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2005年12月26日

我が家のパピヨン ノア

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我が家のパピヨン、ノアも二歳半になる。

かわいい盛りと言ったらいいのか。

毎日、明けてもくれても、「オーッ、かわいい、かわいい」 を、私は口にする。

頭をなでては、「どうしてこんなにかわいいんだろう、本当に、かわいいったら、
ありゃしない」 と、そして、「よくこんな家にあなたは、来てくれたね」 って、言うと、
今度はうちのカミさんがいやな顔をする。

「わたしゃ、こんな家、来なけりゃぁよかった」 と、その後は、それでいつも、ひともんちゃくをする。


朝晩の散歩のときに良く会う奥さんがいる。

年のころは70歳ほどか、大変に品のいい方で、言葉遣い、服装と言い、かなりのお宅の
奥様といった風情である。

不思議と散歩をしていると会う方で、会うと話がつい長くなり、私としては、たまには、
うっとうしくも感じるが、ノアをかわいがってくれるだけに、黙って通り過ぎるわけにもいかず、
つい話に話が続いてしまう。


「オーッ パピヨンちゃんね。かわいいわね。うちにもパピヨンちゃんが、18年いたのよ。
今でもお部屋に大きな写真がはってあるのよ。」

「本当に、このノアちゃんにそっくりなの。パピヨンは頭がいいのよね。このやわらかな毛並み、
絹のようね。そしてね、パピヨンは、皮膚がきれいな、ピンク色なのよね。
それでかしら匂いが全然ないでしょう。だからいいの」

「ノアちゃん、いつも、きれいにしているわ。すごく元気ね。かわいいわ。パピヨンは、
ほんと、ウンチまで、かわいいわ」 って。

毎回、同じことをくり返し言うものだから、すっかり私は覚えてしまった。


ウンチまでかわいいと。

ウンチのどこが、かわいいのか。ずーっと考えているがいまだに、かわいさが出て来ない。

ただ散歩をするたびに、犬だからそれはする。

そのウンチを二枚のテッシュを折って取るが、それを掴んだ時、二枚の薄い紙を通して、
ほのかな暖かみを手に感じる。

そっと指に幾らかの力をこめて掴んでみると、程よい固さ、程よい、やわらかさに、オー、
今日も元気だ、調子いいぞと、まずはひと安心、そして、ひそかに、にんまりと、ほほえむ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 



ああーっ いやだ !! いやだ !!

これじゃぁ さっきの、ばあさんと おんなじだ !!


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2005年12月23日

師走の芝居見物

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12月 国立劇場 筋書き

気分だけはあわただしい年の瀬のひと時、昼間はいろいろと、どうでもいい雑用をかたずけて、
そのまま、三宅坂は国立劇場に向った。

12月3日から25日までの公演だが、この日、20日だけは夜の部がある。

急に寒くなった昨今だが、この日も冷たい風が、皇居のお濠を通り抜け、寒さこの上ない
都心の夕暮れ時である。

劇場の入りはせいぜい七割から七割五分。平日と言うのもあるのか、それとも、
これが普通になりつつあるのか。

特に一階席、三階席の空席が目立つのが気になる。

お目当ての演目は一年のしめっくくりにふさわしい人気狂言、河竹黙阿弥の「天衣粉上野初花」
 (くもにまごううえののはつはな) 。

早い話がお数奇屋坊主の話である。

お数寄屋坊主とは、江戸幕府の職名で、数奇屋頭の配下で、将軍をはじめ、出仕の幕府、
諸役人に茶を調達し、茶礼、茶器などを差配する人とある。

その役にいながら、時として悪事をはたらく河内山宗俊を、松本幸四郎さんが演じるのが
見ものである。

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九代目市川団十郎の「河内山」 筋書きより

当たり役としては、すでに定評があり、この役では右に出るもの無しと劇評にも
言れるところである。

その手下とも言うべき、若衆、片岡直次郎を、今人気の高い、市川染五郎さんが演じる。

プッポロも大の染五郎ファンである。

身のこなし、せりふ回し、まれに見る容姿端麗さを兼ね備えた、若手美青年役者である。

さて、その演技はと言えば、初役でこの大きな役とは、これは大変だ。

この長丁場の芝居を演じきるのは並大抵ではない。

思うままに言えば、相方遊女の三千歳(中村時蔵さん)との、からみなどは、いい具合に
進んでいくが、立役を演ずる市川左團次さん、市川段四郎さんなどの芸達者と同じ舞台に
なると、染五郎さん急に小さく見えてしまう。

それはそうだろう。

相手は海千山千の修羅場をくぐってきた人達だ。


特にプッポロの好きな一幕、蕎麦屋の場などである。

いとしい三千歳に逢うために、雪の降る中を蕎麦屋による直次郎。

火鉢を前にしての、寒さに震えながらの酒と蕎麦。

この芝居の中でも名場面であるが、その直次郎を見れば見るほど、あの尾上菊五郎さんの
名演技の直次郎が目にだぶってしまう。

そして、あんまの丈賀、演ずるは片岡芦燕。このあんまのうまさには、まったく染五郎さん
食われてしまう。

そうかもしれない。芦燕さん、名脇役である。

このあんまをやるために、この人は生まれてきたのではないかと思うほどである。

でも、役者って、こういう人たちに囲まれて、うまくなっていくものだとも思う。

名優にからみ、その名優の人柄からして、義理の切なさ、人情の深さまでを学んでいく様に、
今回の年の瀬芝居を見ながら思ったものである。


市川染五郎 大きな役者になりますように。


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2005年12月18日

小さな水彩絵の具

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Winsor&Newton FIELD BOX

今年も12月なかばを過ぎて、残る日々もあと僅かになった。

絵を描くのが好きなはずのプッポロが、はたして今年は何枚の絵を描いただろうか。
3枚か、4枚か。

この程度の描きようで、絵を描いていますとは余りにも、おこがましい限りだ。

プッポロのやっているクラブでも、最近は、とんとスケッチハイクも、ご無沙汰のままで、
それも大勢の皆さんに絵の道具を揃えて貰いながら、描く機会を持たないのには、
心が引ける思いである。

来年こそは体調をしっかり整えて、絵の方にも本腰を入れて取り込もうと、
小さな心に軽く誓ったりもする。


さて、先日の入院の二、三日前に上の写真の絵の具を池袋の世界堂で買った。

入院前に絵の具を急いで買うというのも、おかしなものだが、これから始まる入院に
対する不安感というか、怖さと言うか、何か一つ自分のもっとも好きな品物を常に手元に、
それも無性に置きたくなったのである。

それも飛び切り上等の物をである。

事実、入院中ベットでは、あらためて絵を描くわけではないのに、毎日明けても暮れても、
このわずか12、5センチに、6、5センチ。厚さも3、5センチしかない小さな絵の具を、
開けては閉めて、しめてはあけて、色の配置を変えてみたり、細くて可愛い小筆を
手のひらでなぞってみたり、こんなに小さいのなら、片手に持って、ついでにスケッチブックと
一緒に持てるから、立ったままで、どんな所でも描けるぞと思いをめぐらし、ひととき手術の後の
痛さ、苦痛さを、どのくらい、まぎらわしてくれた事だろう。


小さな形ながらプッポロにとっては、どのくらい大きな力を味あわせてくれたか計り知れない。

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絵の具はイギリスの 「ウィンザー アンド ニュートン」 である。
小さなボディは、トップの部分を取り外すと、それが水入れになり、二つに開くと折りたたんだ
2枚のパレットが用意されている。

右側には、携帯用の平べったい水入れのボトルが、見事に収まっていて、その側面も
パレットとして使える工夫もある。

付属の小筆も二つ折れになり、体裁よく仕舞う事が出来る。


小学生4年頃から日本画の先生につき、それ以来、はたして絵を描き始めて何年になるか。

途中長い中断もあるにはあったが、常に絵は描こうという気持ちは切れることはなかった。


普段使っている絵の具は、ドイツ製の「ペリカン固形絵の具」の24色で、豊かな色数と
思いのままの色彩の美しさで、昔からの愛用品でもある。

スケッチブックはフランスの「モンバル キャンソン」か、イギリスの「ワットマン」が好みである。

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いま、退院後、この 「ウィンザー アンド ニュートン」の絵の具をつくづくと見る。

まだ一度も使っていない。

写真を撮るので、初めて細い小筆に水をふくませ、小さな絵の具のかたまりにつけてみた。

小さな形ばかりのパレットに、その色を置いてみる。

昔からの憧れの絵の具の色をはじめてそこに見た。

画用紙にも、そのブルーをなぞってみる。

ぞくっとする程の発色の良さがそこに現れた。

一つの絵の具の大きさが、1、2センチに、1、8センチの、本当に小さな絵の具。

「ペリカン」とは、比べ物にならない小ささだ。


体調がすっかり元に戻り、再び風景スケッチが始まっても、この絵の具を実際に使うだろうか。

あの入院中での、大きな支えになった、この小さな絵の具。

色の良さは抜群、持ち運びにも最適、フィールドにも、もってこいだ。

しかし、これからの生涯、あの苦しかった時の、心の支えの記念として、この絵の具を
減らすこともなく、綺麗なままで、大切に大切に持ち続けるかもしれない。


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2005年12月11日

歌舞伎 幕のあれこれ

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国立劇場

大変な思いをして歌舞伎のチケットを取ります。

およそ半月以上先の観劇日まで、指折り数えて、その日を待つわけです。

その当日、心勇んで劇場に足を運び、指定の席に、まずやれやれと腰を下ろす。

その時が芝居見物の醍醐味と言うか至福の時でもあります。

真正面には、もうその劇場では、お馴染みの柄の緞帳が、間口十五間の大舞台
一杯に広がっています。

その幕一枚が、観客と役者とを分け、これから始まる物語を、まだだぞ、まだだぞって、
もったいぶった大きな顔にも見えるのもこの時です。

歌舞伎座、国立劇場、新橋演舞場と、その劇場らしい雰囲気を作り出す、さまざまな
緞帳を見る事が出来ます。

新橋演舞場の開演前の緞帳が、とりわけ私は好きです。

ブルーを基調とした金糸銀糸で織られた現代的な緞帳。

劇場自体が映画館に近い明るい感じとマッチして、これから始まる、
「市川猿之助スーパー歌舞伎」開幕にまさにふさわしい緞帳と言えましょう。

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国立劇場 

「黄地葡萄唐草文錦」
寄贈 トヨタ自動車株式会社
調整 株式会社 高島屋
製作 住江織物株式会社

国立劇場の大劇場には、重厚な見応えのある緞帳が見られます。

三枚ありますが、いずれも表現豊かな「綴織」というので製作されています。

国立劇場の筋書きによりますと、「綴織」の歴史は古く、現存する最古のものでは、
天平時代の正倉院の宝物に見られるそうです。

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国立劇場
「雪輪に松文様縫箔」
寄贈 株式会社 竹中工務店
    株式会社 関電工
    高砂熱学工業株式会社
製作 住江織物株式会社

原寸大に描かれた下絵を基に多彩な緯糸を一本一本織工の爪先で、つづるように
織るところから「綴織」と言われ、その華麗さと、芸術性の高さは、伝統的な
工芸織物の中でも、類がないと言われています。

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国立劇場
「流水に菊図屏風」
寄贈 千代田生命
調整 株式会社 三越
製作 株式会社 川島織物

観劇の途中で歌舞伎には食事時にもなる、30分程の休憩があります。

その時に緞帳のご案内のアナウンスがあり、上の三枚の幕の紹介があります。

これもいかにも長閑な芝居見物の様子でありますが、しかし、国立の緞帳には
コマーシャルとも言うべき、提供者の名前は書かれていないのです。

寄贈社名の紹介のアナウンスだけであります。

国立以外の劇場の緞帳には、すべて社名が記されていて、これは絶大な宣伝になります。

国立の場合は、提供会社にとっては、なんとも張り合いのない話であります。

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歌舞伎座 定式幕

ところで、歌舞伎には「定式幕」(じょうしきまく)と言うのがあります。

歌舞伎舞台の正式な引き幕で、右から、萌黄色、柿色、黒の三色の縦縞模様があり、
昔は各座で色や配色順が異なっていたようですが、今では多くが統一されています。

しかし、国立劇場の定式幕だけは、少々配色順が違うことに前から、私は気が付いていました。

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国立劇場 定式幕

右側から、萌黄色、黒。柿色となっています。

その理由は、何かあるのかもしれませんが、今のところ私にも分かりません。

折を見て劇場に聞いてみたいとも思っています。

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歌舞伎座 五月 勘三郎襲名披露公演にて

その他の幕には、襲名披露公演の時など、お祝いとして軽い幕ですが、新調する事があります。

今年4月、5月に行われた、中村勘三郎さんの公演では、右から白、黒、柿色となんとも明るい
色調の幕が登場して、赤白が目立ち、まさにお祝い興行を表しておりました。

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歌舞伎座 五月 「研ぎ辰の討たれ」の幕

これなどは五月公演「研ぎ辰の討たれ」の開演前の引き幕であります。

中央に刀の図が描かれていて、これから始まる、お待ちかねの芝居をいやがうえにも、
盛り立てるに充分な幕であります。

幕の下手には、十八代目、中村勘三郎さん江、と書かれています。

ここは、昔から私の定席でもあります三階席からの、歌舞伎座の眺めであります。

オトカム ?

オトカムは、この寒いのに、よしゃあ いいのに 冬山に行っております。

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2005年12月 5日

近頃歌舞伎の賑わい

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時は師走、普段と変わりは無いはずが、この一年やり残した事があればあるほど、
心せわしい思いが致します。

心せわしいと言えば、好きな演劇界、とりわけ歌舞伎の世界の賑わいが、ことのほか
今年の年末、年始にあって私の気持が浮き立つような思いです。

まだ、先月の事ですが、平成17年11月25日、ユネスコは、伝統文化など、無形の文化遺産の
継承発展を奨励する、第3回「人類の口承及び無形遺産に関する傑作の宣言」を発表し、
今回はそれに歌舞伎が選ばれました。

すでに能楽、人形浄瑠璃は選ばれており、歌舞伎にいたっては遅きに思う人も多いのでは
ないかと思いますが、まずは何にしても目出度い限りであります。

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国立劇場 12月公演

すでにこのブログでも、ご紹介しましたが、今月の国立劇場は通し狂言「天衣粉上野初花」
(くもにまごう うえののはつはな) 実に難しく読ませるものであります。

誰だって読めるわけが無い。私もこないだは間違えた。

講談「天保六花撰」を元にしてつくられた芝居で、松本幸四郎さんが、河内山宗俊。

吉原の花魁、三千歳を時蔵さんが演じ、その恋人片岡直次郎 (直侍) を私の大好きな
市川染五郎さんが勤めています。

お馴染みの演目で、大変分かりやすい名作狂言、年末にふさわしい、見逃せない一幕であります。

残席はまだまだあるようです。

私は20日に行きます。

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国立劇場明けて初春興行は「曽我梅菊念力弦」 (そがきょうだい おもいのはりゆみ) 
読めるわけ無いよねって言いたいですね。

鶴屋南北の通し狂言でありますが、江戸時代には、この曽我兄弟の曽我十郎、曽我五郎の
苦節18年に及んでの仇討ちを果たした事が、大変に好まれたようで、これが芝居になりまして、
曽我狂言ともいわれ、後にこの仇討ち物に、さまざまな世話物を、あること無い事、
ない交ぜにして、新しい芝居をたくさん作ったようです。

また、仇討ちの目出度さを、そのままに初春芝居に、盛んにあちらこちらの芝居小屋は
掛けたそうです。

今回は菊五郎さんの、悪人、徳次郎、職人六三郎の二役を演じるのが見どころです。

他に田之助さん、菊之助さん、芝雀さん、富十郎さんなど豪華な顔合わせになっております。

私は正月四日に行く事になっています。

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今年は勘三郎さんの襲名披露公演で、この春は大賑わいの歌舞伎座でしたが、
明けて初春は、再び襲名披露公演で、中村鴈治郎改め坂田藤十郎の誕生であります。

演目を見ましても、上方歌舞伎の代表作が並びます。

奥州安達原、曽根崎心中、伽羅先代萩と、名作揃い。

なかでも曽根崎心中には思い出があります。

もう十数年まえになりますが、歌舞伎座でまだ仁左衛門さんが、片岡孝夫と言っていた時ですが、
この鴈治郎さんとこの芝居がありました。

夜の部の最後の出し物です。

徳兵衛とお初が分けあって心中となります。ようやくの事で曽根崎の森、心中の場に
二人は手に手をとって、来たのですが、ご存知の通り、この鴈治郎さんは役になりきると、
時間の観念がなくなるくらい熱心になる役者さんです。

もうとっくに、終演時間は過ぎているのです。

時計を見ると午後10時30分を過ぎています。

その時、場内はがさつき始めました。

帰りの乗り物の心配が出て来たのでしょうか、あちらもこちらも、皆さん帰り始めたのです。

それでも舞台の二人は、まことにゆっくりと、それも穏やかに、死に場所を探しています。

それもあたかも楽しそうに。

私も穏やかではありません。

どこでもいいから、その辺で早く死んでくれーって言いたい気分です。

それでも、芝居はいつかは終わるもので、午後10時45分には幕は下りましたが。

この人の夜の部は気をつけたほうがいい・・・・・ そんな事はありません。

さて、歌舞伎座初春興行も熱演が期待できそうです。


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2005年12月 1日

六本木ヒルズ

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六本木ヒルズ

「六本木まで大江戸線で25分。随分近いんだね」

「そうだね。乗ってしまえば25分で行ってしまう。

もっとたびたび出かけても良さそうなものだけど、案外行かないものだね」

「オトカムだって、六本木なんて、行ったの今度がはじめてさ」

「プッポロだって二度目さ。最初は六本木ヒルズが、開業した時。それ以来さ」


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「その時だね、例の丸いドアーのガラスに、思いっきり頭を打ったのは」

「そう、建物から外に出ようとした時、円形のガラス張りのドアー、それが大きいんだ。

ガラスが無いように見えてさ、歩いていったら、思いっきり頭をぶつけちゃった」

「痛かっただろうね」

「そりぁ、痛かったさ。守衛さんが飛んできてね、「大丈夫ですか。
ここは皆さん、ぶつけるんです」ってさ」

「みんなぶっかるの?」

「皆じゃないけどさ。あそこの回転ドアーはあの時から、あぶないなぁと思ってたものさ」

「だけど、今はすっかり改良されて安全みたいだね」


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「はじめて見る、六本木ヒルズのイルミネーションきれいだったね」

「きれいだったね。まず最初に見るのが、六本木ヒルズのメインエントランスの、
66プラザ前のケヤキの木に飾られた、白と青の雪のイルミネーション。
これがなんとも素敵だったね」

「夢のように素晴らしいね」

「明かりが白から青に、そして赤にまで変わるイルミネーション。はじめて見たね」


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「その66プラザの左側を真っすぐに進むと、曲がりくねった下りの階段がある。

上の写真は4階あたりから見た、毛利庭園の眺め。青いイルミネーションが、
実に幻想的で幽玄の世界を思わせたね」

「ここからはまだ遠いいけど、そばで見ると本当に素晴らしいね」


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「上を見ると東京タワーが見えるじゃない。オトカム、ここのロケーションが好きだなぁ。

話は違うけど、そう云えば、プッポロが入院していた、あの虎の門病院の7階の病室からも、
夜の東京タワーがよく見えていたね。どっちがいい?」

「変なこと聞くなよ。病院の窓から見えたって、痛くって、苦しくて、しょうがない時に、
いいわけないだろうが」

「そういやぁ、そうだね」


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「で、あの階段をぐるぐる回りながら下ると、噴水がある広場がある。ここには大きなステージも
造られていて、コンサートもやるらしいね。随分広い所だね」

「行ったときは、遅い時間だったから、あまり人が居なかったけど、夕方なんて凄い人だと思うね。
時間は夜10時頃だったもんね」

「そうだった、帰ってきたら12時ごろだったかな」


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「だんだん下に降りてきたところだね」

「毛利庭園イルミネーション Garden H  12月25日まで、やっているようだね」

「冬のイルミネーションは来年1月31日までというけど、どこが違うのかな」

「わからないなぁ」

「プッポロ、あの正面のケヤキの木、実際に見るとかなり大きな木だね、それにこの池、
もともとあったものなの」

「いや、何にも無い所に六本木ヒルズを建てた時に、日本庭園として整備され、中央に
シンボルとして、この池を造ったもので、開業当時に来た時は、まだ造成中という感じで、
どこもあらっぽかったけど、今回見たらすっかり落ち着いて、もう昔からあるような、
素晴らしい池になり庭園になったね」

「六本木にあって、このスペースは貴重だね。大企業ならではだね」

「そうだね」

  
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「ついに下まで降りてきたところだね」

「なんとも、やわらかい雰囲気の噴水だね。水の色がいいし、ブルーの光線に照らされて、
水の形の変化といい、いつまで見ても見飽きないね」

「ただ午後10時でこの噴水は、ぴたっと止まってしまう」

「そう、早く写真を撮っておいてよかった」


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「そして向うに見えるのが、お待ちかねの、けやき坂通りのイルミネーション "Snow & Blue"。
約400メートル続くケヤキ坂通りに点灯される、白色と青色のLEDによる幻想的なイルミネーションで、
雪をイメージした白く澄んだ光が実にきれいだ」


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「又、今年は更に本数を増やし、中央に架かるブリッジにも展開して雪のブリッジに演出、
雪の森に迷い込んだ空間をつくり出すと、六本木ヒルズのホームページに記されている」

12月25日まで。なお、ここも冬のイルミネーションは、1月31日までとなっており、時間は23時までです。


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「ここからの東京タワーもいいね。このアングルから皆さん写真をよく撮っているね」

「そうだね。やや下り坂、見通しがいいしね。場所柄外国の人達も盛んに写していたね」

「少々車の通行が多いのが、難点だけど、それはしょうがないか」


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「プッポロ、ケヤキ坂通りに面する各店舗も雰囲気がいいね。しゃれたお店が連なり、
それぞれにショーケースのデスプレィが素晴らしい。街灯のスタイルもいいしね。
また、この写真のように一本の木をねらうのもいいものだね」

「ありがとう」

「ところでね、プッポロは三脚を使わず、手持ちで夜景をよく撮っているね」

「よく聞いてくれた。これらの写真は、ほとんどレンズ開放で、一秒から二秒の時間が
掛かっている。三脚を使えば完璧だが、重たいし、時によっては機動性に欠ける」

「それじゃどうするの」

「プロもやっている方法を特別に教えようか」


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「デジタルカメラの場合だと、撮影モードを風景にする。広角ぎみになり、広い範囲が
シャープに写る。ただし、ブレやすいのが難点だが、そこでだ。撮影地に着いたら、
まず、まわりを見渡す。そこにはかならず立木があったり、街灯があったり、電柱なども
あるものだ。又低い塀があったり、手すり、ベランダ、時にはゴミ箱なども利用する時がある。
立木の場合だったら、木の横にしっかりカメラをくっつけて、静かにシャツターをきる。
また柵があったら、柵の上にカメラを載せて、しっかりカメラを持ってシャツターをきる。
何でもいいからカメラを乗せられるものを、あたりから探す事さ」


「そういえばプッポロは盛んに地べたに両膝をついて写していたね」

「上の写真など、二秒以上の開放が続いていたね。そばに低い標識があったので、
その頭にカメラを載せて撮ったもので、なれると三脚なんていらないね。
昼間の写真でも手持ちではだめだよ。この方法で写すと、実にシャープな写真が撮れる。
これはプロもやっているよ」


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「これは池の反対側からだけど、まるで暗い所だったが、よく探したら短いが杭が一本
近くにあった。その上に載せて写したもの。どこにでも何かはあるものさ」

「でもさ、プッポロは若い頃、プロの写真家と仕事をしていたと言うじゃない」

「随分前の事だけど、写真の月刊誌「日本カメラ」の編集長を永く勤められた、
有名な写真家、その大先生のアシスタントをやっていた事がある。
先生が写したフイルムを銀座並木三丁目にある、「並三工房」まで持っていき、
現像、プリントを待っているうちにやってもらうんだ」

「写真家は自分でやらないの?」

「やらないね。写すだけだよ。「並三工房」はプロの人達のためのもの。
そうそうたる超有名な写真家の溜まり場でもあった。その中で、プッポロはひとり片隅で
小さくなっていたものさ。早くあの人たちみたいに、一人前になりたいなってね」

「で、どうしたの?」

「しばらくして、写真家ってさ、名前ばかりで、自分勝手でさ、自分ほど偉いものは無いって
思う人ばかり。それが分かってさ、やめちゃつた。でも写真の技術は結構覚えたぜ」

「ふーん」

「またひとつ、プッポロの秘密がばれちゃったな」


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「オトカム、六本木どうだった」

「とても良かったよ。特にこの毛利庭園がいいじゃない。静かでブルー一色というのもいいね。
遅い時間だからほとんど人が居ないのもいい。Gaden H っていうけど、このHの意味が判らないままだね」

「あんまり深く考える程の事でもなさそうだ」

「そうだね」

「今度はどこのイルミネーションを見る?」

「お台場って、前から言っているじゃない」

「それで、キリンウォーターグリルか」


「・・・・・・ そう」 


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