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2005年4月20日

小学校から寄席がよい。

私が初めて寄席に行ったのは、小学校の5年生頃で、それも上野の鈴本でありました。

兄が大の落語好きでして、私に、「おまえねぇ へたな学校に行くより寄席に行ったほうが、
ためになるよっ」 って、しょっちゅう私を連れて行ってくれたものです。

あとで考えますと、へたな学校なんて、あるわけ無いじゃありませんか。

でもその頃は、私も純真でしたから、 「うん、ほんとにそう言えばそうだっ」 って、
一緒によく出かけていきました。

何だか、わけのわからない兄弟であったように思います。

それからは今度はひとりで行くようになりまして、上野の鈴本、新宿の末広、
池袋演芸場と、長い間渡り歩いたものでした。

昔はとりわけ池袋演芸場が、場所の悪さか、すいてましてね、先代の
鈴々舎馬風さんなど、客席を見回しまして、あまりのお客の少なさに、 
「そんなとこにいないで みんな こっちにあがっておいでよっ」 ってよく言っていました。

それを中学生の頃、初めて聞いた時、私は本当にあがっていこうかと思った時があります。

何しろ純真でしたから。

文楽さん、志ん生さん、柳好さん、柳橋さん、円生さん、三木助さん、可楽さん、
痴楽さん、三平さんなどなど、懐かしくて思い出しますと、今でも、胸がしめつけられるようです。

小さんさんなど、まだ若手の時代でありました。

その当時、ある噺家さんから、聞いたのですが、ある日、楽屋に入ってきた、
小さんさんが、そばにいた仲間に  

「昨日ね うちのかみさんがね 階段から落っこちやがってさ それも一番上からね 
びっくりしたね それで ぐったりしてるもんだから 死んじゃったかと思ったよ」。

すこし離れた所から、それを聞いていた、文楽さんが、ぽっりとひと言、 
「ふん 世の中 そんなに うまくいくわけないだろう」って。

小さんさん、目を丸くしたそうです。 


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