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2006年4月25日

プジョーと多摩湖と「かたくりの湯」

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多摩湖自転車道、この前はいつ走ったのだろうと、以前のこのブログの記事を
調べてみると、04年12月16日付けで、やはりこのコースを通って「かたくりの湯」
に行っています。

05年6月21日付けで、北山公園の花菖蒲の時に、やはりこの多摩湖自転車道を
八坂駅附近まで利用している。

それ以前にも結構走っているが、改めて調べてみると、そう大して走っている
わけでもなかったです。


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4月24日、朝のうちの薄曇りというか、花曇りとも云うべきか、あとの晴天を期待して、
珍しく早目の午前9時半にはプジョーで家を出ました。

出掛けの支度の遅さには自分でもあきれるばかりで、早くてもいつも午前11時すぎにはなってしまう。

今日のこの9時半に出るなんて、滅多に無いこと。

よその方のブログを拝見していると、朝6時出発とか、7時に出掛けるなどとありますが、
私には到底真似の出来ない至難の技です。


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練馬から千川通りを走って、青梅街道関町1丁目あたりから、地下にもぐっていた
千川が、顔を出しその流れを見ながら、保谷市と武蔵野市の境をぬうようにして進み、
武蔵野女子学院の少し先あたり、新町3丁目からこの多摩湖自転車道が始まります。

あとは一直線に多摩湖に突入する迷うことも無いサイクリングコースだが、
地元の人々の生活道路でもあるこのコースは歩行者が多く、荒川、多摩川の
専用サイクリングコースとは大分違います。

何といってもその途中には西武拝島線、国分寺線などの踏切もあるのですから。


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ソメイヨシノ終わったものの、今このコースの両側には、ハナミズキあり、ヤマザクラあり、
チューリップ、ツツジなどが花盛りです。

道幅もそれ程広くもないだけに、親しみやすいどちらかと言えば住宅地の中の
道のように思えるところもあり、サイクリングコースとは名が付いてはいるが、
ここには大きな難点がある。

前にも書いたがあまりにも気配りのない車止めが多すぎること。

コンクリートのブロックの無粋な置き方、パイプ管による車止めの間隔の無さ、
それぞれには無数の傷があり、どれほどの人が引っかかり、転倒したか分からないと思う。

何のためにこれ程の車止めが必要なのか、モーターバイクの侵入を防ぐためか、
でも入ろうとすれば何処からでも入れます。

快適なサイクリングコースとは、程遠いサイクリングコースである。


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多摩湖自転車道も武蔵大和交差点で、128号線を渡れば、今度は狭山自然公園に
沿うようにして、多摩湖南側湖畔を走るようになります。

ここの区間はいつ走っても私は疲れます。

どのくらいの高度差があるのか分かりませんが、結構な登りが暫く続きます。

途中鹿島台というTの字の交差点に出て、左に行けばこのコースの順路ですが、
休憩と昼食を兼ねて、右に行き僅かに下って、ここ多摩湖の中央の堰堤に来ました。

いま多摩湖は狭山公園側を大工事のため水はほとんど見られません。


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プジョーの自転車が私は好きです。

その好きな元になっているのが、この「ブルーライオン」の姿でもあります。

ヨーロッパ車特有の洗練されたスタイル、ブルーの細めのフレーム、ハンドルの
なめらかさ、そこに付けられた、グリップとサドルの薄茶色との配色の良さが、
あったのですが、今は尻の痛みの都合で、スペシャライズドの黒に変わっているが
少々残念でもあります。


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池袋東急ハンズで購入してから、もう10年にもなります。

よく乗り続けたものだと思うし、これからもまだまだ乗るつもりで、今でもハンズに
持って行っては定期的に点検をしているのも、長持ちの理由かもしれません。

それにしても、近いうちに、久し振りにタイヤの交換をしようとか思っているのです。

最近は綺麗なカラーのタイヤも揃っているようで、ブルーのフレームに合わせて、
薄いブルーにでも、交換してみようかななどと思っています。

BD-1と共に大事な大事なプジョーVTTです。


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昼食の後はまた鹿島台交差点まで戻り、多摩湖南岸をいくつかのモーテル前を
通りながら、新緑が最高に綺麗な中を進んでいきます。

僅かにはなったものの、相変わらずの登りが続き、自宅から約28キロのこの地点、
本当に疲れを感じました。


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その多摩湖自転車道も多摩湖を大きく回るように北上すると、すぐに左に車道が現れます。

左は武蔵村山方面、右に行けば多摩湖北側を通り、山口観音、西武球場
(今は名が変わったようだが) そして所沢に抜ける道です。

ここでは武蔵村山方面の左に下る車道を、2分ぐらい一気に走り抜け、平地になった
交差点の角に、この 「かたくりの湯 」があります。


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近くには野山北公園もあり、MTBで走っても面白いコースが、この中にはあるらしいですね。

この 「かたくりの湯」 は、以前にも紹介した事がありますが、武蔵村山市の施設で、
数々の室内風呂が揃い、外には割合大きな、とっても気持の良い野天風呂も用意されています。

清潔で湯もきれい、お勧めの温泉です。

 料金は大人平日 3時間で市内在住者 600円。 
                 市外在住者 700円
        休日 3時間で市内在住者 700円
                 市外在住者 800円

  営業時間 午前10時から午後11時まで
         最終受付午後10時まで
  休業日  毎月第3木曜日 (祝日の場合は翌日)

住所 武蔵村山市本町5-29-1
電話 042 520 1026


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帰りは多摩湖南岸の先程の道以外の道と思い、近くにある横田トンネルの前を通り、
市役所西の交差点で、そこからは青梅街道に入り、大曲り、芋窪を通り、奈良橋交差点で、
右に行く青梅街道と分かれて、直進の道を辿ると、多摩湖自転車道入り口、
武蔵大和交差点に到着です。

あの山の中のコースの半分以下の30分で来てしまいます。


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午後3時半を過ぎるとこのコースもいくらか人通りも少なくなります。

通学の学生達が時々すれ違う。

それにしても車止めがもう少し丁寧に出来ていたなら、いいコースなのにと思う。

いかんせん走りにくい事この上なしだ。

以前と比べてもサイクリストと見られる人たちが、めっきり少なくなったような気がする。

数人見かけただけで、これからは、ただの一般の生活道路になりつつある
多摩湖自転車道のように思えてならないです。

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2006年4月18日

豊水橋から川越まで

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「散策風土記」という、大変に楽しい自転車サイトのブログがあります。

管理人さんはきーじぇいさんという方で、また、そのお仲間の方々も、きーじぇいさん同様、
自転車活動が活発でブログにもそれが反映され、いつも楽しく、また面白く読ませて
いただいております。

この入間川サイクリングコースには、自走で来られる距離に皆さんお住まいのようで、
そのせいか、入間川を中心にして、あちらこちらと、多方面に走られているようです。

この環境の良い所が近くにあるなんて、本当にうらやましい限りであります。


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入間川サイクリングコースが、好きになったのも、多分に上記のブログさんの影響もありそうです。

しかし、私の所から入間川までは、自走はとてもではありませんが、無理でいつも西武線で
入間市駅まで輪行しての事であります。

その入間川サイクリングコース、4月18日の豊水橋からの眺めであります。

パステルカラーの新緑の美しさ、薄い黄緑色の樹木と静かな流れ、約1年ぶりの入間川行きは、
嬉しさもひとしおであります。


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今回はすでに無理のないようにと、始から豊水橋から川越までと、決めて走り始めました。

昨年は5月19日、この時はまだ調子が良く、入間川から、武蔵丘陵森林公園線を通り、
荒川に出て秋が瀬公園まで行きましたが、今は良くなったとはいえ、まだそこまではいきません。

ところで途中、西武文理大学の脇を通ったとき、こんなカッパを見ました。

何回も通っているのに初めて気がついたのですが、ご覧の通りなんとも色っぽいカッパで、
なんともBD-1が、恥ずかしそうなこと。


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このコース中で一番景色が良い所ではないでしょうか。

いつも決まってこの素晴らしい「安比奈親水公園」で昼食をします。

そして、いつも入間市駅構内にあります「京樽」のお弁当、それを広げるのも、ここでの
唯一の楽しみでもあります。

穏やかで風もなく、日差しも爽やかで、走行中は早くも汗ばむほどの陽気でした。


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ここは5月に入りますと、例の一面のポピーの群落が見られます。

今はご覧の通りの閑散としたところですが、ポピーの時期はそれはそれは素晴らしいものです。

あと3週間ほどでしょうか、5月10日前後から見られそうです。


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オオイヌノフグリ。

ゴマノハグサ科、クワガタソウ属。ヨーロッパの原産で、明治の初期に渡来したとか。

今や全国的に広がり、また繁殖しているお馴染みの小さな花です。

同じ仲間に、ただのイヌノフグリがありますが、こちらは花がもっと小さく、花の色も赤みを
増していて見分けはつき易いです。


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さて、入間川はどこから始まっているのか、その源流はと手元の地図を出して見ますと、
70号線をたどる事、「さわらびの湯」あたりを通りすぎ、なおのこと山深く医王寺を通って、
どうやら天目指峠 (590m) の下辺りがそれらしい。

折があればその源流とやらを、この目で見たいものです。


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有馬山 (1214m) に源流をもつ有馬川は、名栗湖に入り、僅かな距離の流れで入間川に入り、
名前が変わります。

その入間川は西武線飯能、元加治を通って、豊水橋へ流れ続き、くぎなし橋あたりで
越辺川とも合流して、新上江橋で、今度は荒川に流れ込み入間川の名が消えます。

静かな川、何となく、つつましい川という印象が私には感じられます。


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ここはいつ来ましても気持の良いところです。

あの赤い橋を見ると、ああ、また来たなと思うのもいつもの事でもあります。

だってこんなに広い所ってそんなにあるものではありませんね。

5月はポピーの季節。また来られたら来たいものです。

ところであの赤い橋、あれは通行できる橋ではなかったのですね。

なにか管の様なものが通っていましたが。


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初雁橋を少し過ぎますと、川越線の鉄橋とこの東上線の鉄橋があります。

入間川もこの辺りは川幅も広くなり立派な川になります。

あたりは静かそのもの、時折通る東上線と川越線の電車が、その静けさを打ち破ります。


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初雁橋にもどって、15号線を川越に向います。

気のせいか、この頃少々人出が少なくなったような気がします。

2、3年前はブームのような街全体が人であふれる感じでしたが、最近はどこを回っても
空間が見えるのです。

広々と見通しが良くなってしまったそんな感じです。


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さて、入間川サイクリング、本当に良いコースですね。

今回は慎重に考え、僅かな走りでしたが、また以前のような豊水橋から秋が瀬公園までの、
長いコースを走ってみたいものです。

それもどうやら、じきに出来そうな気分です。

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花の秩父と札所めぐり

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早いもので、もう三年も前になりますが、秩父の34ヶ所、札所めぐりをしたことがあります。

西武電車で終点の西武秩父へ、そこからはバスが通っている所なら、その路線バスを
利用して、無ければ、どこまでも徒歩で道を探しながら、行ったものでした。

私のクラブ 「小さなハイキング」 の、みなさんをご案内しての札所めぐりだったのですが、
先達の私としては、当然事前の下見をして準備万端整えての事でありました。


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25番 久昌寺

その本番の前の一ヶ月前には、いつも下見と準備に入ります。

私としてはかなり昔に一部分だけを歩いた事がありましたが、それも古い昔の事で、
今ではほとんど忘れていまして、今回が初めて同然でありました。

それだけになおの事、道に迷っては大変と、下調べと充分な準備は欠かせません。

3年前は8回に渡って全コースを歩きましたが、私は結局は下見を入れれば、この時、
2回歩いたことになります。


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29番長泉院から28番橋立寺への道

ご案内しながら大勢で歩くのも、楽しく面白いものですが、最初のひとりで回る下見の時も、
それはそれで、なかなか捨てがたい面白さが沢山あるものです。

下見では道がまったく分かりません。地元の方に道を聞きながらの苦労の連続でしたが、
苦労が多ければ多いほど、後々まで深く覚えているものです。

時には、今来た道を、その人はまた戻っては、その分かりにくい曲がり角を教えてくれた
こともありました。

また、これから訪ねるお寺さんに、今からこういう人が行きますよと電話をしてくれたりと、
8回に渡っての下調べにも、さまざまな方の出会いがあり、また、大勢の方々に大変に
お世話にもなったことでした。

本当にありがたいものです。


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31番観音院をたどる道

この秩父札所34ヶ所めぐりが終って3年がたちました。

今では、私の心のふるさと、とも云えるまでに、この秩父に倒錯してしまったこの地を、
今再び、今度は自転車BD-1と共に、ぜひもう一度尋ねてみたいと思うようになり、
実は今、思案の最中であります。

この秩父札所めぐりは、全コースを徒歩で回った場合、約100キロあるのだそうです。

3年前の時は、路線バスを充分に利用しましたが、それでも70キロ程は歩いたと思います。


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同じく観音院に行く途中の風景

この秩父方面の路線バスの本数の少ないのには本当に苦労したものでした。

よほど乗換え時間を調べておかないと、一日でいくらもお寺さんを回る事が出来ません。

そこで今回はバスの心配の無い、BD-1で走ってみようかと思うのです。

よく車で回る方もいますが、それは34ヶ所を現地で二泊して、四日で回ってしまう、
これはこれで早くて良いとは思いますが、せっかくのこの土地柄の良さを味わうには、
少々もったいないような気がします。

梅林の脇の農道のような、細い道を歩いたり、菜の花のあぜ道をたどったり、
一面の桜の並木の下を、まだかまだかと遠い道を、ただひたすらに歩き続け、
向うに目指す寺院の屋根が見えた時の嬉しさ、これも後になれば、ささやかなことでは
ありますが、忘れられない思い出になります。


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31番 観音院

自転車好きの私としては、もう幾度となく西武秩父駅までBD-1を輪行しています。

車両の最後の座席をあらかじめ取っておきますと、その椅子の後ろのスペースに、
折り畳んだBD-1が丁度ぴったりとおさまるのです。

西武秩父の駅からは爽やかな風景の中に溶け込んで行くBD-1と私。

長瀞、三峰方面にはもう行き慣れた、お馴染みのコースがいくつか出来ました。

近いうちに始まります、今度の札所めぐりには、お絵描きが入る予定なので、

はたして何回ぐらいになるのか、その分からないところが、一人旅の面白さでもあるのかもしれません。


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23番 音楽寺

札所めぐりも、恐らくこれが最後になるかもしれません。

もう一度、ひとり静かに、また、あの秩父の寺院を訪ねてみたいと、最近思うようになったのです。

出来れば全寺院を簡単にでもスケッチしてみたい、これも大きな目標でもあります。


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33番 菊水寺

秩父の札所といえば寺院にもぞれぞれに規模も違います。

檀家の多いお寺さんでは、何となくふくよかさが感じられたり、また居心地の良さまで感じられます。

秩父は今、桜の季節であります。

花の多い所だけに、どこの境内にも、梅から始まり、さくら、つつじ、あじさいと一年を
通じて参詣者を楽しませてくれる所が沢山あります。

そんな花と共に素朴なお寺さんを、何とかスケッチ出来たらと思うのです。


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26番  岩井堂   絵 プッポロ

このスケッチは3年前の下見の時のもので、2003年5月13日と書かれています。

札所、第26番、円融寺の観音堂です。

ここに来るまでには長い登り道が続きます。

深い山の中、その山肌に、まるでへばりつく様に建っているのが、この別名岩井堂であります。

あたりは物静かで、参詣者の姿もまるで無く、すでに夕闇も迫る頃でしたが、このお堂だけは
何とか描きたいと思い、約20分程でしょうか、本当に素早く、この一枚を立ったままで
描いたものでした。

この時は、帰りの時間もあり、その急ぐ線は粗さが目立ちますが、今見ますと、
それが案外面白い荒々しさが出て、かえって効果的だったかもしれません。


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22番  童子堂   絵 プッポロ

このスケッチも下見の時に描いたもので、2003年4月22日とありますから、上のスケッチの
1ヶ月前のものです。

ものすごい快晴で、スケッチブックの白さがまぶしくて、目の前の札所、第22番童子堂の
素敵な仁王門が真っ黒に見えてしまい、描くのに随分苦労したものでした。

この小さな仁王門には、普通、思い浮かべる、あの恐い仁王様とは大違いで、
実にマンガチックでユーモラスなもので特異な仁王様であります。

2枚のスケッチはいずれも、F3号、27cmに22cmの小型の画帳を使っています。


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秩父札所34ヶ所は30番を過ぎますと、いずれのお寺さんも、山深い中に静かに佇んでいます。

山道を登らないとたどり着かない札所もありますので、はたして、その時はBD-1はどうするか。

やはり担ぎ上げるしかないようです。

32番菊水寺から、34番水潜寺まではご覧の様な道であります。


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34番  水潜寺 

山を辿り、山を下り、沢に沿って尚も下りますと、秩父札所、結願寺とも云われます、
最後の札所34番、水潜寺であります。

水の流れに囲まれた、緑深いお寺さんで、近くには、あまり知られてはいませんが、
さわやかで美しい 「秩父華厳の滝」 もあり、ほかの寺院とも少々趣を異にする、
安堵感をも得られそうなお寺さんであります。

8回に渡っての大変だった札所めぐり、その達成感と充実感、そして、これで終りの、
寂しさなどが入り混じり、感無量の34番、水潜寺でもあります。


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満願の湯

その水潜寺から、秩父鉄道の皆野駅に向う、村営バスに乗れば僅かで、この 「満願の湯」 に
入る事が出来ます。

この湯の歴史は古く、昔からここを訪れる参詣者達が立ち寄ったものと思われます。

今では大型の日帰り温泉の場としても知られ、建物も新しくなり、昔の面影はありませんが、
とても泉質も良いようで、私の大のお気に入りでもあります。

さて、近いうちに始めようとしています、BD-1と一緒の今度の新札所めぐり。

果たしてここ 「満願の湯」 まで、漕ぎつけられるでしょうか。

100キロの巡礼道を ・・・・・・・・・

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2006年4月 9日

新宿御苑 おとぎ噺

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新宿御苑 4月3日 撮影

ソメイヨシノは盛りを過ぎて、これからが桜の本番、山桜のあのふくよかな、そして重厚な
見応えのある八重桜の見頃を迎えます。

都内にも数多くの桜の名所と言われる所がありますが、その中でも特に私が好きな
桜の名所と言えば、我が家からそれ程遠くもない、新宿御苑であります。

75種類、約1500本が咲き乱れる様は、それは見事で、中心になる大芝生、フランス式庭園、
桜園地に日本庭園にと、それぞれに周りの風景とほどよくマッチして、その美しい姿を見せています。

今年は4月3日に行ってきました。


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この新宿御苑に桜を見に行きますと、いつも思い出すのが、あの内藤さんのことであります。

内藤さんと言いましても、別に私の飲み友達でもなく、また自転車仲間でもないのですが、
天正18年 (1590) と言いますから、随分古い話ですが、豊臣秀吉から関八州を与えられた、
徳川家康が、江戸城に入城する際に譜代の家臣でありましたのが、前出の内藤さんであります。

正式名を内藤大和守清成でありまして、与えられた住まいとして、江戸屋敷を今の新宿駅の
ある所で、別宅として現在の新宿御苑あたり一帯であったそうです。


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実に広大な土地と屋敷を与えられたもので、家康から厚い信頼があったものと思われます。

この内藤さんはことの他、桜がお好きなようでありまして、別宅には今で言う日本庭園を
意のままに造り上げ、池の周りと言わず、あたり一面に桜を植えたようです。

それを人々に見せるのが趣味と言いますか、観桜会なるものを開いては楽しむ、
どちらかと言えば目立ちたがり、派手好きであったようです。

それに、さまざまな事を考えるのが好きなアイデアマンでもあったようです。


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それはこの地に赴任して以来、地元に対してかなり協力的で、さまざまな改革を行っております。

その当時甲州街道は日本橋から始まり、次の宿場は高井戸でありまして、高井戸宿まで
旅人は足を運んでいましたが、地元民からここにも新しい宿場が欲しいとの申し入れに対し、
内藤さんは活性化につながると大変に努力をされたようです。

「さて お陰様で この新しい宿場も出来上がりましたが まだ名がございません 
なにか妙案でもと お伺いいたした次第でございます」

「なに 宿場の名が欲しいと」

「さようでございます」

「されば 新しい宿場 新宿などはどうか」

「新宿」

「さようだ 新宿 分かりやすく いいではないか」

「もっともでございます これ程わかり易い名はでございません」

ということで、ここに初めて、新宿が誕生いたします。


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新しい宿場、新宿も当初はやはり高井戸に足をとられ、思うようにはいかなかったようです。

「本日お邪魔致しましたのは せっかくお作り頂いた新宿ではございますが 
客足がここには止まりません」

「はて それは困ったな なにか打つ手はないものか」

茶を持ってきた女中の顔を見た途端

「そうだ !! 女を置け 」

「へぇーっ  女って ? 」

「なんだ 女を知らないのか」

「いやーっ とくべつ よく存じてはおりますが・・・・・」

「ならば 置くがよい 飯盛り女を新宿に置いてみろ 旅の客が足繁く参るであろう」

「は はーーっ  さっそく そのように 取り計らいますでございます」

「うむ それで ついでに 新宿の女は安いぞ 高井戸の女はたかいどと ふれてまわれ」

「ははーっ」


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それ以来、新宿は四方からお客が来るようになり、いつしか高井戸宿は姿を消します。

その賑わいは今に続き歌舞伎町、新宿二丁目の一大ページェントはご覧の通りであります。

それにしても内藤さんのあまりにも強引なまでのやり方に、幕府からのおとがめが
再三再四あるようになります。

「おぬしは 新宿を作ったのはいいが いや それをとがめているのではない 
そのやり方が問題だ お上の方から女郎買いをすすめていることだ」

「まことに せんえつながら 恐れ多くも申し訳けなく思ってはおりますが 何分にも 
こういうものには 万人が好むものでありまして・・・・・・」

「なにを言っておるか たわけものめが !!」

 
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家康に大変に信頼されていました内藤大和守ですが、たび重なる忠告にも耳を貸さず、
最後にはついに左遷されることになります。

左遷されたその地こそ、晩年を過ごすことになります信州は高遠にあります高遠城であります。

さっそく、その殺風景なその地に、気候にふさわしい桜、コヒガン桜を城の周りに
目一杯に植え込みます。

そしてふたたび、桜咲く頃には近くには諏訪から、伊那から、また遠くは駿河からも
見物人が押し寄せます。

高遠城は山の上、下に降りれば伊那の町、昔、そこには遊郭もあったとか。


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人間とは幾つになっても気持は変わらないものですね。

どんなに生活の場が変わろうとも、やっぱり子供の頃の考えとあまり変わらない様に思います。

この内藤大和守はどこにいても、常に市井の人々を見守り自分に出来る限りのことを
実践したそうであります。

大変に頭の切れる方だったようでどこの町民にも慕われたとの事であります。


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新宿御苑は新宿区内藤町にあります。

町名が今もそのままに残っているのを見ましても、いかに人々に親しまれていたかが
分かるかと思います。

また古くは年配者が、新宿のことを内藤新宿と呼んでいるのを耳にした事があります。

その当時は内藤新宿ってなんだろうなって思っていましたが、この話を知ってから
初めて私もその意味が判りました。

新宿御苑と内藤大和守、諸説はいろいろとあるようですが、私はこの話が一番好きです。

新宿御苑に桜を残し、新宿を作り、ついでに歓楽街も残していった内藤清成、
最後は今、満開の高遠の桜で賑わう遠く高遠城で、桜の木に囲まれるようにして
亡くなられたそうな。

注  この話には多分に私の創作が入っております。
   歴史的には読まないで下さい。  「(≧◇≦;)
 

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