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2005年5月30日

蟻地獄 節約の日々

最初、動物学者の先生から、この蟻地獄の話を伺った時、へぇーって、絶句したと
同時に、生きる事のきびしさ、生きる事の哀れさ、そして、自然界の面白さまでをも
感じたものでした。

蟻地獄、又の名を「アトジサリ」、「スリバチムシ」とも言いまして、体長が約1センチほど、
ウスバカゲロウの幼虫であります。

乾燥した土地、私はよくお寺の本堂の回廊などの下とか、鐘楼の下などの、
雨のかからない所で数多く並んでいる巣を見ます。

蟻地獄はかま状の大あごを持っていて、そのさらさらに近い土にすり鉢状に
掘って巣を作り、底にひそんで、落ちてくる蟻などを、捕らえては食べ物にするのですが、
その確率は三日かかって、一匹の蟻がかかればいいほうで、四日、五日、六日と、
じっと待っていても、一匹の蟻もかからない時もあるようです、

その間は、勿論飲まず食わずの状態です。

今日は来るだろうか、明日は来るのだろうかと、小さな虫がじっと待つ心は、
昔はやった、「しとしとピッチャン」の世界のようです。

(私は何でこうなるのかなぁ)。

飲まず食わずの一週間が過ぎる頃、空腹にたまりかねて、その巣の場所を
移動するのだそうです。

だめなものはだめというところでしょうか。

ところで蟻地獄には、肛門が無いんですね。

いや、あったことはあったのですが、それは卵から幼虫になった時、体内に残っていた
老廃物を糞として、ただの一度だけ排泄して、それが最後で、以降は糞をしないのです。

それは糞になるほど食べ物がないのです。

三日に四日に蟻一匹では糞にもならず、また、ぜんぜん使わなければ肛門も
退化してしまい、ついには無くなってしまうのです。

少ない食べ物を繰り返し消化して、生きのびる、究極の節約といえましょう。

先生に質問した人がいます。

「しかし、蟻が三日に一度捕まればいいと云われましたが、どうしてそれが分かるのですか」と聞いた。

「私は蟻地獄の巣の前に椅子を持ち出しましてね、それに腰掛けて、毎日毎日、そうですね、
明けても暮れても、ずーっと、それを見ていましたから」って、この先生もすごいです。


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2005年5月26日

石津謙介さんと節約と

ダンディな服飾デザイナーの石津謙介さんが、5月24日、93歳でお亡くなりになりました。

私も10数年前に、一度、お目に掛かった事があります。

静かな話しぶり、丁寧な言葉遣いと、これぞ紳士と思われる方でありました。

50年代から70年代にかけて、大流行させた「アイビールック」。

10代、20代、30代と当時の若者達に、今までに無かった、ボタンダウンの
シャツと、レジメンタルタイ、そして、紺のブレザーと、それは上質で品の良い、
男のオシャレを教えてくれたものでした。

時と場所と目的を持たせて、その場にふさわしい服装選びを勧めていました。

それは自分にも、また、お会いする相手の方にも、心を豊かにするからと。

また、大事なのはファションばかりではなく、食べ物にもこだわり、音楽、演劇にもふれて、
日常生活に取り入れる、あらゆるものの中から、人間性が作られていくと、そして、
先を見る事の大切さを、これは繰り返し話されていました。

さて、今、世間では節約、節約とお題目のように言われていますが、それでは何のための
節約なのか、その節約のための目的が、何なのか、今の若い人達からは見えてこないように思えます。

ただ、お金を使わない、食べ物でも、着る物でも、持ち物でも安い物だけを買う、
これでいいのだろうか。

すべて節約の旗の下で、携帯電話だけにお金を使うのでは、あまりにもさみしい。

少ないお金の中から僅かではあるが、別にして、それをためて、あの憧れの
「三宅一生」のスーツをたまには着てみてはどうだろう。

「タケオキクチ」のシャツを、一枚袖を通してみたり、ボーナスが入ったら、
バーゲンをこれも狙って、「アルマーニ」のスーツも見てみようよ。

コシノジュンコのトランクスだっていいと思う。

その上質の物の中には、身も心もきっと軽くなるものが入っているのです。

それは、作り手の良心が、着る人の精神までも、整えてくれるように思います。

大いに節約をして、本物のファッションを、良質の音楽を、そして、すぐれた演劇に
ふれて涙を流し、又笑い、人生を学んで、こういう時代にこそ、自分を磨いて
いこうではありませんか。


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2005年5月25日

五月の歌舞伎座

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いよいよ5月27日、千穐楽を迎える歌舞伎座の「十八代目中村勘三郎襲名披露公演」の
夜の部に行って来ました。

3ヶ月という長丁場のこの公演も、連日大入り満員続き。

この一大ページェントも、あとわずかで見納めであります。

昼の部の打ち出しとともに目の前に、劇場から元総理大臣の海部俊樹氏と
奥様が出てこられ、丁重にご挨拶されているのが、勘三郎さんの奥様。

筋書きを見れば海部氏が勘三郎さんの後援会の会長とか、良い席で見ていた事でしょう。

この日も満員札止めでありました。


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普段の興行とは襲名興行は華やかさが違います。

すでに観客の方も、まだ芝居が始まる前から、そわそわと、浮き上がっている感じです。

なかなか、取れなかったチケット、それが取れたことの嬉しさ、そして指折り数えた観劇日と、
今日は特別の芝居見物であります。


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今回は両花道が作られていて、昼の部では、口上をかねた「弥栄芝居賑」 
(いやさかえ しばいのにぎわい)で使われ、夜の部の「研辰の討たれ」でも使われます。

この花道というのは、結構場所をとりまして、90席ほど消えるようであります。

一階、二階、三階と思い出も多い、そして、華やかな劇場であります。


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勘三郎襲名グッズとでもいうのでしょうか、煎餅、どら焼、一筆箋から、Tシャツまで
何でもかんでも、記念品になるようです。

かくいう私もつられて、背中に中村屋の家紋「角切り銀杏」が付いた、黒のTシャツを
買ってしまいました。

何でもいいから買ってしまう、何か買わなければ、いられない雰囲気がここにはあります。

ここでの商売は楽ですね。


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さて肝心の芝居の方でありますが、幕開けは「義経千本桜」 四の切の場であります。

菊五郎さんが狐忠信を演じます。

市川猿之助さんの長い通し狂言で、今まで何度も見ていますが、菊五郎さんの
忠信は初めてです。

実にスマートで、さすがに品もよく、粋な江戸前の仕立てになっております。

若手の海老蔵さんの義経、菊之助さんの静御前ともに美しく、これからの
新しい相方になりそうです。

二幕目が玉三郎さんの「鷺娘」。

「引き抜き」、「ぶっ返り」という歌舞伎独特の衣装の早変りを、次々に見せてくれます。

変わる度の、その衣装の配色の良さ、色の鮮やかさは、目にしみるようであります。

たっぷりと雪が降り続く舞台は、長唄とともに、夢のなかのことのようでした。

そして本日のお目当て、勘三郎さんの登場で「研辰の討たれ」であります。

主人公、守山辰治は刀の研屋であったが、殿様の刀を研いだ縁で侍になる、
だが、武芸はまるで無く、家中の侍達からはいじめられ、ふとした軽いいたずらから
家老が死んでしまう。

殺してもいないのに、罪を着せられ追われる身になってしまう。

あらすじは実に簡単ですが、そこは仕掛け人の野田秀樹氏のこと、群集劇に仕立て、
50人、60i人が、間口15間の大舞台で、右往左往にかけずり回る。

歌舞伎座とは思えない舞台作りです。

最後は捕まったものの、一時は許されるものと思いきや、やっぱり後で切られてしまう。

その場面では、マカニーニの「カバァレリア・ルスティカーナ間奏曲」が胡弓、琴、尺八に
よって静かに流れます。

死ぬのをあれほど嫌がっていた辰治の胸に、ひとひらの真っ赤に紅葉したもみじが、
舞い下りてきます。

何も悪いことはしていないのに、一部の侍たちの、いたずらであだ討ちになった辰治。


春、新緑の美しい葉となり、夏の暑さを通り過ぎ、秋には綺麗に紅葉したもみじ。

初冬のある日、すべての役目を終えて、最後の一枚の葉が、樹からはなれて地上に落ちる。


" 自分の人生は何だったのだろうかと、フレディという名の葉が、仲の良い友達の葉に聞きます。
ジョージだったかな、その頭の良い友達の葉が、云うのです。

「この大きな樹が春に私達を作ってくれて、そして、新緑の美しさを人々にあれほど
楽しませたではないか、夏には大きな日陰を作り、この木の下で大勢の人達が
休んだこともある、秋にはこんなに綺麗になって、また、人々に喜ばれたではないか。
私達はけっして無意味ではなかった、立派に生きてきたよ」と、気の弱いフレディに
やさしく勇気を持たせようとします。"

その友人が先に散っていくのですが、絵本の名作「葉っぱのフレディ」とも、
重なる勘三郎さんの、汗と涙の名舞台、名演技。

その大名跡を継ぐ、この場にいられた事に、私は感謝したいと思う。


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2005年5月23日

BD-1と渋谷

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代々木公園

折りたたみ自転車BD-1を、渋谷の「東急ハンズ」で購入して以来、定期的な点検、
付属品の調達などで、今まであまり縁の無かった渋谷の街を自転車で走る事が多くなった。

大きなハンズの店内を見て回るのも楽しいし、見るもの、ふれるもの、あらゆる品物の
使い勝手を空想しては、これはこれで、楽しいものである。

ウールのキャップひとつにしても、これとあの手持ちのジャケットとは合いそうだとか、
BD-1のグリーンとこのキャップとも、バランスが良さそうだとか、次から次へと見ていくと
時間がいくらあっても、足りないようだ。

道路をへだてた向こう側には、これは又、「モンベル」という、私の好みの
アウトドアーのウェア、グッズなどが並ぶ大型店がある。

今や私にとっては渋谷の街は、ひとときのオアシスにもなっているようだ。

自転車点検の後の帰り道、宇田川町の交差点から、NHK沿いに参宮橋の方に走ると、
右手には、今度は代々木公園が見えてくる。

5月下旬ともなれば、森も新緑の淡い緑から、早くも夏の葉の色に深みを増している。

公園内には短いながらも、サイクリングコースもあるので、この公園の前を通れば、
つい又、寄り道をしたくなる。

中央には噴水広場があり、よくファッション雑誌のモデルを使っての撮影風景を
見る事がある。

男性モデルなど、人前でも平気で裸になって衣装がえをしては、又、カメラの前に立つ、
これが平気で出来なければ、モデルはつとまらないのかも知れない。

代々木公園にはなぜか、BD-1が多い。

これはいつも気になるが、オシャレな乗り物として、ファッションの一部として、
ここまで乗ってくるのか、どうか、分からないが、よそでは、まず見られない光景である。

BD-1に上半身裸で乗り回す、30前後とおぼしき、それも大変なハンサムな男達。

平日の代々木公園は特異な公園でもある。

BD-1を渋谷で買ったばかりに、今まで無縁とも思われた別世界を垣間見る事ができる。

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2005年5月22日

五月のバラ

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今、我が家では四季咲きのミニバラが、満開を迎えています。

もう何年も前になりますが、綺麗な花束を頂いたことがあります。
その花たちの中に、このミニバラも彩を添えていました。

淡いピンク色が可憐で、小さな花ながら、ひときわ目立つ存在でありました。

花束も見頃をすぎる頃、ふと、この一本のミニバラに心が動き、また、咲くものなら咲かして、
いつの日かこの花を、又、見たいものだと、軽い気持で小さな鉢に挿してみました。

しばらくして、新芽が伸びはじめ、それが2本3本と増えた時、うまく根付いたことが
これでわかります。

それ以来、毎年5月初めから、6月、7月と花の数こそ、やや少なくなりますが、
次から次と綺麗に咲き続け、外を通る人々にも、結構目を楽しませております。

手入れなどをしていますと、「どうしてこんなに年中咲くのですか」と聞かれるのが、
毎度のことであります。

そのたびに私の云うことはいつも同じです。

「5月のバラは季節が咲かせて、秋のバラは腕が咲かせる」と。

そうなんです。

5月に咲かせるには、1月から2月にかけて、ミニバラの場合は根元から、
15センチ程を残して切り取ります。

二又になっている枝もその下から切り取り、できるだけ棒一本の状態にします。

すぐにうっそうと茂りますので、そのくらい切って丁度いいのです。

3月末になりますと、新芽も沢山出てきまして、そして、この5月に綺麗な花を咲かせます。


今度は秋のバラ、これには腕はともかく、コツがあります。

それは夏中ちらほらでも、咲き続けていたミニバラも、大分疲れが出てきた頃、
9月1日から9月10日までの間に再び、切り戻すのです。

暑い日が続いている時は、9月10日近くに、早く涼しくなった時は9月1日近くに
剪定いたします。

この時は根元から20センチ程で切り戻し、冬の剪定の時より長めに残します。

寒さが加わる11月から咲き始めるミニバラは、色も鮮やかで花持ちも良く、
1月いっぱいまで楽しむ事ができます。

雪が積もっていても咲き続ける有様は、まるでマジックのようです。

四季咲きバラは、年に2度の剪定と、その時期が決め手です。

どうぞお試しになりまして、ご自分の自慢のタネになさって下さい。


  +注+
 四季咲きのバラに限ります。
 大輪のバラは春だけの一季咲きが多く、ミニバラは四季咲きが多いです、
肥料も勿論大切です。

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2005年5月19日

入間川豊水橋から荒川秋が瀬公園まで

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入間市駅近くの豊水橋

昨年8月以来の久し振りの入間川サイクリングコースを5月17日に走ってきました。

前回のその時は、西武線入間市駅まで輪行して、豊水橋を渡って、そのたもとから
始まる入間川サイクリングコースを初雁橋まで行き、そこで右折をして川越に入り、
あの暑い中を街を見て周り本川越駅から輪行で帰った短いコースでありました。

今回は初雁橋までは同じですが、そのまま入間川に沿って、途中からは
武蔵丘陵森林公園自転車道に入り、そして荒川自転車道を通って秋が瀬公園までの、
私にしては結構長いコースを走りました。


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安比奈親水公園のポピー大群落

入間市駅から、約14キロほど走ったところに、その道沿いにありますのが、
この安比奈親水公園です。

大きく開けた芝生中心の公園で、ここでは今、ポピーの大群落が見られます。

赤、白、青の花の美しさ、風にそよぐさまは、5月の風とともに、実に爽やかです。


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昨年ここに来ました時は、当然花の時期が終った後でしたが、この広い空間に
一面にポピーの花が咲くと聞いた時、想像だけではなく本当に自分の目で
見たいものと思ったものでした。

ただ、安比奈親水公園は、立地条件が少々難ありで交通の便は
あまり良いとはいえません。

ですから見物に来る方の少ない事、もったいないようです。

ここにはサイクリングで来るのが一番良いようです。


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サイクリングコースにある休憩所

入間川のコースは静かですね。

この辺は、まだ堤防の上を走りますから、見通しはいいです。

要所要所には、このような東屋もあり休みやすくなっています。

でも休んでいるのは、近くの会社の人達でしょうか、昼食時のせいもあってか、
思い思いにひと時を楽しんでいました。


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入間川サイクリングコース

初雁橋を過ぎ、川越線、東武東上線の鉄橋をくぐって暫くしますと、コースは
入間川堤防下を走るようになります。

展望こそ望めなくなりますが、右手には田んぼがあったり、地元の人のための
寺院があったりと、静かな地域を進むようになります。

それだけに走ることに集中出来て、本当に自転車の走りの楽しさを
味わえるような気がします。

この辺りで今日の最高速度が出そうな雰囲気であります。


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コースの車止め

このように時々車止めもありますが、良く作られていまして大変に走りやすいです。

スピードをそれ程落とさなくても通過できるのは、やはり走る楽しさの中断がありません。

入間大橋までの約7キロのこの区間は、実に爽快です。


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入間大橋 交差点

ところがここ入間大橋に到着しましたが、これから先がどう行けばいいのか分からず、
しばし立ち止まりました。

目の前の51号線を渡って先に行かれなくはないが、見れば一般車道の様でもあるし
工事の人に聞いても分かりません。

再び51号線を渡って戻ってみると、橋の歩道には自転車のマークがあるではありませんか。

どうやらこの入間大橋を渡って対岸にコースが続くらしいことが分かりました。

ここが、橋を渡ってきたところで、この51号線を渡れば、そこから再びコースの
入り口がありました。


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武蔵丘陵森林公園自転車道

この入間大橋から約3キロ先の上江橋までは武蔵丘陵森林公園自転車道を
走るようになります。

右手には入間川、左手には荒川が流れる、その中間の広い河川敷を
一直線にコースは続いています。

しかし両方の川を見ることは出来ません。

そして、上江橋で行き止まりのようになり、Uターンする形で橋の上に、
それも橋の中間に出ます。

右にスロープとともに交差点におりて、再び右手のサイクリングコースの
表示の通り、コースを進みます。

そこからは荒川自転車道に変わります。


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荒川自転車道

この荒川自転車道は、昨年知人とご一緒させていただいて、森林公園近くまで
走った事があります。

やはり秋が瀬公園から始まったのですが、途中いくつかの曲がりくねった道を進む、
なかなか面白いコースでした。

この先がまもなくで秋が瀬公園になります。

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秋が瀬公園

大きな公園ですが、なんと売店がひとつも無いのです。

これは珍しい公園です。

ご近所の方でしょうか、年輩の二人連れのご婦人に尋ねたのですが、
やはり本当に無いそうです。

ここで、ビールを飲めると思っていたのですが。


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西浦和駅

秋が瀬公園からは、この武蔵野線の西浦和駅が近くにあります。

練馬まで自走しようかなとも考えていたのですが、駅の売店でビールを買えば、
もうよけいに自走は無理というものです。

ここからは輪行で帰りました。

この入間川から、ここまでのコースは起伏もほとんど無く、静かで走りやすく、
とっても良いコースです。

入間大橋と上江橋附近のコース案内がもう少し、分かりやすければもっと良いのですが。

ご覧の皆さんは、このコースを、もうすでに充分に、ご存知のことと思います。

詳細に記しましたのは、私自身が忘れないための覚え書きでもあります。


入間市駅から秋が瀬公園までの走行距離は、54.56キロでした。


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2005年5月16日

ある日の電車風景

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女性専用車両を最近目にするようになりました。

地元を走る西武鉄道も5月9日から女性専用車両を導入致しました。

これは大いに結構な事だと思います。

ご存知の通り、車内での女性達の化粧、そして所かまわず車内でのパン食いと、
その行動には目に余る思いがあります。

でも、これも良く考えてみますと、あの人ごみのなかでも、化粧をしなければならない
何か深い訳があるのかもしれないと、一度考えてみてはいかがでしょう。

自宅で一度化粧をしてきて、また、電車内でするのは、一回の化粧では
綺麗にならなかったのかもしれません。

漆喰の壁ではありませんが、二度塗りをしますと一回塗りよりは、むらがなくなるのと同じで、
念には念を入れて、とどめの一発を電車の中で入れているのかも知れません。

これでだめだったら、あの人を諦めるという、切羽詰まった極限状態なのかもしれない。

見るほうはいやですが、そのへんを、やはり理解してあげて、ぜひ暖かい目で
見てあげる心を持ちたいものです。

パン食いのほうも、もしかしたら朝から飲まず食わずなのかもしれません。

いや、昨日からかも知れません。

そしてようやくここで食べ物にありついたと。

で、なければ、あんな人前でとてもではないが、パン食いは出来るもではありません。

パン食いの人の目を見て御覧なさい、決まって目がうつろです。

焦点も定まらないかのようです。

このように恵まれない人々にこそ、暖かい心、愛の手が必要なように思います。

そして、ここに女性専用車両が、さっそうと登場する意義の深さがあるように感じられてなりません。

男の執拗な眼差しにさらされる事が無く、こころゆくまで、化粧もパン食いも、
この車両内において楽しめばいいと思うのです。

だいたい狭い車両の中で男女一緒というのが、どだい無理というものです。

今、世の中は、何だって分別する時代ではありませんか。


先日のことであります。

池袋から西武線に乗った時の事であります。

平日の午後ですから、かなり車内は空いていました。

先に座って発車までの数分間あたりを見回していた時であります。

私の目の前の座席に30才前後でしょうか、痩せ型で髪の毛も無造作に
後ろで輪ゴムのようなもので結んだ女性が座りました。

大きな荷物を床に置き両足を大きく広げて、股で荷物を挟んでいます。

膝にも大きな紙袋を抱えて、しきりに中をかき回すようにしています。

そのうちにコンビニの袋を取り出し中から出したのは、弁当のようです。

ふたには、何とかそばとありますが、まさかと思いましたが、
ふたを開ければ「ざるそばセット」です。

大きな荷物を抱えながら、そばの箱を持ち、右手で小さなビニール袋を
歯を使って切り裂く、それをおそばの隣のくぼみに注ぎます。

いわゆるそばつゆであります。

また、小さな袋からは、きざみねぎをつゆに入れます。

最後の小袋にはわさびと、一応本式であります。

割り箸も歯でくわえてパチリとわって、つゆをかき回す頃、定刻通り
西武電車は動き出しました。

右にゆるくカーブを回り、山手線を橋で渡ります。


「本日も西武鉄道をご利用頂きまして 有難うございます」

「ズズズーッ !!」

「この電車は準急所沢行きです」

「ズズーッ ズズーッ !!」

「次の停車駅は練馬 練馬です」

「ズズズズーッ ズズッ !! 」

「練馬の次は石神井公園」

「ズズッ ズズッ ズッ !! 」

「石神井公園からは所沢まで」

「ズズズズッ ズ !! 」

「各駅に停車いたします」

「ズズズーズッ !! 」

「次の停車駅練馬では 各駅停車小手指行きに」

「ズズッ ズズッ ズズッ ズーッ !! 」

「連絡しています」

「ズッ ズッズッ !! 」

「また優先席附近では」

「ズズズーーッ ズーッ !! 」 

「携帯電話の電源を」

「ズズッ ズズッズーッ !! 」

「お切り下さい」

って、云ったところで、そばが全部なくなり、つゆだけが残った。

捨てる所が無いだけに、その女性は、今までに無く凄い音を立てて一気にすすった。


「ズズズズーッ ズズーッ !! 」 って。

アナウンスが静かに云った。

「車内ではマナーモードにご協力下さい」。

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2005年5月12日

「中村勘三郎襲名披露五月公演」がトラバで傑作選に 

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がくあじさい     絵 プッポロ

ブログには、トラックバックという機能がありますが、つい最近まで、このトラックバック
そのものの意味が、まったく分かりませんでした。

ブログを始めた当初、この言葉に最初に出会ったときなど、トラックバックって
なんだろうなぁと思うばかり。

トラックが、何でバックするのかなぁ、トラックがバックするのと、このブログと
どお関係があるのか、さっぱり分からないまま、「プッポロ春夏秋冬」を続けていました。

ひどいものです。

それでもブログをやっているうちに、知らず知らずのうちに、何だか良くは分からないが、
どうも人の家のブログに、断りも無く勝手に入り込んで、どうも自分のブログをそこで自慢をする事らしい。

早い話が「ライブドア」のやっている事とよく似ていると。

ニフティの「ココログ」には、このトラックバックの練習できるコーナーがあります。

そして、毎週火曜日には、お題が出まして、そのお題に関連する記事を書き、
「ココログ」にトラックバックしますと、すべての記事が、そのコーナーで表示してくれる
サービスがあります。

先週のお題は 「ゴールデンウィーク」 でありまして、私も表題の「中村勘三郎 襲名披露五月公演」をそれに多少合わせて、文章を書いてみました。

そして、慣れないトラックバックを、送ってみたのです。

どうやらなんとか届いたようです。

そしたらどうでしょう、昨日のことですが、今度は「ココログ」からトラックバックが来まして、
先日送ったその文章が、傑作選の10本のうちにに入ったと。

あらためて調べてみましたら、347通の投稿があったようです。

内容は歌舞伎座の電話予約の顛末を書いたもので、たわいの無いものでありましたが、
でもその選ぶ基準は何なのか、そこのところは知りたいものです。

ここに来まして最近は、ご覧下さる方が多く、アクセス数が、かなり伸びて参りました。

そのアクセス数は企業秘密 ? で公表は出来ませんが、本当にありがたいものです。

そして、他のサイトさんのように、毎日更新が出来ればいいのですが、わけが分からず忙しく、
また時間が取れずに、これが精一杯という所です。

つたない 「プッポロ春夏秋冬」でありますが、これからも、どうぞ宜しくお願い致します。

         

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2005年5月11日

水元公園から柴又帝釈天

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常磐線金町駅前から商店街を、北に向かい、二度ほど角を曲がって、
岩槻街道に入ります。

駅から水元公園方面に約15分ほど歩きますと、右手に「しばられ地蔵」で
知られる南蔵院入り口の看板が目にとまります。

南蔵院境内は、こじんまりとしていて、手入れもよく行き届き、右手にあります
藤棚では、五月には見事な藤の花を咲かせます。

格式のある鐘楼も置かれ、また、今時には珍しい若者の参詣が目立つお寺さんです。

今回はこの近くにあります、水元公園から柴又まで、サイクリングコースを歩いて
回ってみました。


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この南蔵院境内にある「しばられ地蔵」であります。

盗難除け、厄除け、縁結びなどにご利益があると言われております。

お地蔵様は荒縄で縛られていますが、これはお願い事がある時は、縄を結んでゆき、
叶ったらまた、ほどきに来る。

その荒縄は一本100円で用意されています。

江戸時代のこと、大八車に反物をのせた呉服屋の手代が、この南蔵院の前で、
一休みしている間に、車ごと反物を取られてしまいました。

届けを受けた南町の名奉行、大岡越前守は、この寺の門前にあった石地蔵に
縄をかけ、奉行所に運ばせました。

物見高い江戸のやじ馬連中は、どんなお裁きがあるものかと、奉行所に
なだれ込んだものでした。

頃合をみた越前は「天下の白州へ乱入するとは、不届き千万、罰として反物一反の
科料を申しつける」と。

やじ馬連中から、ぞくぞく集まる反物のなかから、盗まれた反物が見つかり、
それを手がかりに盗賊一味を一網打尽にしたことでした。

そして、この時のお地蔵様が、この「しばられ地蔵」だそうであります。

「そんなにうまくいくものでしょうか」


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南蔵院から徒歩5分ほどで、水元公園に到着です。

都内の公園としては葛西臨海公園に次ぐ大きさで、その景観は水郷そのものであります。

また、6月ともなれば、花しょうぶの大群落が見られるという、大変人気のある公園でもあります。

奥の方に進めば、ポプラ並木、メタセコイヤの森などもあり、四季折々いつ行っても楽しい所です。

園内の周りには、サイクリングコースも用意され、そのままそこより1キロ半ほど走りますと、
江戸川サイクリングコースに出られます。


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今回はこのサイクリングコースを歩いて柴又に向います。

対岸は千葉県松戸市で、その幅は500メートルもあるそうです。

それは、それは雄大な広がりを見せています。

また、このコースは川の反対側は、すぐ近くまで家が立ち並んでいる所もあったりして、
それも下町風情も感じられ、荒川、多摩川とも違った面白さがあるようです。


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江戸川サイクリングコースを常磐線の鉄橋と、新葛飾橋をくぐりますと、まもなくで
金町浄水場取水口あたりに出ます。

お馴染みの懐かしい「寅さん」の旅立ちの名場面を思い出す土手でもあります。

「お正月ぐらい お兄ちゃん うちにいたら ? 」

「そうはいかねぇところが 渡世人のつれぇところよっ」

って、トランクひとつで、また、ふらりと旅に出て行く、その舞台がこのあたりです。


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この矢切の渡し舟は、何と350年以上続いているそうです。

川幅130メートルの江戸川を手で漕いで松戸側に渡ります。

向うに渡って、ほんの少し歩いては、また、かえり舟でこちらに戻ります。

片道100円ですが、行ったきりではしょうがないです。

何とかして、また、100円払って帰ってくるわけです。

舟の中ではほとんど説明などはありませんし、ましてや、細川たかしの
「矢切の渡し」など、歌ってくれるはずもありません。

「川の流れのように」 静かな静かな渡し舟です。


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江戸川サイクリングコース、地元では江戸川の土手と言っていますが、
そこから歩いて3分程で柴又帝釈天の参道に入ります。

低い軒先の店が建ち並び、だんご屋、せんべい屋、川魚料理屋、
みやげ物屋などが見られます。

なかでも一番多いのが、だんご屋ですが、「寅さん」ではありませんが。

「だんごなんて どこで買ったって おんなじだっ」。

って云っていましたが、私も「高木屋」とか、「とらや」とか、これは、いろいろ買って
みましたが、確かに「寅さん」が云う通り、どこで買っても本当に同じでした。


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柴又帝釈天です。

二天門をくぐりますと、正面に帝釈堂があり、左手に鐘楼が見られ、その前には
水をかけては、たわしでごしごし洗うと、願いが叶うと言う浄行菩薩があります。

また、二天門と帝釈堂のグルリには、法華経絵巻を題材にした、緻密な彫刻があり、
これは国宝級といわれています。


今回は歩いて回ってみましたが、水元公園内のサイクリングコースは、
そのまま江戸川サイクリングコースに、そして、それは海の近くの行徳橋附近まで
続いている事が初めて分かりました。

多摩川とも、荒川とも雰囲気が違うこのコースを、今度は自転車で走ってみようと思いました。

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2005年5月 5日

歌舞伎座 建て替えへ

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少々古くなりましたが、4月21日の朝日新聞夕刊に、歌舞伎座の建て替えに
ついての記事が出ていました。

工事時期や新しい施設の形は、まだ未定の段階でありますが、いずれにしましても、
この歌舞伎座は戦前からの建物で、戦争中には戦災にも遭ったりして、それは、それは、
大変な歴史があるのです。

そして昭和25年には全面改修をして、再び現在の劇場が誕生したのです。

早いもので、それから55年の歳月が流れました。

私の定席は三階席で、天井がまじかに見えるせいもありますが、あの独特の
美しい天井にも、しみが多く、もしかしたら雨もしみ込んでいるのではとも思わせます。

高校時代から通っているこの劇場には、ものすごく沢山の思い出があります。

今でこそ、連日の大入り満員が続いていますが、中村歌右衛門さんあたりが、
まだお若い頃、私が高校生の頃ですが、歌舞伎座もお客の入らない時があったのです。

全体で半分も入っていれは上出来の有様もしょっちゅうでした。

三階のB席を買って入り、一幕を終る頃になるとA席の空きが分かります。

B席のお客はそろそろとA席に移る人が、結構いたのを見たものでした。

私も何回かやりましたが、劇場の方も、案内係のお姉さんも見てみぬふりでしたね。

何て云ったって、あの大きな劇場、見渡す限りのがらがらなんですから。

今までに一番空いていたので覚えているのが、深沢七郎さん原作の 「楢山節考」
 という新作歌舞伎上演の時でした。

がらがらを通り越して、からからです。

芝居は、今はそんな事はありませんが、昔むかしの長野にあった、貧しさゆえの
姨捨山の話です。

その頃も歌舞伎といえば、年輩のお客が多いわけですが、それなのに年老いた母親を、
孝行息子が背負って山に棄てに行く話だなんて、誰がいったい楽しいと思うのか。

こんな芝居を見るわけないじゃん。

また、やる方もやる方で、これが又、うまい人がやるもんだから、見ている方は、
たまったもんじゃない。

棄てられる老婆をやったのが、先代の小柄な左団次さん、棄てるその息子役を
やったのが、先代のまだ若い時の松録さんだけに、真にせまっていて、こんなに
情けない話はありゃしない。

歌舞伎座、がらがらの中での、お二人の名演技、一生涯忘れられない一幕でした。

その後、二度とこの芝居は舞台に上がっていないと思います。

あたりまえです。

そして、はっきり云って、この歌舞伎座は実に見にくい劇場です。

一階、二階もそうですが、客席の傾斜が少ないので、ちょっと大きめな人が
前に来られたら、もう、まるで見えなくなってしまうのです。

そして花道の七、三にある 「すっぽん」 (役者さんが花道の下からせり出してくる
長方形の穴) など、三階からは見えないのです。

入場料が安いんだから、三階には、見えないように作ったなんて事は無いと思いますが・・・・
ホンとはそうかもしれない。


私は、三階席の座席の、ひとつひとつに、そして、朱色の手すり、一本一本に
何度手を触れたことでしょう。

その手触りを残したまま、歌舞伎座が消える、これは、私にとりまして、とっても、
たまらなく寂しい気持ですが、老朽化とあれば、これも、いたしかたない思いです。

数年後に生まれ変わる新しい歌舞伎座にまた、通うためにも、私の老朽化も、
何とか止めねばならない。


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2005年5月 1日

中村勘三郎 襲名披露五月公演

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東京 歌舞伎座で、三月から始まりました、十八代目、中村勘三郎襲名披露公演も、
あと一ヶ月、五月を残すのみとなりました。

三ヶ月にわたる公演には勘三郎さん得意とする演目が、ずらりと並びましたが、
とりわけ、この五月公演を、私は楽しみにしていました。

昼の部のお目当ては、「髪結新三」 (かみゆいしんざ)。

夜の部が、「野田版 研辰の討たれ」 (のだばん とぎたつのうたれ) ですが、
昼夜それぞれに、他にも名狂言が付いています。

ここのところは 「髪結新三」は、勘九郎さんで何度も見ていますので、
今回は夜の部のチケットを買いました。

夜の部は 「研辰の討たれ」と、菊五郎さんの「義経千本桜」の、通称四の切、
そしてこれも楽しみな中幕は、坂東玉三郎さんの「鷺娘」があります。

「研辰の討たれ」は、勘九郎さんのために書かれたもので、平成十三年に初演され、
絶賛を博したという人気狂言で、野田秀樹脚本、演出による、異色の新作歌舞伎であります。 

さて、連日の大入り満員が続く、今回の襲名披露公演、私もチケットを取るには、
これは大変だろうと思ったものでした。

一般発売前にチケットが買える歌舞伎会会員でありますが、一番最初に買えるのが、
ゴールド会員で、二番目に買えますのが、特別会員。

そして最後に買えるのが、私のような、ただの歌舞伎会会員であります。

これは昨年、何回歌舞伎座に一等席で入ったか、その回数によって、ゴールド会員、
特別会員に分けられまして、たまにしか行かない会員は、前売り発売日から、
何と五日目からの電話予約になります。

歌舞伎座も、ひどいことを 平気でするものです。

いよいよ発売日の朝10時、電話予約の開始です。

10時ジャストに「チケットホン松竹」に電話をします。

がーっという雑音と共に、ばかでかい女性の声で。

「ポンポンポーン !! こちらはNTTです お掛けになった電話は 只今大変混み合っております
 暫くたってから お掛け直し下さい」ってアナウンスがある。

ああっ そうですかって、ここで電話を切ったのでは、いつチケットが買えるか
分かったものではない。

ここからが勝負です。

受話器を置く、直ちに再ダイヤルを押す。

「こちらはNTTです・・・・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「電話は只今・・・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「混み合って・・・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「暫くたって・・・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「直し下さ・・・」がちゃりと切って、再ダイヤル。

「こちらは・・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「です お掛け・・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「いま大変・・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「しばら・・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「お・・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「な・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「い・」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

「こ」 がちゃりと切って、再ダイヤル。

で、しまいには、「お」 「な」 「い」 「こ」 なんて、目の検査をしているみたい。

また、いくら続けてもきりがないです。

これは、だいたい平均で5秒に一回、再ダイヤルしています。

1分で12回、10分で120回。60分で720回。

途中からは、そのばかでかい声が無くなり、静かな話中のピー ピー ピー になります。

それが続くと、まもなくで接続される場合が多いです。

再ダイヤルをやっていますと、突然。

「大変お待たせいたしました チケットホン松竹です」ときました。

結局、この日は1時間10分でつながりまして、この1時間10分というと、都合、
約840回の再ダイヤルを、したという事になります。

これでも思ったよりはずっと早いのです。

午後の3時頃までかかった時もあるという、毎回大変な思いの、歌舞伎座の
チケットであります。


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