあまりはっきりせず、相変らず鈍い痛みも続いている。

雑用ばかりで、しばらく自転車にも乗っていないのも、どうも関係しているようにも思えて、
昨夜チェーンに油を差したり、手入れをしておいたBD-1を外に出し、先日も行ったばかり
ではあるが、手頃な和田掘公園まで走ってみた。


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環七は高円寺を過ぎて立正佼成会近くを流れる善福寺川を上流に進む。

サイクルメーターを帰ってから見ると、走行距離が、25.55キロを指しているから、
おおよそ和田掘公園まで、自宅から片道13キロ程あるようだ。


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東京の紅葉の最盛期は自分の手帳にも毎年書いているが、12月3日頃になっている。

表参道のあのケヤキ並木を基準にしているが、勿論神宮外苑のイチョウ並木は
それよりも、もう少し早い。

今日行った和田掘公園は、私のこの記録から見れば当然紅葉にはまだ早いわけだ。


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桜の木の紅葉も綺麗なものだが、今年はどういうわけか、あまり赤くならないうちに
葉が落ちてしまっている。

この公園にも桜の頃はさぞかしと思えるほどの木の数だが、今日のところでは
葉も落ちて、早くも初冬の様相すら感じさせる。


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ここ和田彫公園の池にも四季を通じて環境の良さか、さまざまな鳥が渡ってくるようだ。

冬鳥のオナガガモを、この池で、また善福寺川で数羽づつを見た。

真冬になればどこでも当たり前に見られるオナガガモであるが、このシーズンの
初めての確認と言うと、ほんの少しではあるが見方が違うから面白いものだ。

全身が黒で口ばしが赤と黄色の水鳥のバンもいた。

今日は見ることは出来なかったが、カワセミもいるようだ。

数人の野鳥ファンが、あきらめて帰るところを、私は自転車で通り抜けた。


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BD-1カプレオも我が家に来てから、来月で3年になる。

走行距離はおおよそではあるが、4000キロにはなっていると思う。

渋谷の東急ハンズのサイクル売り場の一番高い台に、たった一台飾られていた
このグリーンのカプレオ。

なにが何でも欲しかったBD-1を、ついに自分の物にしたのが、3年前の12月25日のこと。

今でも、この自転車は神様からのクリスマスプレゼントだと思っている。


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11月の中旬ともなると、自転車に乗る場合、なにを着れば良いのか考えてしまう事がある。

日中も日が差せば夏場とそう変わらなくてもいいかもしれないが、午後の3時も過ぎれは
風の冷たさが、身にこたえてくる。

今日の私の格好は素肌にトックリ型の薄手の長袖サイクルウェア、その上に
ルイガノの半袖サイクルジャージ、そしてモンベルのサイクルジャケット。

下はパールイズミのインナーパンツにモンベルの長めのサイクルパンツ。

この季節はこれでいいが、真冬になっても、もうこれ以上は着られまい。


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和田掘公園を後にするとき、ひとりの青年が私の前を横切った。

鮮やかなオレンジのジャケット、白地のパンツ、綺麗なブルーのマウンテンバイク。

若者は、立ち漕ぎをしたまま、しばらく自転車を走らせる、そのカッコいい走り方に目がとまる。

善福寺川サイクリングコースを前後しながら、お互いに進んでいくうちに、その青年は
時々止まっては、あたりの風景を写真に撮る。

この夕焼けの写真も、この青年が写していたものだから、そういえば、これも素敵な
アングルだなと、私も振り返って同じように写してみたものです。

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2006年11月10日

秋の会津 ツアー旅行

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先月、10月中旬の事でありますが、雑用も多く時間も無いのに、仲間に誘われるままに
福島は会津地方にツアーによるこれぞ観光旅行といわれる旅行をしてきました。

バスは東北自動車道をひたすら走り、磐梯熱海からは49号線、越後街道を通って猪苗代湖。

磐梯山を回り込むようにしてバスは進むと、桧原湖に近い、ここ五色沼に、ようやくの事で
到着です。

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その五色沼の中でも一番大きいのが、この毘沙門沼で、そこを通して向うに見えるのが
磐梯山です。

山好きでありましたが、この磐梯山には登らずじまいでした。

あまりにも観光地化されていて、今さら登るのも気恥ずかしいと言う思いも、
その当時あったのでしょう。

その隣には、これも名の知れた安達太良山があります。

こちらの方は土湯から登りはじめ、蓑輪山を越えて安達太良山頂に、そして下りは
岳温泉で、山仲間とひと風呂浴びて帰ったものでした。

それにしても随分昔のことになりました。


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山あいの林に点在する湖沼、その数は約40とも云われ、その総称として
五色沼といわれています。

エメラルドグリーン、コバルトブルー、赤沼、みどろぬま、るりぬま、青沼など色の
違いによって名前が付けられているようです。

探勝路沿いにある10数ヶ所の沼をめぐる、約3キロのコースが、この裏磐梯の
観光名所といわれる所であります。


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名湯としても広く知られる「東山温泉」に宿泊し、その翌日は下野(しもつけ)街道を
南下して、大内ダムを右に見るようになりますと、まもなくでお目当ての大内宿につきます。

大内宿、話には聞いていましたが、来た事はありませんでした。

まさに観光地めぐりの雰囲気になってきました。


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道すじの案内板によれば、大内宿は会津若松と日光、今市を結ぶ南山通り
(会津西街道)の宿駅のひとつでありまして、また、それに面するこの道は、
会津藩が江戸時代初期に江戸と会津とを結ぶための幹線道路でもあったようです。

米などの物資の輸送でこの地は栄え、会津藩主も参勤交代の際にも、
この道を利用するなど重要な街道であったそうです。

主屋の多くは江戸時代後期から明治にかけて建築されたもので、今もなお
往時の姿をよく残していると、案内板には記されています。


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大内宿が宿駅として整えられたのは17世紀中頃のこととか。

この本陣、脇本陣が置かれた現在の保有地区は旧街道に沿って、旧宿場を中心にして
南北約500メートル、東西約200メートルの範囲であります。


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建物の本体はかなり古いと見えますが、外観はどの家も新しい建材によって
見た目にもかなり綺麗になっています。

軒を連ねたお土産屋が、それぞれに店を飾っていますが、大体売っているものは
どこも同じように見えました。

取り立てて欲しい様な物も私にはありませんでした。


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バスは下野街道をさらに南に下り、会津鉄道に沿って走り、ゆのかみ温泉駅を
過ぎて、まもなくで「塔のへつり」に到着します。

ここも話には聞いていましたが、それにしても「塔のへつり」とは何だろうと
前から思っていました。

「塔」これは岩肌が、丁度塔のように見えるからでしょう。

「へつり」とは、この地方の方言で、危険な崖という意味だそうです。


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ここは大川羽鳥県立公園に入っています。

大川ラインの一番の景勝地ともいわれ、また百万年以上とも伝われる歳月を
へて侵食と風化のくり返しで、このような景観が出来たようです。

全部で16個ぐらいあるそうですが、それぞれの塔に名前がついているそうです。

その名は判りませんでしたが、地元の人々にとっては、よそ者にはわからない
親しみを持つて、守られているのでしょう。


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さて、ツアー旅行って、とりあえずは楽ですね。

乗り物、食事、ホテル、観光、等々がすべてセットされていて、ただ乗っていれば
次々に目の前に希望したものが用意されている。

こんなに楽な事はありません。

でもこんなに安易なことでいいのかなと、いつも旅行の帰りのバスの中で思うのです。


旅行、英語で言えばトラベル。

トラベルの本来の意味は苦労とか、苦労するの意味だそうです。

旅をすることは大変なことなんだと、命がけなんだと、このトラベルの
言葉の中に表されているわけです。

そして今、このトラベルにふさわしいものは、何だろうかと考えた時、それは
自転車による旅ではないかと、ふと思ったのです。

自分の足で、どこまでも走り続ける。

行動中は自分の体力だけが頼りで、少しの不注意も許されない、常に周囲を見回し、
常に緊張の連続です。

それだけに目指す目的地に着いたとき、お仕着せではない、本当の面白さ、
楽しさ、嬉しさが、味わえるのかもしれません。

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2006年11月 4日

私にとってのナイトラン

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城北中央公園

自転車に乗っていましても、夜はよほどの事がない限り自転車には乗りません。

しいて言えば我が家から、約4キロほど離れた所にある、都立城北中央公園で、
ジョギングをするために、やむおえず夜間に走るぐらいです。

そこに行くための、その足として自転車を使うわけで、向うについてから公園内を
自転車でぐるぐる乗り回すような事もほとんどしません。

練馬区と板橋区の間に位置する、大きな城北中央公園内には、野球場はもとより、
一周400メートルの素敵なトラックがありまして、私はもう20年近くにわたって、
ここでジョギングをしています。

といってもきちんと定期的に走っているわけでもありません。

主に体調がすぐれない時とか、具合の悪い時に走り込むという変則的な走り方です。

以前、俗に言う四十肩と言うのでしょうか、40才半ばの頃、何年にもわたって、
首筋から右手にかけて、又、頭半分が鈍い痛みに襲われて、それは
大変に苦労した事があります。

あちらの病院、こちらの医院と何軒訪ねたか、数え切れないほどの病院めぐりを
したものでした。

そんなある日、ふと思い立ったのが高校時代からやっていたジョギングです。

球技はまつたく苦手な私ですが、走るのは自分で言うのも可笑しいですが早い方で、
100メートルを12秒から13秒で、それを常にマークしていて、高校の先生から
褒められたものでした。

そんな具合の悪い時、ある日、長い間忘れていたジョギングを思い出したのです。

少しずつ走りを思い出しながら、また改善のみられない病院はほどほどにして、
あちこちのジムに、またトラックを探しては走ったものでした。

しばらく走るうちに、思惑通り体の痛みも軽くなり、薬の使用回数もめっきり減っていきます。

それからは肩が重いとき、風邪によるのか腰の痛みを感じる時、そのほか具合の
良くない時は決まって、城北公園で走るようになったのです。

そして、今また、ここにきて、今度はややひどい腰痛を感じて、ふたたび一週間ほど
前から静かに走りこんでいます。

運動不足 ?  自転車には結構乗っているので運動不足とも思えないのですが。

ところで、この自転車によって体の具合が良くなったという事は残念ながらあまり
感じないのです。

かえって今までに転倒したり、スリップしたり、輪行でぎっくり腰になったりと、
さまざまな大小の怪我をしたことばかりは覚えています。

そして、その怪我や捻挫などは、最後には結局いつものジョギングで治しているのです。

こうなると自転車って体に良いのか、悪いのか何だか分からなくなるときがあります。


私の場合は少なくとも快適に自転車に乗るために、また、いつまでも自転車に
乗りたいために、ジョギングを大事にしている、裏を返せばジョギングあっての
自転車のように思えてなりません。

自宅から城北中央公園まで往復約8キロのナイトラン。


ナイトランにもいろいろあるようです。


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2006年11月 2日

91歳 男の美学

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小菊の盆栽が今、我が家に来ています。

お近くに住む植木屋さんが、せっかく丹精込めて作られた、この小菊の盆栽を
私に貸してくれているのです。

たしか今年91歳になったとか前に聞いた事があります、この植木屋さんは、
いまだに現役中です。

いつでも穏やかな性質の方で、永いお付き合いになりますが、いまだに、この人の
怒ったところを見た事がありません。

にこにこした笑顔の中には、それは、すべてを知った、すべてをわきまえた自分に
対する自信のようなものを感じさせる方であります。


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その小菊の花は目いっぱいに開いたとしても、わずか1センチ5ミリほどの小ささ。

それにしても葉をここまで小さく作る事、一斉に花を開かそうという複雑な技術。

どうしたらこうなるのか、どうしたら出来るのか、聞こうと思いましたが、所詮、
私にはそれを知ったとしても出来るものではないし、やろうとも思わないので、
ここはひとつ、ただ黙ってこの綺麗なつくりを楽しませてもらっています。


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正面から見ますと太い大木が左右に大きく枝を伸ばし、そして、その枝にはこれから
満開になろうという菊の群落を思わせていますが、実はよく見れば、その大木と小菊は
別物で、大木と思わせる物は、河原などで目にする面白い形の流木を使っています。

そこに挿し木をしてから2年目になるという小菊の苗を、その大木である流木に
密着させているのです。


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近くで見ますとその様子が、よくお分かりになるかと思います。

それにしても樹上から垂れ下がる小菊の細い根の自然さと美しさ。

全体のバランスの良さと、30センチあまりの鉢に張りつめた緑のこけの盆栽の不思議な世界。

これこそが、91歳の植木職人の、一世一代の男の美学だと私は思うのです。


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樹形の高さは45センチ。

野鳥の観察の時に鳥の数を調べる時に使うカウンターで、チャカチャカと花とつぼみの
数を数えてみたら、なんと607個ありました。

元になる小菊の苗は1本です。

1本の苗から607個の花、そしてこれから咲くであろうつぼみの数々。

ふたたび、盆栽の不思議な世界を今、私は見続けています。


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