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2005年8月25日

「六義園」

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前記の「旧古河庭園」を出てから、次の「六義園」には、再び「駒込駅」まで戻ります。

下に走る山手線を橋で渡って、南に向ってわずかに行きますと、「六義園」の入り口
「染井門」がありますが、今は開門されず、そこより約300メートル程そのまま本郷通りを
さらに南に進みます。

コンビニの角を右折すれば右に沿って入り口に到着です。


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園内に一歩入れば、今までの街の喧騒がぴたりと止み、マツ モミジ ケヤキ ミズキ 
クスノキ スダジイとさまざまな樹木に覆われた、緑豊かな別世界が広がります。

花の木も多く、ツツジ サツキ サクラ ウメ ツバキと、秋のこれからの時期は、
ハギの花 ムラサキシキブの可愛い紫の実も見る事も出来ます。


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都内でも有数の庭園美を誇る「六義園」は、江戸時代から残る大名庭園として
広く知られています。

五代将軍徳川綱吉に仕えた、後に川越藩主となりました柳沢吉保が1702(元禄15)年に
築園したもので、明治に入り三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎の別邸になり、その後に
東京市に寄付されて、現在の形になったそうです。


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当時、和歌にも造詣が深かった吉保は「万葉集」「古今和歌集」にちなんだ、
景勝88ヶ所を園内に見立てたということで、中央の池を中心にして、中の島と
背景の木々の緑のコントラストは本当に見事なものであります。


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園内の小道は池に沿う道と池から離れた山の中の道があります。

その時の気分で、また山の道、池の道を気ままに散策するのも面白いかもしれません。

山深い道を歩いていますと、今、ここは街の中なの ? って思わせる程の静けさで、
今では貴重な都市の空間である様に思います。


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「渡月橋」

京都市、嵐山のふもと、おおい川に掛かる橋、渡月橋が有名でありますが、これも
「古今和歌集」の歌から名付けられた石の橋であります。

二枚の大岩によって造られていますが、その重量感といい、あたりの雰囲気を、
一層引き締めているように思います。


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藤代峠からの眺め

入り口から入り、池を挟んで丁度向こう側に当たるところにあるのが、標高35メートルの
築山の藤代峠であります。

富士見山とも呼ばれますが、わずかな階段を登れば、そこは園内を一望することが出来る、
私のお気に入りの場所であります。

ただこの山頂はそれ程広いわけでもありませんが、それでも座る所はわずかですがあります。

しばし休息のひと時には大変にいい所です。


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「吹上茶屋」

散策路の途中にありますのが、「吹上茶屋」で、「六義園」の中でも最良の場所に
位置しています。

お抹茶と季節の和菓子が付いて500円。

私はまだここでお茶を頂いた事はありません。

9月初旬に皆さんをご案内しながら、また来ますのでその時には寄ってみたいと思っています。


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「滝見茶屋」

池をめぐる道を歩いていますと、ところどころに小さいながらも滝を見る事があります。

しかし、これが滝なの、って云うくらい小粒の滝が多いですが、やはり滝は滝で、これが
昔の風流と言うものかも知れません。

歌舞伎の世界に共通するところがあるように思います。

舞台中央に布で描かれた滝があれば、これは大滝の流れであり、鯉も登る川の流れでもあります。

演じる方も見物する方も確かにこれは川であり、滝であり、暗黙のうちに取り決められた、
しきたりのようなものでもあるわけです。

小さな滝が近くにあるその「滝見茶屋」も、その感覚かもしれません。


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「滝見茶屋」   絵  プッポロ

東京都が以前、「新東京百景」というのを制定した事があります。

都内各区からひとつ、ふたつ名所旧跡、または名建造物を指定したものです。

千代田区から始まり終わりは小笠原まで、その当時、私は百景全部をみんな描いて
みようと思ったものでした。

しかし、60ヶ所ぐらいまでは描き続けましたが、後が続かず今は中断したままです。

前記の「旧古河庭園」の洋館も、その一枚でした。

そしてこの「六義園」、「滝見茶屋」のスケッチも、その時のものであります。

この時は山側の道を歩き、この「滝見茶屋」を描きたくて、ここに下る途中でのスケッチでした。

今見ますと、何とも恥ずかしいような絵を描いていたものです。


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ほのかに緑の森の中に、赤く見えるのが「吹上茶屋」。

池に写る中の島と蓬莱島、池を見るにはここがベストと言われる所です。

池をめぐっての周遊コースも、ゆっくり歩いても一時間ほどです。

いや、そんなに急がないで、それぞれのお気に入りの場所を自分で見つけて、その場、
その時の心のあり様に思いをめぐらし、ひがな一日、のんびり、ゆとりの時間を楽しみたい
ものであります。

     「六義園」

  開園時間  午前9時から午後5時まで
  入園料    300円  65歳以上  150円
  休園日   年末年始  12月29日から1月1日まで
  
   文京区本駒込6-16-3
電話   03 3941 2222

 交通   山手線 南北線  駒込駅下車  徒歩7分


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2005年8月23日

「旧古河庭園」

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私のクラブ「小さなハイキング」で、9月初めに都内の二つの名庭園めぐりの散策を
予定しています。

その二つとは、「旧古河庭園」と「六義園」(りくぎえん)であります。

今回は先日行ってきました「旧古河庭園」の下見の際の写真をもとに、ここにご紹介させて
頂きたいと思います。

まずは山手線「駒込駅」下車、そから北に向って歩くこと、約12分程でこの「旧古河庭園」に
到着です。


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洋風庭園と日本庭園が一度に見る事が出来る、大正期の代表的な庭園で、武蔵野台地の
高低差を生かし、上段には洋風庭園と洋館とを、また下段には京都の庭師小川治兵衛が、
手がけた日本庭園が広がります。


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庭園は中央に配された心字池を中心にして、緑濃い散策路は深山すらを思わせる
静かな小道が続きます。

その細い道沿いには大きな雪見灯篭あり、渓谷あり、高さ10mから落ちる大滝あり、
また、水を使わないで水の景観を表現する「枯山水」の道具立てのひとつの「枯滝」には、
御影石、青石、五郎太石などが、ふんだんに使われて造られているようです。


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樹林の中には瀟洒な「お茶室」なども点在して、このあたりは純日本風庭園を見事に
演出もしています。

最近は春のツツジ、バラの開花時期には宣伝も行き届き、連日大変な人出になりますので、
4月、5月をはずしますと、ここの庭園の本当の良さが分かるかと思います。


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この「旧古河庭園」のシンボルとも云える素敵な西洋館がこれであります。

この建物を設計したのは、明治から大正にかけて鹿鳴館、ニコライ堂、旧岩崎邸庭園の
洋館などを手がけた英国人 ジョサイア コンドルであります。

建物と同時に庭園も設計して、それらが相まって、それは魅力的な名庭園になっております。

現在は大谷美術館として、予約での一般解放がされています。


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「旧古河庭園」 洋館   絵 プッポロ

1988年と随分前になりますが、私もこの洋館をこの場でイーゼルを立てて、
スケッチした事があります。

これがそのスケッチでありますが、今回下見を兼ねて久し振りに行って、この洋館を
見ましたが、何とその建物の黒っぽさには驚きました。

その時には確かにスケッチにありますように、建物はどちらかと言えば薄茶色の感じでした。

忠実に色をつけるのが私の描き方だけに、その色違いには本当にびっくりしました。

それにしても石造りの建造物だけに塗装するはずもなく、いったいどういうことでしょう。

今度本番の時にはこの絵を持って行き、係りの方に聞いてみたいとも思っています。


  「旧古河庭園」

  開園時間  午前9時から午後5時まで

  休園日  年末年始 12月29日から1月1日まで。

  入園料  150円  65歳以上 70円

  東京都北区西ヶ原1-27-39

  電話 03 3910 0394

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2005年8月18日

今年の月下美人

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毎年、この頃になりますと、我が家の月下美人が、ささやかに花をひとつだけ、
恥ずかしそうに咲かせます。

この花の咲く時期は正確に決まっているものではなく、今年のように8月16日に
咲いてみたり、9月中旬とか、また10月、遅い時は11月に入ってから花を持つ事も
あったりと、他の花と比べてもわりあい、いい加減なところもあるようです。

普段は庭に置いてありますので、時としていつの間にか咲いてしまい、朝になって
しぼんでしまった花を発見して、何だ、夕べ咲いたのかと後になって気づく事も間々あります。

昼ごろには蕾もかなり膨らんできます。今夜あたりかなとなりますと、庭から部屋のなかに
取り込んで開花を待ちます。

薄暗くなる午後6時頃から、花びらが動き始め、わずかに口を開ける様になり、中は
複雑に絡まるように見えるのが、おしべ、めしべで、その造形の綺麗さは自然界の
不思議さを見るたびに感じます。

そして、午後10時前後に満開を向かえ、精一杯の華麗さを展開させ、夜中の12時頃には、
もうしぼみ始めるのです。

しかし、今年はどういうわけか満開には至らず写真のように6分から7分程度の開き具合で
終ってしまいました。


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昔の粋人と言われる人たちは、月下美人が今夜咲くのが分かると知人、友人を自宅に
招き、その咲き具合、開き具合を楽しみながら酒宴を開いたそうです。

月を眺めながらの酒の宴、月下美人を愛でながらの酒の集まりと、秋は何かと空気も
澄むこともあいまって、いろいろな理由をつけては、飲む機会をつくったものと思います。


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月下美人   絵 プッポロ

この月下美人は昼間は花を見ることは出来ません。

夜中にしか開かないこの花を見る度に、どうも私はあまり健康的ではない、どちらかと言えば
不健康な花のイメージが前から強いです。

花を見るためには夜中まで待つわけですから、これだけでも、随分変わった花であります。

待つ間に酒を飲みたくなるのもここで、よく分かるような気もします。

また、絵を描くのも夜中ですから、これもまた大変です。

そこで今回は翌日しぼんでしまった花をスケッチしてみました。

小さな硯に墨をすり、小筆を使ってのデッサンで、淡い水彩絵具をかけてみました。

何となく日本画風になったようです。

しかし、月下美人のしぼんだ花などを、描く人はまずいないでしょうね。


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2005年8月12日

プッポロと「ゴリラ」

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「二代目ゴリラ」

夢の中にブォーッという車の急発進の音を聞いた。

はるかに遠ざかっていくその音も消え、静寂のなかにひとときの眠りにまた入っていった。

翌朝玄関先のポストに新聞を取りに出て行くと、いつもそこにあるはずの、私の大事な
ミニバイクの「ゴリラ」が見あたらない。

ブルーのカバーごと無くなっていたのです。

その時初めて夜中の夢の中で、聞いたような気がした、あの急発進の音が、やはり
本当だったことをここで知ったのです。

盗みに来た時には、音も立てずにそっと止まり、車に載せてしまえば後はものすごい
勢いで逃げて行く。

その音だったのです。

その「ゴリラ」では、奥武蔵のグリーンラインを軽快によく走り、登山口入り口に置いては、
ひとり山頂を目指したものです。

一度は誰も居ないはずの峠に置いて、山に登り戻ってくると「ゴリラ」の前輪の泥除け
カバーが、棒のような物で、一撃され大きな直線の凹みがつくられていた事もありました。

大事に大事に乗っていただけに、キズというキズはこれしかなかったです。

いたって綺麗だっただけに、前々から目を付けられていたのかもしれません。

上野の大洋モータースからも、購入した時、この「ゴリラ」が一番盗難に遭いやすいから
充分に気をつけるようにと云われてもいたのです。

警察にも届け、あたり一帯をどのくらい探したか分からないが、いまだに見つかっていない。

噂によればこの手のバイクは、とりわけこの「ゴリラ」は、東南アジア方面では大変な
人気だそうです。

恐らくその方に流れていったものだと思う。

性能もよく見るからに、かわいい「ゴリラ」、今となっては末永く丁寧にと思うばかりです。

なぜか私はミニバイクが好きです。

最初に乗ったのが、もう30年ほども前のことで、胴長のホンダ「ダックスフンド」であります。

これは当初からエンストが多く、随分手を焼いたものでした。

一年が過ぎる頃、自分で点検中にふとプラグを見ると、規定の物でないのを発見した。

それから規格品に変えてみれば、すこぶる快調になったりと、その当時は販売店もかなり、
いい加減な所があったものでした。

それからはすべて上野の大洋モータースからのものになります。

「ダックスフンド」の次が、ホンダの「モンキー」です。

「ゴリラ」より約8センチ程車体が短くそれは小さいものでした。

ハンドルがネジ一つで折れるという面白いバイクですが、あまりにも小さくて、
当然不安定でもあり、乗り心地もあまり良いとは云えませんでした。

その後が盗まれてしまった初代の「ゴリラ」でしたが、何としてもまた欲しくなり、
買ってしまったのが上の写真の「二代目ゴリラ」であります。

それからはいつでも部屋の中。

現在走行2649キロと、新品同様の走行数で、まもなく自転車のBD-1に追い越され
ようとしているバイクです。


この秋は初代と共に走った奥武蔵の山々を、それを思い出しながら、今度はこれで
走ってみようかと、今から考えています。

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2005年8月10日

野火止用水 BD-1で走る

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九道の辻公園

2年ほど前に玉川上水の散策コースを歩いた事があります。

その玉川上水駅近くから分水している、もう一本の用水路、野火止用水というのもあります。

名前だけは昔から聞いてはいましたが、実際にどのような流れをしているのか、具体的には
ほとんど知りませんでした。

その野火止用水の散策コースを、8月9日薄曇の中をはじめて回ってみました。

歩くコースではありますが、今回はサイクリングもかねて自転車BD-1を輪行しての、
お手軽散策であります。


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九道の辻公園

練馬から西武線で所沢、そこからは西武新宿線に乗換え久米川下車。

南口から左手の商店街を抜けると野火止用水の道が左右にのびています。

今日は右に向って八坂駅前を通り、約4キロ先の東大和市駅まで、野火止用水の流れの
様子を見てみようと言うわけです。

出発して1キロほど行くと八坂駅、そして目の前にあるのが、お馴染みの多摩湖自転車道で、
それを横断して進みます。

そこからはまもなくで九道の辻の交差点に出ますが、ここは昔は9方面に別れる場所で
江戸、秩父、御嶽、奥州、大山、鎌倉などに結ばれている所であります。

その交差点の角には小さいながらも九道の辻公園というのがあります。

上の写真がそれであります。

園内に流れる小川も、なかなか静かな雰囲気を出し、表の車の雑踏をしばし忘れさせるほどです。


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久米川駅からここまでは、野火止用水の流れも暗渠に隠れて見ることは出来ませんが、
この交差点あたりからは、ようやく右側にその流れが見えはじめ、緑の下を上流に向って
いくようになります。


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野火止用水

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この野火止用水というのは、玉川上水を開いた幕閣松平信綱が、その功績によって
武蔵野の野火止の地に生活、農業用として分水する特権を与えられて、開削された
もので承応4年(1655)以来、昭和30年代まで利用されていたそうです。

現在は東京都と埼玉県が史跡保存に乗り出し昭和59年以降、下水の2次処理をさらに
砂ろ過をして、清流にしています。

また、このコースには、ところどころに雑木林が広がり、附近の人々の散策に、犬の散歩にと
自然に恵まれた空間を川の流れとともに、良い環境を作っています。


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「清流復活」の碑

石碑の「野火止用水 清流の復活」の碑は、昭和59年汚れていた下水をろ過し、清流として
流したのを記念して、当時の東京都知事鈴木俊一さんの筆跡であります。

綺麗な雑木林の片隅にこの碑が建っています。

久米川駅から東大和市駅まで4キロ。

BD-1でゆっくり、ゆっくり走っても40分あまりで到着です。


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東京都薬草植物園

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薬草植物園温室

東京都薬用植物園はその東大和市駅前にあります。

昭和21年開園して以来、生薬の標準標本の作製、試験検査をして薬用植物の試験栽培などを
行っている所です。

温室もそれ程大きくはありませんが、見応えのある熱帯植物がゆっくりと見る事が出来ます。

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温室内部

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温室にて

薬用植物園は、午前9時から午後4時まで 年末年始のみ休園で入園無料です。

サイクルメーターを見ますと、まだたった6キロしか走っていません。


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帰りは家まで自走する事にして、今走ってきた道を八坂駅まで戻り、そこから多摩湖自転車道を
通って終点まで、そこからは千川通りを経由して帰ります。


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多摩湖自転車道

多摩湖自転車道は今、あちらこちらで咲く、キョウチクトウの花が丁度見頃をむかえてとても綺麗です。

本日の走行距離 32.55キロでした。

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2005年8月 2日

豊島園花火大会

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写真をクリックしてご覧下さい

隅田川の花火大会、神宮外苑の大花火大会も終りましたが、これからも各地の有名な
花火大会が、八月中旬にかけて開催されます。

この「プッポロ春夏秋冬」にも、「豊島園の花火大会」で検索されてこられる方が、
連日いらっしゃいます。

さて、その豊島園の花火大会は今年は残念ながら行われません。

おそらく今年がなければ、来年以降も開かれる事はないのではないかと思われます。

我が家から歩いて20分程の豊島園、その豊島園の花火大会、昨年が第38回目でした。

なんと38年も前から豊島園夏の風物詩として、華やかに花火大会が開かれ多くの
人々に親しまれていました。

数年前からすでに今年が最後ではないかと、その夏が来るたびに噂はされていました。

いろいろの理由があると思われますが、一番が住宅地の中にある遊園地での花火大会の
限度があると思います。

最近は間じかにまでマンションが建ち並び、花火の灰煙による洗濯物の汚れ、車の屋根に
降り注ぐ灰、これは実際見ましたが、本当に跡がついてしまったのを見た事があります。

また開催日の附近の交通渋滞、これも確かに毎回見に行っていましたが、動きが取れなく
なるほどの状態が続いていました。

そのほかにも中止になる要素はあると思いますが、本当に残念です。

毎年園内に入っては目の前の大花火を堪能し、またたくさんの写真も撮りました。

そこで、すでにこのブログでもその写真を紹介しましたが、再度そのなかから十数点を
画像を大きくしてアップいたしました。

今は懐かしくなりつつあります「豊島園の花火大会」であります。

それぞれ写真をクリックしてご覧下さい。


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