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2006年7月26日

トントン大工とパンクの話

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自転車サイトの方々の、ブログなどを拝見していますと、そのツーリング中にも、
よくパンクされたと書かれております。

それも一日の行程のなかで、二度も、また三度もパンクに見舞われたこともあるとあります。

それを目にする度に、なぜそんなにパンクをするの、って、不思議に思ってしまう私であります。

それは走る距離が違うといえば違うのかもしれないし、また、そのスピードが桁違いなのかも
しれないが、それにしても、パンクが多いなぁと、どうしても思ってしまう。

たしかに私はそれ程走っているわけではないが、それにしても、今のクロスバイクの
プジョーが来てから、11年、その間のパンクが二度あります。

いずれも購入直後で、一度は走行中に、もう一度は、池袋の芸術劇場の近くの歩道に駐輪して、
用事を足して戻ってくると、真新しいピカピカの画鋲が後輪に打ち込まれていてのバンクです。

(実は池袋駅近辺は特に注意が必要だそうです)

その二回のパンクだけで、その後の9年あまり、パンクの経験がありません。

BD-1は我が家にやってきてから、2年8ケ月、走行距離約2800キロになりますが、
勿論一度もパンクなしです。

昔、自転車に乗り始めた頃、先輩に言われたことは、建築現場の前を通るときは、
出来るだけ離れて走れ、もしくは別の道を通って、そういう所は通らないようにと。

それは、以前、俗に言う、トントン大工といわれる大工さんがいたもので、腕よりも、
技よりも、何しろ何処もかしこも、釘を打ちつけて、やたらに叩いて合わせて、
家を建ててしまう大工さん、それがトントン大工ですが、大量に打ちそこなった釘が、
辺りに飛び散り、それが、道路にまで散乱してしまう騒ぎが実際にあったものです。

それで家を建てている所は、釘には充分に気をつけろよ、と云われたものです。

今は多くがプレハブ系の家ですから、外周りにしても釘は、ほとんど使わないので、
釘によるパンクは街中では激減したのだと思います。

それでもサイクリストの中には相変らずパンクで苦労している人が案外多いとか。

不思議だなぁ、どうしてなの ? って云う思いであります。


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2006年7月23日

日大豊山 正則学園に敗れる

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やっぱり難しかった正則学園戦。

この試合こそ日大豊山にとって、正念場と予想していたが、また、さすがに連戦コールド勝ちを
してきた両校だけに、良い試合内容ではあったが、上の掲示板の通り、7対4で、本当に
残念ながら日大豊山、敗れました。

さすがに正則学園は強いです。

一歩も二歩も上でした。

日大豊山、投手はエースの桑野靖也君をたて、捕手は西川辰也君のバッテリーで、
前半では2年生の安達宇宙君のホームラン、福島君の二塁打などで、3点を取り、
4回の表の時点では一時、3対1で勝ち越していたのだが、その4回の裏に、
正則学園に3点を取られ、5回には双方1点ずつの得点を取り、接戦が続くが、
しかし、6回には正則学園は2点を加え、7対4に日大豊山は、引き離されて、
そして、8回、9回は、ともに点が入らず、そのまま試合終了となったのでした。

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東 東京大会だけで、144チーム、146校。

西 東京大会が、118校。その頂点に立つのは、それぞれ一校づつ。

たった一校、これは大変なことだ。

こうなると実力だけの問題ではないようにも思う。

対戦相手のめぐり合わせもあるだろうし、毎年何人かが入れ替わる選手にもあるだろうし、
またその日その日の体調もあるだろうと思う。

今年のように今までに経験がないほどの天候不順での不安な日々。

運、不運という言葉はあまり好きではないが、その言葉を使わざるを得ないほど、
うまくいかない時もある。

いずれにしても、煎じ詰めれば(古い言葉だが)、日々の誠実さ、日々の真面目さ、
日々の謙虚さ、これが大切。

そして日々の努力の上での、今日の日大豊山の試合であったら、これに勝る勝利はないと思う。

そして、今年が最後の3年生、桑野君、西川辰也君と西川和宏君、福島君、新井君、
北野君、星野君、篠原君、石沢君、五百川君、長田君、長い間、お疲れ様でした。

また、それぞれの道でがんばって下さい。

今日で、日大豊山の一足早い暑い夏は終わりました。

新たな選手の誕生もまた楽しみです。

沢山のアクセス、応援、本当に有難うございました。

写真の小旗は2000年、夏の甲子園で、帰りに急いで買ったものです。
学校の応援バスでの楽しい行き帰り、とっても懐かしいです。

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2006年7月21日

日大豊山 正則学園戦は23日へ

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昨年の神宮球場にて

梅雨前線が再び活発化し、全国的に大雨が今日も続いている。

当然ながら、また、各地区の試合が順延となった。

昨日の段階では、日大豊山対正則学園戦は、明日(22日) に組まれていたが、
この雨で、一日遅れて、23日の 日曜日になった。

午後12時30分 試合開始 神宮第二球場である。


そして、その試合が、幸いなことに日大豊山のものになったときは、25日(火)に、
都小岩対目黒学院の勝者との対戦で、午前10時試合開始 これも神宮第二球場で
行われることになっている。


スケジュール全体にも、変動があり決勝戦も、7月30日(日) の予定から、31日(月)に、
変更された。

さて、肝心の天気はと見れば、東京地方、22日(土)は曇り、23日(日) は曇りから雨、
24日(月)は、曇り時々雨と、相変らずはっきりしない天気が続きそうだ。

でも明日、あさっては何とかなりそう。

本当に、大きな山場を迎えた日大豊山、この正則学園戦こそ、大勝負だ。

ここは日大豊山の応援団のTシャツにあるように

和のこころ こころひとつに  がんばろう !!

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2006年7月20日

日大豊山 三回戦 勝利 !!

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今にも雨が降りだしそうな、今日の天気のなか、我が母校、日大豊山対朋優学院との
三回戦が、江戸川区球場で、午後1時42分から行われた。

ご覧のように7対0で、日大豊山が快勝した。

投手はエースの桑野靖也君ではなく、先発は2年生の野本恭平君、そして途中からは、
同じく2年生の佐野良樹君が継投して、また、捕手は3年生西川辰也君のバッテリーで
頑張り、相手の朋優学院に、まったく点をゆるさず、7回コールドで勝敗を決めた。

日大豊山の打撃の方では、左翼の2年生丸山晃平君が二塁打を放ち、チーム全体の
まとまりが投打共に安定していると言ってもいいと思う。

今日の試合で感じるのは投手を思い切って替えてきたということ。

これは、今まで福島監督さんは、エースひとりを連投させる傾向が、どうみても
多いように思えていた。

そこを今日は思い切って、それも2年生を二人を投入してきたことは、これからの
試合運びに明るい感じがする。


昨年の夏の東京大会、麻生投手の連投につぐ連投で、上がってはきたが、
準決勝の世田谷学園戦では、麻生投手が頭部に打球が当たりながらも、
なか一日おいて国士舘との決勝戦に再び登場したのには驚いた。

そして力投したものの、明らかに球場で観戦していても、その疲れは見え見えで、
結局10対3で国士舘に破れ準優勝になった。

その時、なんとしても麻生君を援護するためにももう少し、投手の層を厚くする
必要があるように思ったものだ。

2年生が活躍する力が出てきた今年の日大豊山は面白そうです。

それぞれに投手を適材適所に使えることによって、今後の試合の動きに期待されます。


さて、次の対戦相手は、いよいよ正則学園です。

7月22日 (土) 神宮第二球場  午後12時30分 試合開始です。


いつもの力で いつもの気持で勝って行こう  我らが日大豊山  ガンバレ !!


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2006年7月19日

またもや日大豊山 朋優学院戦順延

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昨日に続いて、また、この雨で残念ながら再び順延となった。

明日 (20日) 江戸川球場、午後2時試合開始の予定が先ほど、
高校野球連盟から発表された。

私も高校野球を、まあ日大豊山を中心にではあるが、永いこと見続けてきたが、
今年ほど雨にたたられた試合運びは、ここ数年では記憶にないくらいだ。
それ程今年の気象の変化が激しいというべきなのか。

「アサヒ・コム」 のニュースを見ると、この梅雨前線による豪雨が、今日は
全国的に広まり、特にあの自転車レースでお馴染みの長野県王滝村で、
降りはじめてから、616ミリに雨量が達しているという。

日本海側も激しい雨で石川県白山市白峰でも501ミリと報じている。

関東とりわけ東京では想像も出来ないほどの雨の降り方だ。

だから東京は災害がなくていい、なんて云ってはいられない。長野県では
天竜川が一部決壊して、約7000人が避難しているという。

この豪雨ですでに、3人が亡くなり、16人が行方不明との報告で、これ以上の
被害のないことを、祈るばかりであります。

そして、すこしでも早く安定した、いつもの天候にもどり、晴天の下で、
正々堂々と、すがすがしいファインプレーの続く高校野球を見たいものです。

まずは、万全の体制で、さわやかに日大豊山らしい試合を期待します。

   ファイト ファイト 日大豊山 !!

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2006年7月18日

日大豊山 朋優学院戦 雨で順延

今日行われる予定だった、江戸川区球場、午後12時30分開始の、日大豊山対
朋優学院戦が、このところの雨続きに、今日も見舞われ、明日 (19日) に順延となった。

また、今日ならば応援に行けると楽しみにしていたのだが、誠に残念な気分です。

よく、雨で中止になると、さて、この雨で、どちらが有利になるか、などと取りざたされるが、
この二高の場合、どちらも同じ日の14日に、それも同じ神宮第二球場で、
試合があったばかり、まったく同じ状態である。

ただ若い選手たちだけに、試合日に向けてすべてを調整し、気持をその日に
集中させてきただけに、今朝になっての突然の中止の知らせには少なからず
動揺も、あったか・・・・ いや、逆に若いだけに、それはないかな・・・・。

ところで明日の天気を、パソコンで見ると、なんと明日も雨の予報。

20日以降は曇り時々雨、来週の月曜の24日まで、それが続きそうだ。


そうなると、選手の気持の持ち方が、ここは勝負どころかもしれない。

日大豊山の選手たちの柔軟な心と、強い精神力を なんとしても、ここは期待したいものです。

夢を現実に 悔いのない努力をしよう がんばれ 日大豊山 !!

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2006年7月16日

「BE-PAL」 創刊 25周年

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私の家の近くの本屋さんに、今度「ビーパル」という雑誌が小学館から発行されるから、
毎月家に届けてくれるように、お願いしに行った

そこの本屋の店主は 「なんだって ビーパルだって ? 」って、不思議そうな顔をしている。

「そう ビーパルなの」

「ピーパルってさぁ なに ? 」

「ビーパルって云う雑誌なの」

「ふーん だからさぁ ビーパルって なんなの ? }

「だからさぁ 云ってるじゃない ビーパルって云う雑誌さ」

「わかんねえなぁ ビーパル ビーパルって云ってるが どういう意味だって 
聞いてるんだよっ !! 」

「 ? 」

「なんだい 自分だって知らないんだろ」

「しらない」

「ほらみろ ビーパルだなんて 偉そうに云っているが そんな言葉があるわけないだろう」

「だけどあるんだょ 今度新しい雑誌が出るんだよ アウトドアーの !! 」

「またまた アウトドアーなんて云っちゃってよ それを云うなら野外活動だろっ !! 」

確かにその頃、25年前には、アウトドアーなんていう言葉は、まだ一般的ではなく、
ごく一部の山やさんなどが、粋がって云ってたものでした。

「BE-PAL」 が、創刊されて、この7月で25年になりました。

本当にその当時、本屋さんに頼むのに、この 「BE-PAL」 の説明をするのに苦労したものでした。

それも今では、夢のように遠い、遠い昔の事になりました。

昔からのごく親しい付き合いでもある、私より年上の、その本屋の主人も、それ以来、
毎月 「BE-PAL」 を届けてくれて、あきもせず、25年が過ぎました。

その時、若く見えたその人も、今ではすっかり白髪の方が多くなり、結構いい年になりました。

また、受取るほうの私も同じように、25年が過ぎているのです。

何と言ったって、25年といえばやっぱり長いです。

なにしろ、100年の4分のⅠではありませんか。


「BE-PAL」 という雑誌を、真ん中にして、本屋さんも、私も、ともにエライ中高年に
なってしまったのです。

いったい、この先、いつまでこの雑誌を、取るのだろうか。

それは、多分、この本屋が具合でも悪くなって店をやめた時か、または、私がサイクリングの
途中で、縁石か何かで、ひっくり返り、頭でも打ってパーにでもなるか、どっちにしても、
そんな事でもなければ、この 「BE-PAL」 は、どうやら、これからも、当分やめられそうもないようです。


いずれにしても 「BE-PAL」 25周年、めでたい話です。

なお、写真のコンパス、ルーペは先月の7月号の記念品です。

ひとつ、景気づけに並べてみました。


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2006年7月14日

日大豊山 都雪谷戦 まずは初戦飾る !!

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夏の甲子園出場をかけた、第88回 全国高校野球選手権の東西 東京大会が、
7月8日神宮球場で開幕され、それぞれに連日熱戦がくり広げられています。

そして、この暑さに合わせるように日大豊山の暑い夏もやって来ました。

その初戦 (日大豊山にとっては二回戦)が、今日(14日)、大田スタジアムで
午前10時から、都雪谷と対戦しました。

上の掲示板にありますように、まずは8対0、七回 コールドで初戦を飾ることが出来ました。

前評判では都雪谷も、なかなかの実力のあるチームともいわれ、また応援団の
華やかさでも、よく知られるチームで、また、今日は大田スタジアムに行かれないだけに、
気がかりな時間を過ごしておりました。

日大豊山、ピッチャーは3年生、桑野靖也君。キャッチャーは同じく3年生、西川辰也君で、
まずは安定した試合運びのようでしたね。

打撃では、ピッチャー桑野君の三塁打。サードの3年生、星野亮君の二塁打と、
共によく手も振れているようでした。

まずは、めでたし めでたしの初戦突破でありました。


三回戦は7月18日(火) 江戸川区球場で午後12時30分試合開始。

対戦相手は、同じく今日行われた神宮第二での共栄学園を、6対4で破った
朋優学院との試合であります。

ここもなかなか手ごわいところです。

初回から着実に点を取っていく安定した試合運びはよく知られるところ。

日大豊山、気を緩めることなく、今までやってきた事を忠実に、福島先生の指導のもとで
学んだ事を、ただ繰り返せばいいのです。

我らが日大豊山がんばれ !!

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2006年7月 6日

荒川 午後からのサイクリング

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練馬と板橋との区界にある、都立城北中央公園の前を通り、ほんの少し北上すると川越街道。

そこを池袋方面に50Mほど行くと北に向う若木通りがあります。

当初は一方通行のその道をたどると、中台があり、なおも進んで首都高速道の下を
左に行き、再び北に進むと都営三田線西台駅に出ます。

駅前の「京樽」で、いつものように弁当を調達し、そこから、あと5分ばかり北に進めば、
荒川の緑の堤防が、目の前に広がります。

これが、いつもの通りの、おきまりの荒川への私のコースであります。


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7月3日、天候は薄曇ながら、時々晴れ間も見られる、それでいて、ひとつぶ、
ふたつぶの雨も降るという、変わりやすさ、梅雨の季節の独特の日でもありました。

珍しいほどに風も無く、走りやすさは抜群です。

また、平日なのにコース上には、ロードを中心にしたレサーたちが、この日も
結構走っているのです。

私は自分で走るのも好きですが、走っている人を見るのもとても好きです。

なにか自分の走りに参考になるものはないか、なにか目新しいアクセサリーなどは
目にしないかなどと、ついその人たちを注目してしまいます。


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鹿浜橋を渡って対岸にあるのが、レストラン「さくら」、つい寄ってしまいます。

一人で走るときはほとんどここに寄りますね。

岩淵水門附近の景色のよい所を眺めながら、「京樽」の、弁当を、まだ、
食べたばかりなのに、このテーブルに座れば、まず、とり合えず生ビールと
焼そばを注文する、これが私のここでのしきたりであります。

しかし、最初の頃は、ここのビールこそは、「禁断の木の実」、と思っていましたが、
今やこの 「禁断の木の実」 ほどうまいものはないと ・・・・


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「さくら」に来るまでは、今日は何かここで、食事だけでもして、そのまま元の道を
戻るつもりでもいたのです。

何しろ自宅を出たのが午後12時30分すぎ、ここに着いたのが午後2時40分。

ところが、ビールを飲んだとたんに、何だか急に体が軽くなったような気分、
頭もスッキリした感じ、これではもつと遠くに行けるじゃないかと、時計を見れば
3時は大分過ぎてはいるけれど、それではと、長い鹿浜橋を再び渡り、
今来た岩淵水門の方には行かずに、下流に向って走り出したのです。

それからのスピードの出ること、江北橋はあっという間、扇大橋など夢の間に
過ぎた(それほどではありませんが)。

そして、千住新橋をスマートに、また軽快に走り抜けれは、ここはもう「虹の広場」であります。

さっき飲んだ、あのビールはなんなんだ。!!


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昨年の秋には、ちょっとしたことで、3週間の入院、そして退院してから、
早いもので、もう8ヶ月にもなります。

その時は、これで自転車には乗れないなと思い、もう自転車なんて、遠くの遠くの
彼方のもののように見えたものでした。

虎の門病院の担当の若い医師は 「いや 乗れますよ」 と軽く云ってはくれるが、
やさしい先生だけに、「この先生 人を慰めているな」 と。

心の中では 「こんなんじゃ 乗れるわけないよな」 と自問自答のくり返しが、
その当時は続きました。

「ほんとに乗れるようになりますか」

「かならず乗れますよ 今に自転車で虎の門に来られるようになりますよ」

「そうですかね それには1年ぐらい掛かりますか」

「とんでもない そんなに 掛かりませんよ」

そんな話があつてから、今、8ヶ月が過ぎた。

本当に乗れるようになりました。

それも乗るたびに腰の傷の痛みがなくなっていくのです。

なんだか、いまはもう、どこまでも、何処までも、走って行けそうな気がします。


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その「虹の広場」のベンチに休みながら、これほどまでに自転車に乗れるようになったことを、
しみじみと嬉しいと思いました。

好きな自転車に乗り始めて15年は経ちました。

それが乗れないなんて、その時のむなしさといったら、大変なものでした。


「虹の広場」 あたりは いま 「カンナ」の花が満開です。

向うの鉄橋を渡るけたたましい電車の音も、いまでは荒川サイクリングコースの
聞きなれた音でもあります。


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それにしても、先日のタイヤ交換をしてから、長い距離を走るのは今日が初めて。

東急ハンズは、交換するなら今回は細めのタイヤにしましょうと、シュワルベ 700×32cを
すすめてくれた。

これでスピードが、ぐんと違いますよと云ってくれたが、自分の足が変わるわけでもあるまいしと、
軽く話を聞き流していたが、なんと本当にこのクロスバイクが軽く、また速くなったように思います。

その疲れの度合いが分かるような気もします。

人の話も聞いてみるものと思ったものでした。


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普段はこの葛西橋を渡って、対岸のコースをたどり、一気に葛西臨海公園に
入るのですが、あの大きな荒川河口橋を越えるのが面倒で、この日は新木場方面に
直接向かおうと、葛西橋の次の橋、清砂大橋のたもとから、10号線、永代通りに
入ることにしました。

河口まであと 1K の標識、今日のこの軽い走りではあるものの、1Kの標識を
見るとやっぱりほっとします。


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永代通りと明治通りとが交差する、日曹橋を直進。

賑やかな商店が並ぶ門前仲町、そして永代橋を渡って日本橋、呉服橋を過ぎれば、
正面に見えるのが皇居の大手門であります。

写真はその永代橋の橋の上。

流れるのは隅田川。

岩淵水門で荒川と流れを分けた隅田川を再び、ここで渡ります。

晴海運河とも分かれる所で、ここもまた 景色のいい所です。


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さて、ここまで走ってくれば後は地元のようなものです。

一ツ橋を越えれば飯田橋、大曲を通って江戸川橋の大きな交差点を直進します。

早稲田をすぎて、新目白通りは落合、練馬と向う道は、ただ一直線で、この皇居内堀からは
約45分の一走りで到着です。

走行距離  66.62K
最高速度  30.7K
走行時間  約5時間20分

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